第14話 お金の話
週末、私は久しぶりに王都へ行くことになっていた。大学側は週末に学生たちが羽を伸ばすことには何も文句を言わないから、王都に買い物に出かける学生はそれなりにいる。しかし私はそうではなく、我が国からの大使マクシミリアンと打ち合わをするのだ。
かつてノルトラント王都にはヴァルトラント大使館があった。王宮のすぐ近くに大きな館を構えていた。戦争中もノルトラントは大使館を取り巻いて人の出入りを大幅に制限しただけで、大使を捕縛するとか大使館を接収するとかはしなかった。終戦となってからもノルトラントは大使館についてどうこうせよとの指示はなかったのだが、ヴァルトラントは大きな大使館の維持費を惜しんだ。大使館員も大幅に削減し、帝都の一角に事務所を間借りしたのだ。
女子大から王都へは、定期の馬車がでているので私もそれを利用する。ヴァルトラントの留学生たちも街に遊びに行くというので同行してくれた。多分遊びに行くというのは口実で、王女である私を一人にさせないためだろう。
馬車から見上げる秋晴れの空は雲一つなく、透き通るように青かった。
王都で馬車から降りて少し歩き、大使館前で同級生たちと分かれる。午後の便で一緒に女子大に帰る約束をした。
大使館は休日だから手続きに来る人はいない。警備員に挨拶すると、がらんとした内部に通された。案内された部屋では、マクシミリアン大使が一人で待っていた。
「休日に申し訳ありません、マクシミリアン様」
「いえいえ殿下こそお休みになりたいでしょうに」
「お互い、しかたのないことですね」
「まったくです」
マクシミリアン大使は初老で背が高い。外交官と言うより、貴族の館の執事長といった雰囲気を持っている。父から聞いたところでは、若い頃から外国ぐらしが長く、粘り強く困難な交渉をいくつもまとめてきた実績があるそうだ。すすめられるままに椅子に座ると、大使自らお茶を淹れてくれた。礼を言って早速口をつけると、たいそう美味しい。
「お茶を淹れるのがたいへんお上手なのですね」
「おほめいただき光栄です。なにせ忙しいですから、私の数少ない趣味のひとつなのですよ」
「なるほど、これなら仕事しながらできますわね」
「そうなのです、けっしてサボっているわけではないのです」
「私は避難しているわけではありませんよ」
「そうなのですか?」
大使はいたずらっぽい目で私を見た。
いつまでも当たり障りのない話を続けるわけにもいかないので、父から託された手紙を対しに渡す。
「失礼してこの場で読ませていただきます」
「ええ、私はこのお茶を楽しんでおりますわ」
ややあって大使が話しかけてきた。
「念の為うかがいますが、ステファン殿下と大聖女様の件、陛下は本気なのですね」
「はい、そのとおりです」
「大聖女様への交渉は、姫殿下がなさるわけですね」
「ええ、大使が表立って動かれると、帝国が我が国の意図を察知する可能性がたかくなりますから。ただ、私は外交交渉は素人です。定期的にお会いして、大使のお知恵をお借りしたいと考えております」
「そうですね、私は宮廷で、さりげなく情報収集し、殿下にお伝えいたしましょう」
「お願いいたします」
「それにしても、ノルトラントはお二人をそう簡単に手放すでしょうか」
「私個人の意見としては、ヴァルトラントの王座は魅力的だと思います。ただ、大聖女様が女子大から離れるとは思えないのです」
「そうですね、それは私も同意します」
「ただ、ヴァルトラントにも女子大を置く、またはそれに近い学校を開校すれば、多少は可能性はあるとは思うのです」
「女子大に近い学校ですか」
「ええ、女子大には不合格者を勉強させる予科というのがありますよね」
「はい」
「私としてはまず、ヴァルトラントに予科を置くべきだと思うのです」
「なるほど、それは手ですね。またヴァルトラントの女子教育にとってもよい案でしょう」
「そのように教育、研究機関を整備していけば、大聖女様をお迎えすることもできるかと思えるのです」
「そうですね、ただ、聖騎士団も問題ですね」
「そうなのです。聖騎士団は大聖女様の家族とも言えますから」
「うーん、聖騎士団がヴァルトラントに来るとなると、それは征服軍とみなされかねないですね」
「はい、それは陛下も大聖女様もお望みにならないでしょう」
「そうですね、それは私も同意します」
大使も私も妙案がなく、しばらく会話が止まってしまった。大使は立ち上がって、お茶のおかわりを淹れてくれた。
「殿下、陛下のご指示は理解しましたが実行には時間がかかります。ですから私は、並行してヴァルトラントの喫緊の課題にも手を打つべきだとおもいます」
「大使、課題とは」
「お金の問題ですよ」
そうだった。もとはといえば豊作であってもノルトラントへの賠償金の支払い、帝国からの借金の返済がヴァルトラントの収支が赤字の原因になってしまっていることが問題なのだ。
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