第39話:現れたのは意外な

 どうして、こうなった。

 日曜日。今日はまい先輩と映画観賞会の日。そういうわけなので待ち合わせ場所の校門の前で待っていると──何故か未来空先輩が来た。意外な人物の登場にキョトンとする私に未来空先輩は不満げだ。


「まいは体調不良だと。んで、申し訳ないから代わりに俺が駆り出された」

「お、おはようございます。そうだったんですね。え、えぇっと、未来空先輩はそれで大丈夫なんですか?」

「……。いつも引きこもってると体にわるいから絶対にいけってうっせーんだ。行かなかったら一生呪ってやるって脅迫のメールもきた」

「え、えぇ……わ、私は全然いいですよ。せっかくの日曜日ですし! でも未来空先輩、ヒーローものの映画とか見るんですか? 未来空先輩が見たい映画があれば……」

「観る映画は予定通りでいい。あのシリーズもののヒーロー映画は全て鑑賞済だ。つーか、まいにヒーロー映画を勧めたのは俺の方だしな」

「そ、そうだったんですか!?」


 未来空先輩はどこか得意げな表情で口角を上げた。いつもより機嫌がいい。本当にヒーロー映画が好きなんだろう。まい先輩と未来空先輩って幼馴染の割にどんな会話をするのかイメージが湧かなかったけど……なるほど、趣味が同じだったのか!


 未来空先輩は踵を返し、チラリと私を見る。


「……行くぞ」

「はい!」


 まっ、未来空先輩も嫌ではないみたいだし、先輩がいいなら私もそれでいいや。面白かったら、まい先輩と二回目の観賞会をしてもいいかもしれないしね。


 青空学園から中心街は徒歩三十分といったところか。バスもあるが、未来空先輩はバスが苦手だという。

 なかなか遠いけれど、先輩と二人きりで出かけるのは新鮮で苦には思わなかった。




***




 映画が終わり、とりあえず近くのジャンクフード店に入った。ジュースを啜りながら、ポテトをつまむ未来空先輩をぼぉっと見る。

 映画の余韻がすごい。今日観たヒーロー映画も凄く面白かった。これはまい先輩の体調がよくなったらまた観に行こう。未来空先輩につられて、パンフレットも買っちゃったし。

 黙々とポテトを食べつつ、片手で映画のパンフレットを読む先輩。


 そういえば、私が未来空先輩の闇の中に入った後から──先輩は少しだけ柔らかくなった。

 私の言葉が少しでも先輩を変えることができたと思っていいのかな。

 思えば、未来空先輩との距離は確実に縮まった気がする。最初に会ったときはまさかこうして二人きりで映画に行くことになるなんて想像もつかなかっただろう。第一印象は「裸足かつ体育座りの人」だし……。


「おい、食べねーのかよ」

「あ、食べます食べます」

「……ん」


 先輩、一口があんなに大きいんだ。照り焼きハンバーガーを豪快に頬張る先輩が可愛いだなんてね。

 少し前までは“怖い”だったのに。


「おい、さっきからなんで俺の顔をじっと見てるんだ? 居心地悪ぃ」

「あ、すみません。つい未来空先輩が可愛くて」

「あぁ!? かわ……!?」


 未来空先輩は頬を赤くして、「ふざけんな」とそっぽを向いた。そういう仕草も可愛いと思ってしまう。なんかこう、なかなか懐いてくれなかった犬が手を舐めてくれた時の感覚に近いかもしれない。

 そんなことを口にだしたら未来空先輩の機嫌が一気に悪くなってしまうから、絶対に言わないけれど。


 それからジャンクフード店を出ると、二人で並んで歩く。


「この後どうしましょうか。先輩、人が多いところ嫌いなんですよね? もう帰りましょうか」

「……いや、俺は……」


 未来空先輩は目を泳がせる。


 何か用事でもあるのかな?

 人混みを嫌いそうな先輩が「帰る」と即答しないのは不思議な気分だ。


「何か用事でも? 付き合いますよ?」

「……っ。とりあえず、便所行ってくる。待っとけ」


 そんな様子のおかしい先輩を不思議に思いながらも、とりあえず先輩を待ってみる。


 ──しかし、三十分待っても、先輩は帰って来なかった。


 流石に、おかしい、よね?

 そう思っていた時だ。


「よぉ」

「……っ!!?」


 後ろに誰かいる。

 この低い声は聞き覚えがある。未来空先輩のお兄さんの、明さんだ。


 それに気づくなり、私はすぐに距離をとった。


「んな怖い顔すんじゃねーよ」

「未来空先輩に、何をしたんですか……?」


 明さんはへらへら笑うと、私の腰に腕を回す。


「少しでも俺も拒否すれば、アイツが傷つくぞ?」


 なんて卑怯な人なの!

 私はどうすればいいのか分からず固まる。そのまま近くに停めてあった黒い車に乗せられた。


「随分いい子じゃねーか。輝の女はよ」

「先輩に、手を出さないで」

「それはてめぇ次第だ」


 明さんは私の髪を弄り始める。嫌悪感を覚えたが、何も言えなかった。

 するとその時、車の窓が割れそうなほど強く叩かれる。


「茉莉っっっ!!!!」

「は、朔!!?」


 私は目を見開く。

 なんでここに朔が!!?


「なんだあいつは! おい、車だせ!!」


 明さんの指示で車が動き出す。

 朔は追いかけてこようとしたが、それを要先輩が止めるのが見えた。


 あれ? よく見たらまい先輩も結城先輩もいる!!?

 ──なんで!!?


 朔は私と目が合うと、口パクで私に何かを伝える。


 ──助けに行く。


 遠ざかっていく幼馴染がそう私に向けて言ったんだと、確信した。

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