第4話 冒険者登録

 森で《フォレストウルフ》を倒してから三日後。

 俺は近隣の街〈グランツ〉へやって来た。


 高い城壁と石造りの家並み。市場では威勢のいい声が飛び交い、冒険者たちが行き交っている。

 剣や鎧を身に着けた彼らは、俺と同じように力を求めて戦いに挑む者たちだ。


(ここなら……俺の力を試せる)


 向かった先は街の中心にある「冒険者ギルド」。

 高い天井と分厚い木の梁、壁に貼られた依頼書。酒場のような活気に、思わず圧倒される。


「次、登録希望の者はカウンターへどうぞー」


 受付嬢の声に促され、列に並ぶ。

 順番が来て、俺は緊張を抑えつつ言った。


「冒険者登録をお願いします」


「はい。それでは身分証明と簡単な力量測定を――」


 彼女は慣れた手つきで水晶のような測定器を差し出した。

 俺が手をかざすと、淡い光が広がり、数値が浮かび上がる。


【剣技:C+】

【体力:D+】

【魔力総量:D】


 受付嬢は目を丸くしたが、すぐに微妙な顔をする。


「……ふむ。基準としては悪くありませんが、特別優秀でもないですね」

「いえ、数日前まではもっと低かったんです。短期間で伸びたんですよ」


 必死に説明するが、彼女は営業スマイルを崩さない。

 だが、その目には「よくいる凡人」という色が浮かんでいた。


 登録証を手渡されると、周囲の冒険者たちがちらりと俺を見やる。

 そしてすぐ、鼻で笑った。


「C止まりか。しょぼいな」

「どうせすぐ死ぬさ。ああいう根性だけの新人は」


 聞こえるように囁かれる。胸に刺さる言葉。だが俺は拳を握り、心の中で呟く。


(好きに言え。俺は積み上げるだけだ)



 初依頼は「薬草採取」だった。

 初心者用の定番依頼。報酬は少ないが、誰もが通る道だ。


 森の浅い場所へ行き、指定の薬草を探す。

 緊張と期待で胸が高鳴る。だが同時に、茂みから小さな唸り声が聞こえた。


「……ゴブリン、か」


 身長は子供ほど、醜悪な顔と粗末な棍棒。

 森で最もありふれた低級モンスターだ。

 だが人間には脅威。冒険者の墓場と呼ばれる所以でもある。


「よし……やってみるか」


 枝を剣のように握り、身構える。

 ゴブリンは奇声を上げて飛びかかってきた。


 棍棒を受け止めた瞬間、腕に衝撃が走る。

 だが一週間の鍛錬で、体はもう押し負けない。

 踏ん張り、力を込めて押し返す。


「はあっ!」


 横薙ぎに枝を振る。

 ゴブリンの胴を打ち据え、地面に叩き伏せる。

 呻き声とともに動きが鈍る。


――【微成長】発動。累積成長+1。


【剣技:C+ → B】


「よしっ!」


 勢いのまま、頭部へと一撃を加える。

 ゴブリンは呻き声を残して崩れ落ち、動かなくなった。


 肩で息をしながらも、胸に込み上げるのは歓喜だ。

 学園で笑われた落ちこぼれが、今は一人でゴブリンを倒している。

 しかも戦うたびに強くなれる。


「これなら……やれる」



 薬草とゴブリンの耳を持ち帰り、ギルドで提出する。

 受付嬢は驚いたように目を見開いた。


「えっ……初依頼でゴブリンを討伐したんですか? 薬草採取だけで良かったのに……」

「偶然出くわしたんです。倒せたのは運が良かっただけで」

「いえ、Cランク未満の新人ではまず無理ですよ。……お見事です」


 淡々とした声色に変わり、今度はほんの僅かだが敬意が混じっていた。

 周囲の冒険者たちがざわつく。


「おい、あの新人、ゴブリン倒したらしいぞ」

「まぐれじゃねぇのか?」

「でも討伐証明を持ち帰ったってことは……」


 冷笑から、わずかに評価へ。

 その変化が心地よい。だが、俺は気を緩めない。


(これはまだ始まりにすぎない。俺はもっと強くなる)


 登録証を握りしめ、心に誓う。

 落ちこぼれと呼ばれた俺が、必ず頂点を掴むのだ――。

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