第2話 努力の第一歩

 退学処分を言い渡され、荷物を抱えたまま学園を追い出された翌日。

 俺は街の外れ、小さな森の中にいた。


 野宿を強いられるのは覚悟していた。だが、不思議と絶望感はなかった。

 むしろ胸の奥に、かすかな高揚がある。


(あのステータスの変化……間違いない。俺の【微成長】は、努力すればいくらでも積み重ねられる)


 誰も気づかなかった、落ちこぼれと笑ったあのスキル。

 だが本当は、最強への道を隠し持っていたのだ。


「なら、やるしかないだろ……!」


 小さく呟き、木の枝を拾って構える。

 これが俺の初めての「修行」だった。



 枝を剣に見立て、振り下ろす。

 空気を切る鈍い音。重心はぶれるし、握力も続かない。

 一度振るたびに腕が痺れる。


「ぐっ……こんなんじゃ、話にならねぇな」


 それでも歯を食いしばって振り続けた。

 昨日の屈辱を思い出すたび、腕に力がこもる。

 笑った連中の顔。見下した教師の声。冷ややかなエリスの視線。


 何百回目かわからないほど振り下ろしたとき、脳裏に光が走った。


――【微成長】発動。累積成長+1。


【剣技:E+ → D】


「……おおっ!」


 思わず声が漏れた。

 腕の感覚が、さっきまでとは明らかに違う。重さに耐えられるし、体の軸も安定している。


「本当に、強くなってる……!」


 汗で濡れた額を拭いながら、胸の奥が熱くなる。

 これだ。これこそが俺の力だ。

 一歩ずつ積み上げれば、必ず追い抜ける。


(エリス……待ってろよ。お前たち全員、いつか見上げることになる)



 それから三日間、俺はひたすら修行を続けた。

 森の奥で木を相手に剣の素振り。小川での走り込み。重い石を担いでの筋力鍛錬。

 夜は野宿しながら、魔力制御の訓練を繰り返す。


 結果はすぐに現れた。


【剣技:E+ → D+】

【体力:E → D】

【魔力総量:E+ → D】


 数字は小さな変化に見えるかもしれない。だが、たった数日でこの伸びだ。

 普通なら一年かかる成長を、わずかな時間で超えている。


「はは……やっぱり俺のスキル、最強じゃねぇか」


 笑いが止まらなかった。

 努力が裏切らない。努力すれば必ず強くなれる。

 それが俺の【微成長】だ。



 四日目の朝。

 腹が減り、森を歩いていると、小さな悲鳴が聞こえた。


「きゃあっ!」


 振り向けば、木陰で少女がスライムに襲われていた。

 街から来た商人の娘だろうか、荷馬車の傍で転んでいる。

 スライムといっても、普通の人間には危険だ。皮膚を溶かされれば命取りになる。


「くそっ……!」


 考えるより先に体が動いた。

 俺は枝――いや、数日で手に馴染んだ「訓練用の剣代わりの棒」を握りしめ、飛び出す。


「うおおおっ!」


 渾身の力で振り下ろす。

 鈍い手応え。スライムの体が裂け、半透明の液体が飛び散った。


――【微成長】発動。累積成長+1。


【剣技:D+ → C】


「やった……!」


 手応えは確かだった。

 数日前まで、ただの落ちこぼれだった俺が、今は人を守れる力を持っている。

 少女を助け起こすと、彼女は目を丸くした。


「す、すごい……! あんなに簡単にスライムを……ありがとうございます!」


 震える声で礼を言われ、胸が熱くなる。

 俺は誰かを守れる。強くなれる。

 これこそが、俺の歩むべき道だ。


「気をつけろよ。この森は危険だ。街まで送っていく」


 少女の荷馬車を見送りながら、心の中で固く誓う。


(この力で、俺は必ず証明してみせる。落ちこぼれだと笑った連中に……俺が誰より強いってことを!)


 森に立ち尽くし、剣を握り直す。

 努力の炎は、もう消えることはなかった。


――カイの逆転劇は、ここから本格的に始まる。

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