第4話 信じる気持ち

 次の日の朝。

 空はすっきりと晴れていて、昨日よりもずっとあたたかい。


 わたしの胸元には、シラネにもらったネックレスがあってね。

 それをにぎると、心がふわりと明るくなるの。


(うん、だいじょうぶ)


 今日のわたしには、昨日とはちがう勇気があるんだもん。

 

 あたらしい一日。

 あたらしい、わたし。

 

(シラネ。わたし、がんばってみるよ)


 もう一度、青い石をぎゅっとにぎる。

 それからランドセルを背中でポンと軽くはずませて、まっすぐ前を向いて歩き出した。


 *


 教室のドアの前。

 わたしはランドセルのベルトをぎゅっとにぎった。

 心臓がどきどき鳴ってて、緊張してるっていうのが自分でもわかる。


(だいじょうぶ……だいじょうぶ……)


 心の中でとなえながら、すぅっと大きく息を吸いこんで。

 思いきってドアを開けた。


 朝の光がさしこむ教室。

 まっさきに目が合ったのは──昨日、話しかけようとしてくれたポニーテールの女の子。


(……わわ、どうしよう)


 目が合っただけで、心臓がばくんって飛びはねた。

 でも、今日のわたしは目をそらしたりしなかったの。


 ネックレスをそっと指でさわって、昨日のシラネの言葉を思い浮かべる。

 

“信じろ。自信を持て──”


 そうだよね。

 わたしは、わたしのおまじないを信じるって決めたんだもん。


(うん……!)


 笑ってみよう。

 言葉にして、ちゃんと伝えよう。


「……っ、おはよう!」


 思ってたより大きな声が教室にひびいた。


 ポニーテールの子は、ちょっとびっくりた顔をしたけれど。

 すぐに、やさしく笑って──


「おはよう、まどかちゃん」


 そう返してくれた。

 たったひと言なのに、すごくすごくうれしくて。

 わたしの“声”が、ちゃんと届いたんだなって思えたんだ。


 *


 休み時間。

 ポニーテールの子が、わたしの席まで来てくれた。


「ねえ、まどかちゃん。わたし、まどかちゃんとお話してみたいなって思ってたんだ。ちょっとだけでも、いい?」


 心臓がどきんと動いた。

 昨日、目をそらしちゃったことを思い出す。

 でも、今日は──素直になるって、友だちになるって決めたんだもん。


「……うん!」


 わたしが笑ってうなずくと、その子もにっこり笑ってくれた。


「ありがと、まどかちゃん。よろしくね」


 その子の動きに合わせて、ポニーテールの髪の毛がさらさらとゆれている。

 風によそぐリボンみたいな感じかな。

 

 その姿が、なんだかとても心に残ってね。

「よろしくね」って言ってもらえたことも、「まどかちゃん」って名前を呼んでもらえたことも、ぜんぶうれしかった。


 心の中は、つぼみだった花が、いっきに開いたみたいに色あざやかで。

 

 わたし、あたらしい友だちができたんだなって。

 それがなにより、うれしかったんだ。


 *


 学校の帰り道。

 教科書がいっぱい入った重たいランドセルも軽く感じちゃうくらい、胸の中はふわふわしてた。


(たくさんおしゃべりできたし、「また明日ね」ってバイバイもできた)


 うれしいのに、まだどこか夢みたいで。

 気がついたら、足が勝手にあの神社の坂道をのぼってた。


 シラネに伝えたかったんだ。

 わたし、ちゃんと声を届けられたよって。


 鳥居をくぐって、ほそい階段をのぼって、まわりに目をやると──。


「シラネー!」


 大きな木の根元で、銀色のしっぽがふさりと動いた。

 こっちを向いたシラネが、まぶしそうに目をほそめる。


「ちゃんと“届いた”みたいだな」


 耳を少しだけ倒して、ほほえんてくれた。


 *


 わたしたちは、昨日の木の根っこに並んで座った。

 枝のすきまから差しこんでくる日差しがぽかぽかしてて、うんと心地いい。


「でね、いちばん仲良くなった子は、あすかちゃんっていってね。『明るい日の香り』って書くんだって。お日さまがいっぱいで、ほんと、名前のとおりだなって思ったの」


 わたしは今日あったことをシラネに話していた。

 うれしくて、だれかに聞いてほしくて、おしゃべりが止まらなくなっちゃう。

 

「あと、えみちゃんと、しおんちゃんと、あおいくんに、つかさくん。みんな、やさしくてね……」


 シラネは何も言わず、ふんふんとうなずきながら聞いてくれていた。

 その耳が、またぴょこぴょこ動いてるのがなんだかおかしくて、ちょっと笑っちゃった。

「猫みたいって思っただろ」って怒られそうだから、シラネには言わなかったけどね。


「……ありがとね、シラネ」


 たくさん話したあと、わたしはあらためてシラネに頭をさげた。


「シラネのおかげで、わたし……がんばれた。ほんとにありがとう」


 シラネに出会ってなかったら──わたしは今日もきっと、しかめっつらのまま教室にいたと思う。

 だれの声にもちゃんとこたえられなくて、おまじないが効かないせいって決めつけて。

 そうやって、また自分をにらんでたかもしれない。


「それは違う」

「え?」

 

 シラネは口のはしを上げて笑った。


「オレのおかげじゃない。まどかが、自分を信じたからだ」


 その言葉は澄んだ鈴の音みたいに、リンと胸にひびいた。


(信じたから……)


 そうなのかもしれない。

 願いごとって、だれかがかなえてくれる魔法みたいなものだと思ってたけど。

 ほんとうは、ちがう。

 願いごとって、自分の手でかなえるものなんだ。

 

 そう信じて一歩ふみ出せたのは、背中を押してくれたシラネがいたから。


「わたし、今日のこと忘れない。ありがとう、シラネ」


 シラネは何も言わずに、にこっと笑って──ほんの小さくうなずいてくれた。

 ネックレスの青い石が、夕方の光にきらりとかがやいていて、すごくきれいだなって思ったんだ。

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