第40話:0

「おら、さっさと座れ」


 明さんに言われるまま、椅子に座らされる。

 そしてそのまま怪しい黒スーツの男達に縄で椅子に縛り付けられた。


 地下なのか、完全に日の光を侵入させない薄暗い部屋。

 おそらくここは雷雨学園。私の横ではなんと未来空先輩も椅子に縛り付けられていた。


「先輩! 無事ですか!?」

「っ!? 桜……?」


 先輩は目隠しをされているようで、私の声でやっと私が隣にいることに気づいたようだ。


「言っておくが、能力は使えねーぞ、輝。こっちには『能力を打ち消す』能力者がいるからよ」


 周りには屈強な手下らしき黒スーツ達と明さんと同じ制服を着た生徒数人がいる。

 たぶん、生徒達のほうは雷雨学園の生徒会のメンバーかな……。


 するとどこからかスポットライトが当たる。そのスポットライトに照らされた先にいたのは、どこかで見たことのある顔。

 テレビで、よく見かける──


「やぁ。初めまして。未来空輝君」

「……てめぇは……」

「私は星野。雷雨学園の学園長だ」

「ちっ。能力至上主義者の第一人者か! クソくらえ!」

「おや、随分嫌われたらしい。私は君を傷つけるつもりはない。何故なら、君をスカウトするためにこうして手荒な真似をしているのだからね」


 男はくつくつと喉の奥で笑う。


「スカウトだと?」

「そう。スカウトだ。未来空輝君。我が最愛の息子──明の実の弟。君の能力は明同様実に素晴らしい。ぜひ我が校の生徒になってほしい!!」


 最愛の息子? 未来空先輩は確か、学園長のルイさんが保護者だったはずだから……明さんの方は雷雨学園の学園長に引き取られていたってこと?


「だそうだ、輝。よかったじゃねぇか! 青空学園は屑の巣窟。対して雷雨は将来が約束されたエリート校だ。また仲のいい兄弟に戻れる」


 どの顔でそんな言葉を!! 散々未来空先輩を虐げてきたくせに!! 私は思わず叫びそうになった。


「ふざけんじゃねぇ!!! 俺はてめぇみたいなクソ兄貴とは決別した! 俺にもう関わんじゃねぇ!!!!」

「ははっ! まだそんな事言ってんのか? 星野さん、すんませんね。こんな口の悪い弟で」

「いや、いいんだよ。君だって酷いものだ」


 そして星野は私の方を見た。

 背筋が凍る。まるで塵を見るような顔だった。


「君は──ああそうか、ゼロだったな」

「0?」

「無能力者のことだよ」


 ──0。その呼称に、胸が痛くなる。

 無能力者は、存在する価値もないって言いたいの……!?


「輝君。恋人は選んだ方がいい。0がうつるぞ?」

「そんな言い方!!」


 未来空先輩は星野を鋭く睨みつける。

 星野はそんな先輩に目を細めた。


「……、随分生意気だ。明、そこの0と遊んでやれ」

「はは、りょーかい」


 明さんは私の方へ近づいてくる。頬を冷たい何かが這った。

 見ればそれは、宙に浮いた刃物。

 

 息が浅くなる。この刃物が明さんの能力なんだと分かった。

 彼の能力はおそらく、物を手を使わずに操ることが出来る《念力》……!!


「服を切り裂いて辱めるか? それかその可愛い面を先にズタズタにしてやろうか?」

「…………いっ!!!!」


 刃物で首を軽く切られた。思わず声をあげてしまう。


「やめろ!!! やめろよ!!」

「では輝君。わかっているね??」

「……ちっ! お前の駒になればいいんだろうが! くそが!!」

「未来空先輩!」


 私は泣きたいのを我慢しながら、叫ぶ。


「私の事は気にしないでください!! 私は、こんな奴らに、負けたくない……!!」


 そうだ。こんな、醜い人たちに、負けたくない!

 小さい頃からこんな人たちに指をさされて、笑われて生きてきた。

 でも、朔や両君がいたから、今までずっと前を向いてこれた。

 今更──このくらい、なんともない!


 すると星野が声をあげて笑い出した。


「あはははははははは!!! ゼロは脳みそも残念だと見える!!!! お前らはなぁ!!! この世に生まれた時点で既に『敗けて』いるんだよ!!!!」

「いっ!」


 前髪を掴まれて、星野が心底馬鹿にするような顔を近づけてくる。


 悔しい! なんで、こんな奴なんかに私の存在価値を否定されなきゃいけないの……?!

 悔しくて声も出ない。出るのは涙だけだ。

 未来空先輩が暴れだす。そんな先輩を明さんが殴った。


「暴れんなボケ!!」

「っ!!! てめぇ!!! そいつにそれ以上その汚ねぇ声を聴かせるんじゃねぇ!!!! 地獄にぶち込んでやるからな!!!!」

「先輩……っ!」


 するとその時。

 ──言葉通り、一筋の光が差した。


「うちの生徒が、随分お世話になっているようだ」


 見れば、学園長が開かれた扉の前に立っているではないか。

 その後ろには朔、まい先輩、篠原先輩、要先輩もいる。っていうか、まい先輩って体調不良じゃなかったの!?


「警察も来ている。星野、君の暗い噂は警察も気づいているみたいだよ」

「はん、どうせ証拠の一つも見つからないだろうが……まぁいい」


 星野は未来空先輩を見ると、舌打ちをした。


「──君には失望したよ、輝君」

「勝手にしとけっ!!!!」


 未来空先輩は今にでも星野に嚙みつきそうな勢いだ。星野はそのまま突入してきた警察の人たちに連れていかれた。

 先輩達はすぐに私と輝さんの縄をほどいてくれる。私は体が震えて、涙が止まらなかった。

 

 縄をほどいた瞬間、未来空先輩は私を強く抱きしめた。私の頭の中は真っ白になる。先輩の体は熱かった。吐息が耳にかかる。後頭部と背中に先輩の腕が回った。


 え? え? ──えっ!?


「しぇ、しぇんぱい?」

「悪ぃ……マジで悪ぃ……」


 先輩はひたすら私に謝った。先輩が悪いわけじゃないのに。

 私はさらに涙が溢れてきて。恐怖とか、嫌悪とか、そういうのが溶かされていくのが分かった。


「未来空、先輩……」

「……っ、お前は、こんな俺にも、帰る場所があるんだと気づかせてくれた」


 私にしか聞こえないような小声で、未来空先輩はそう囁いてきた。


「だから、お前はゼロなんかじゃねぇ……お前は、お前は……存在価値がないなんてことはねぇよ……」


 さきほどの星野の言葉に私が傷ついていることを気にしてくれているのだろうか。こういうフォローが苦手だろうに、気遣ってくれる先輩に視界が歪んだ。

 私はゆっくり先輩の背中に腕を回す。


「先輩、なんとなく伝わりました。……ありがとうございます」

「……そうか。なら、いい」


 しばらくそうしていたが、違和感を覚えて、やっと我に返った。

 そういえば今、生徒会メンバーの前だった!?


「ひゃー!! あの輝が女の子抱きしめてる!!!!?」

「あははは。未来空のことは色々心配してたんだけど、余計だったみたいだね」

「……ほぅ?」

「~~~~~~~~っ!」 


 朔は声にならない叫び声をあげていた。その目を見ればわかる。確実にこう言っている。

 『そんな女に育てた覚えはねーぞ!』、と。


「って、そうじゃありませんよ!! なんでまい先輩達がここにいるんですか!? まい先輩は体調不良じゃなかったんですか!?」


 ギクリ、と固まるまい先輩。キョロキョロと目を泳がせている。怪しい!


「先輩?? もう一度聞きますよ? ど、う、し、て、ここにいるんですか?」

「……本当にごめん! あまりにも輝が外に出ないから、外に引っ張り出したくてさ。普通に輝を誘っても断られるのは明白だったから、茉莉と一緒なら大丈夫かなって思って……それで、心配で尾行していたら、たまたま生徒会の皆に見つかって……」


 なるほど。私は先輩の同行がないと休日の自由がない。未来空先輩もそれを知っているから、仕方なく一緒に映画に来てくれたのだろう。普通に三人で映画に行こうと誘っても未来空先輩なら断りそうな気がするのも分かるけど……。でも……。

 未来空先輩はため息を吐き、そんなまい先輩にデコピンをする。


「痛っ! なにすんだよ、輝!」

「馬鹿野郎が。それならお前と映画に行くはずだったこいつの気持ちはどうなるんだよ。こいつは、お前と映画に行きたかったんだろ。もっとちゃんと桜に謝れ」

「先輩……」


 まさか未来空先輩からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。これにはその場にいた全員が目を丸くする。

 まい先輩は眉を下げて、肩を落とした。


「輝の言う通りだね。本当にごめんね、茉莉。君と映画行きたくないわけじゃなかったんだ。そんなつもりは決してなかった……」

「それは分かってます。でも少しだけモヤモヤしたので今度ポップコーン奢ってくださいね」


 まい先輩は私の返事に「それは勿論!」と頷いた。

 未来空先輩はぼりぼりと頭を掻いて、ポツリと言う。


「っつか、今度は普通に誘えっつーの。俺が断る前提で話を勧めんな」

「え!?」


 これにはまたまたその場にいた全員が固まった。まさか未来空先輩がそんなことまで言うなんて!

 せっかくだから今度は生徒会全員で映画鑑賞でもしようと皆で話をしていると、警察と話を済ませたらしい学園長がやってきた。


「皆。とりあえず、私達はこのまま帰っていいそうだ。茉莉ちゃんと輝君も疲れただろうし──帰ろう、私達の学校に」


 学園長は優しくそう言ってくれた。

 そうして私達は、そのまま学園長の高級そうな車に乗って、学校へ帰ったのだった。

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