第3話 初めての勝利

 森の朝は冷たい。

 鳥の鳴き声で目を覚まし、冷水で顔を洗い、木の棒を振り下ろす。

 これが、俺の一日の始まりだった。


 退学から一週間。

 【微成長】のおかげで確実に力は積み上がっている。

 だが、それはあくまで数値の話だ。

 本当に戦えるかどうかは、まだわからない。


「そろそろ、試してみるか……」


 枝を握り直し、森の奥へ足を踏み入れる。

 狙うは、低級モンスター《フォレストウルフ》。

 学園時代、模擬戦で上級生が相手にしていた魔獣だ。

 俺が戦おうとすれば「死ぬ気か」と笑われた相手でもある。



 昼前、茂みが揺れた。

 低い唸り声。灰色の毛並みを持つ狼が、鋭い牙を剥き出しにして飛び出してくる。


「来たなっ!」


 枝を構え、地面を蹴る。

 狼は素早い。予想以上に速く、喉元へと食らいつこうと迫る。


 咄嗟に枝を振り下ろす。

 ガキィン、と硬い音。狼の牙が枝に食い込み、衝撃で腕が痺れる。


「ぐっ……!」


 力で押し込まれる。やはりまだ足りないのか――そう思った瞬間。


――【微成長】発動。累積成長+1。


【体力:D → D+】


「……っ!」


 踏ん張れた。押し負けていたはずの力を、ほんの僅かだが受け止められる。

 俺は歯を食いしばり、体をひねって狼を押し返す。


「はああっ!」


 渾身の突き。枝の先端が狼の肩口に突き刺さる。

 毛皮が裂け、血が飛び散った。

 狼は短い悲鳴を上げて飛び退く。


 心臓が早鐘のように打ち鳴る。

 怖い。死ぬかもしれない。

 だが同時に、全身に力が漲る。

 これが――本物の戦いだ。



 狼は円を描くように俺を取り囲む。

 低い唸り声。次の瞬間、矢のような速さで飛びかかってきた。


「ぐっ……!」


 避けきれず、肩に牙が食い込む。

 鋭い痛み。熱い血が流れ出す。

 視界が赤く染まる。だが――。


――【微成長】発動。累積成長+1。


【剣技:C → C+】


「……っらああっ!」


 痛みと同時に、体が反射的に動いた。

 枝を大きく振り抜く。

 空気を裂く音とともに、狼の頭を直撃。

 骨が砕ける鈍い感触。狼は悲鳴も上げられずに地面へ叩きつけられた。


 数秒の沈黙。

 やがて狼の体は痙攣を止め、動かなくなった。


「……勝った」


 枝を握る手が震える。

 膝が笑う。怖かった。死ぬほど怖かった。

 それでも――俺は初めて、本当の戦いで勝利を掴んだ。



 深呼吸を繰り返しながら、ステータスを確認する。


【剣技:C+】

【体力:D+】

【魔力総量:D】

【累積成長:10】


「はは……やっぱりだ。戦えば戦うほど、俺は強くなれる」


 傷は痛む。だが、不思議と絶望感はない。

 むしろ、胸の奥に燃え盛るのは希望だ。


 学園で笑った連中。俺を見下した教師。勝者の顔を浮かべたエリス。

 全員、必ず追い抜く。

 今日の勝利は、その第一歩だ。


 血に濡れた枝を見下ろし、静かに呟く。


「落ちこぼれは、もう俺じゃない」


――カイの目に、初めて「未来の強者」の光が宿っていた。

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