第3話 初めての勝利
森の朝は冷たい。
鳥の鳴き声で目を覚まし、冷水で顔を洗い、木の棒を振り下ろす。
これが、俺の一日の始まりだった。
退学から一週間。
【微成長】のおかげで確実に力は積み上がっている。
だが、それはあくまで数値の話だ。
本当に戦えるかどうかは、まだわからない。
「そろそろ、試してみるか……」
枝を握り直し、森の奥へ足を踏み入れる。
狙うは、低級モンスター《フォレストウルフ》。
学園時代、模擬戦で上級生が相手にしていた魔獣だ。
俺が戦おうとすれば「死ぬ気か」と笑われた相手でもある。
◆
昼前、茂みが揺れた。
低い唸り声。灰色の毛並みを持つ狼が、鋭い牙を剥き出しにして飛び出してくる。
「来たなっ!」
枝を構え、地面を蹴る。
狼は素早い。予想以上に速く、喉元へと食らいつこうと迫る。
咄嗟に枝を振り下ろす。
ガキィン、と硬い音。狼の牙が枝に食い込み、衝撃で腕が痺れる。
「ぐっ……!」
力で押し込まれる。やはりまだ足りないのか――そう思った瞬間。
――【微成長】発動。累積成長+1。
【体力:D → D+】
「……っ!」
踏ん張れた。押し負けていたはずの力を、ほんの僅かだが受け止められる。
俺は歯を食いしばり、体をひねって狼を押し返す。
「はああっ!」
渾身の突き。枝の先端が狼の肩口に突き刺さる。
毛皮が裂け、血が飛び散った。
狼は短い悲鳴を上げて飛び退く。
心臓が早鐘のように打ち鳴る。
怖い。死ぬかもしれない。
だが同時に、全身に力が漲る。
これが――本物の戦いだ。
◆
狼は円を描くように俺を取り囲む。
低い唸り声。次の瞬間、矢のような速さで飛びかかってきた。
「ぐっ……!」
避けきれず、肩に牙が食い込む。
鋭い痛み。熱い血が流れ出す。
視界が赤く染まる。だが――。
――【微成長】発動。累積成長+1。
【剣技:C → C+】
「……っらああっ!」
痛みと同時に、体が反射的に動いた。
枝を大きく振り抜く。
空気を裂く音とともに、狼の頭を直撃。
骨が砕ける鈍い感触。狼は悲鳴も上げられずに地面へ叩きつけられた。
数秒の沈黙。
やがて狼の体は痙攣を止め、動かなくなった。
「……勝った」
枝を握る手が震える。
膝が笑う。怖かった。死ぬほど怖かった。
それでも――俺は初めて、本当の戦いで勝利を掴んだ。
◆
深呼吸を繰り返しながら、ステータスを確認する。
【剣技:C+】
【体力:D+】
【魔力総量:D】
【累積成長:10】
「はは……やっぱりだ。戦えば戦うほど、俺は強くなれる」
傷は痛む。だが、不思議と絶望感はない。
むしろ、胸の奥に燃え盛るのは希望だ。
学園で笑った連中。俺を見下した教師。勝者の顔を浮かべたエリス。
全員、必ず追い抜く。
今日の勝利は、その第一歩だ。
血に濡れた枝を見下ろし、静かに呟く。
「落ちこぼれは、もう俺じゃない」
――カイの目に、初めて「未来の強者」の光が宿っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます