第13話 女子大教育の本質

 昼食前の空きコマを利用して食堂で勉強していた私は、帝国からの留学生カトリーヌ嬢から話しかけられた。カトリーヌ嬢は帝国で聖女候補としての教育を受けており、ノルトラント女子大では神学部に所属している。どう考えても私費での留学生とはとても思えない。その彼女がノルトラントへの帰化を本気で考えているようだ。

「カトリーヌ様、不躾な質問をいたしますが、カトリーヌ様は私費でご留学ですか?」

「いえ、私は貧民の出身です。六歳のとき教会で聖女への適正が認められ、それ以来親元を離れ、国費で教育をしていただいております。ノルトラントへも国費での留学です」

「それでしたらうかつなこと、仰らないほうが」

「わかっております、殿下。帰化を申請したこと、帝国へ伝わりましたら私は留学費用を打ち切られるでしょう」

「それでは勉学を続けられなくなるのではないですか」

「かまいません、そのときはノルトラント国教会に帰依させていただこうかと思います。私は神に使えることができればそれでよいのです」

「それでは神学部で学んできたことが無駄になるのでは? 神学部では神にいかに仕えながら生きていくのか、それを学ぶのではないですか」

「殿下、神学部ではあまり神様自体のことを学ぶわけではないのです」

「そうなのですか?」

「ええ、むしろ人とはなにか、人生とはなにか、それを考える授業をしています。大学では神話とか、教会で子ども相手にお話されることと大差無いお話しかでないのです」

「人とはなにか、ですか」

「そうです、殿下。人とはなにか考え、人として正しく生きれば、それはすなわち神の御心のままに生きることになると聖女様はおっしゃっていました」

「そうですか、それは素晴らしいお考えですね」

「はい、そうなのです、殿下」

「それにしても正しくとは、どういうことでしょうか。具体的には神様がお示しになられるのでしょうか」

「いえ殿下。聖女様はそれを自分自身で考えることが大事だと仰っています。なぜなら聖女様は、神様のお声を聞いたことなどないと明言されていますから」

「そうなのですか、大聖女様は神様のお声は聞いたことがないと」

「はい、ノルトラントの先代の聖女様が仰ったそうです。『自身の力を人のために使う女性はみな、聖女なのだ』と。アン聖女様はそれにつけくわえて、ご自身は神様から与えられた職能が『聖女』であるだけだとも仰っています。その力をいかに使うかは、神様からご指示されるのではなく、ご自身でお考えになっているそうです。ですから神学部では、人は神から与えられた行動をするのではなく、自身ですべきだと思う行動をせよと教わります。そこで正しい判断をするための学問を、神学部ではやっているのです」

「そうですか、それでやっと理解できました。ヴァルトラントからも神学部にマルティナ嬢とシュテフィ嬢がお世話になっておりますが、神様のお勉強などほとんど無い、と申しておりました」

 そうなのだ、以前二人がこぼしていたのを聞いたことがある。神学部とは名ばかりで、算術、理学、地理学、歴史学、経済学といった神学とは関係ないような科目ばかりが授業で並んでいると。それが今になって腑に落ちた。正しく生きるためには正しい知識が必要で、正しい情報を得る必要があるのだと。神学部卒業生は教会や学校で人々を導く立場となるから、宗教上の知識だけでなく、広く世の中のことを知っておく必要があるのだ。


「私は、こちらの女子大で学ばせていただいて、本当に良かったと思っております」

 カトリーヌ様は話を続けた。

「帝国で私は教会へ召され、毎日神様のお教えを学んでおりました。それはそれでありがたいことではありますが、自分で考えることは教わりませんでした。しかしここでは違います。自分で考えたことを自身で責任をもって行動するよう、女子大では教わっております」

「そうですか」

「はい、殿下。そもそもアン聖女様は聖女としての教育を全くお受けになっていない、とご自身で公言されています。しかしながら殿下、聖女様のご業績は並ぶものがないとの評判ではございませんか」

「そのことに関しては私も異論はありません。大聖女様はまだお若い、これからいかなるお仕事をなさるか、私としても楽しみでなりません」

「そうですオクタヴィア姫殿下、この時代に生まれたこと、本当に幸せでございます」

「はい、私も全く同じ考えです」

「そうですよね、ですから私は、聖女様のお仕事のお手伝いをしたいのです」

「それは素晴らしいことですね」

「はい、殿下。ですから場合によっては、私は帝国から離れる必要があるかもしれません」

「そんなことを大きな声で話されてはなりません、あなたのお帰りを待つ帝国国民がおかわいそうです」

 するとカトリーヌ嬢の目が少し赤くなった。

「そうですね。私もときには国に帰り、教会にお祈りに来る人達のお顔を思い出さないといけません」


 私はカトリーヌ嬢が少し心配になった。彼女は帝国国民を愛している。帝国とノルトラントの関係は今、とても悪い。帝国皇帝とノルトラント国王が仲違いをするのは別に構わないが、国民の不幸はなんとしても避けなければならない。それは我が国も同じことである。

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