第2章 友だちとおまじない
第5話 友だちのなくしもの
五月の半ば。
校庭の桜の木からはすっかり花びらが散っていて、代わりに緑の葉っぱがちらちら付いていた。
風ももう春じゃなくて、なんとなく夏のにおいがする。
季節の変わり目っていうのかな。
ここは東京より空気がきれいだから、ちがいがすごく実感できたかも。
転校してきてから一か月ちょっと。
わたしはこの学校にも、すっかりなじんできた。
朝の「おはよう」と、帰りの「また明日ね」が、ちゃんと毎日あること。
あたりまえかもしれないけど、それがうれしい。
でも。
(東京の友だち、元気かな)
ふとしたとき、思い出したりするんだ。
いっしょに宿題をやったり、マンガを読んだり。
ランドセルの中に手紙を入れたり、ささいなことでふざけて笑いころげた友だちのこと。
会いたいな、って思うときもあるよ。
だけどね。
今のわたしには、“あすかちゃんたち”がいるんだ。
新しくできた、だいじな友だち。
そして、神社にいるふしぎな神様、シラネ。
毎日がすこしずつ、でもたしかに前に進んでいる。
そんな感じがしてて、イヤじゃなかったんだ。
だから──違和感に気づいたのかもしれない。
その日の放課後。
なんだか、いつもとちがう空気が教室の中にただよっていてね。
「あれ? あおい、もう帰った?」
「いや、まだだと思うよ」
みんなが帰りじたくをする中、あおいくんの席だけがぽつんと空いていた。
だけど、ランドセルも、筆箱も、そのまま机の上に置いてある。
まだ帰っていないんだって、すぐにわかったの。
なんだか、胸がざわざわした。
理由はわからないけど──あおいくんのことが、気になっちゃって。
わたしはランドセルをしょって、教室を出た。
(あおいくん、どこだろう)
中庭でも、昇降口でも見つからなかったけど──校庭のすみ。
体育倉庫のとなりの、人気のないベンチのところで、やっと見つけた。
あおいくんは、背中を丸めて顔を地面に向けながら、ひとりでぽつんと座っている。
元気いっぱいで、走るのがだれよりも速いあおいくんとは、とても思えなかった。
「……あおいくん?」
そっと近づいて呼びかけると、あおいくんはびくっと肩を動かした。
そして顔を少しだけ上げて、わたしを見たの。
「……まどかちゃんか」
「どうしたの、元気なさそうだけど」
わたしがそう言うと、あおいくんはまたうつむいた。
「……なんでもない」
目を合わせないまま、あおいくんはぼそっと答えた。
なんでもなくない感じがする。
だって、ぜんぜん元気がないんだもん。
言った言葉はきっと、あおいくんのほんとうの気持ちじゃない。
(なにかあったんだ。あおいくん、ひとりで悩んでる)
そう思って、わたしは少しだけ勇気を出して言ったんだ。
「なにかあったなら、話してみてよ。相談にのるよ。だって、わたしたち、友だちでしょ?」
その言葉が届いたのか、あおいくんの体が小さく動いた。
しばらくのあいだ、言葉をさがしているみたいに口をつぐんでいたけど。
「……兄ちゃんにもらったキーホルダー、なくしたんだ」
ようやく出てきたその声は、いつものあおいくんの声じゃなかったんだ。
元気いっぱいの、あのあおいくんとはちがって、今の声はふるえていて、とても悲しそう。
「お兄さんの、キーホルダー?」
わたしがたずねると、あおいくんは小さくうなずいた。
「うん。兄ちゃん、高校生になったばかりなんだけどさ。サッカーがすごく上手くて、スポーツ推薦っていうので、今は遠くの学校の寮に入ってるんだ」
あおいくんは前を向いていたけど、心の中ではお兄さんを思い浮かべているようだった。
きっと、お兄さんのことが大好きなんだろうな。
「そっか……じゃあ、いまは家にはいないんだね」
「うん。高校に行く前にさ、『お守りだぞ』って、キーホルダーをくれたんだ。すっごくかっこいいやつ。オレ、それ、ずっとランドセルにつけてて……でも気がついたら、なくなってたんだ」
(お守り……)
わたしも、シラネから“ことのは守り”をもらった。
勇気をもらって、背中を押してもらって。
いまも胸元で、きらっとかがやいている。
それがどれだけ大事で、大切なものか。
もしなくしちゃったら、わたしは泣いちゃうかもしれない。
だから、あおいくんの気持ちが、すごくよくわかったの。
「……ねえ、あおいくん! わたしも一緒に探したい!」
わたしがそう言うと、あおいくんは、はっとした顔でこっちを見た。
「ほんとに……?」
「うん! だって、それ、すごく大事なものなんでしょ?」
「だけど……迷惑かけちゃうし……」
あおいくんは、またうつむいた。
迷惑なんて、そんなこと思ってないのに。
だから、わたしは「ぜんぜん!」って声を大きくして、笑顔で続けたんだ。
「困ってる友だちを助けるのって、あたりまえのことでしょ!」
あおいくんは、ほんの少し目を見開いて、それから小さく笑った。
「……ありがと、まどかちゃん」
「うん」
わたしはうなずいて、胸元にある青い石にそっとふれた。
なんだかいつもより、あたたかく感じる。
「ぜったい、見つかるよ」
風がそよいで、葉っぱがかさかさと、やさしい音を立てた。
それがなんだか、シラネも「大丈夫、うまくいく」ってうなずいてくれたみたいに聞こえたんだ。
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