第8話 告知合戦



生徒会室のホワイトボードにタイムテーブルが貼られた。

〈昼の校内放送・学祭告知枠:合計180秒〉——各団体の付箋が、色とりどりに重なっている。


西園寺が黒ペンで線を引く。

「原則、“告知枠では無音は禁止”と**内規化**します。技術的ブレイクは安全確保時のみ。演出目的の一拍はナシで」


榊颯真が手を挙げ、笑顔のまま目だけ真剣にする。

「OK、テンポ上げる。放送部としてはAベースで編成、必要なときだけ**技術**として止める」


ぼくは付箋に小さく書き加えた。

『告知枠=A八割/安全確保のみ一拍』

伊達実が肩をすくめる。「耳の体裁は残したいけどな。まあ、運用で吸収だ」


南條ほのかは台本を抱え、短く〈息〉。

「やってみます。——枠の切り替え、合図があれば」


「共有」

ぼくはうなずく。指を立てる代わりに、目線で合図だけ送った。

彼女のまぶたが一度だけ静かに落ちる。合図は入った。



放送室。

机の上に付箋が三列で並ぶ。

〈吹奏楽・30秒〉〈ダンス・20秒〉〈演劇・25秒〉……。

颯真がマーカーで“映え”を丸で囲った。


「段取り:ジングル短→告知→BGMクロス→次。**無音は挟まない**。南條、リード読みに挑戦してみて」

「はい。やってみます」


「合図は共有——」

ほのかが言いかけて、ぼくを見る。

「今日、合図、**私から**でもいいですか」

「いい」

伊達がにやり。「Shared→H試行、来た」


マイク位置、拳一つ。窓のかわりに壁の時計。

ほのかはON AIRの赤を見る前に、こちらへ視線で「三、二——」を投げてくる。

——一。ぼくはBGMを立ち上げた。


「——学園祭まで、あと三日。まずは吹奏楽部からのお知らせです」

テンポはA。

句読点は浅く、しかし語頭が立つ。

切り替えのたび、ほのかの視線が**先に**走る。

その目線が「三、二」を含んでいて、ぼくの指は**一**で動く。


ダンス部の告知に入ると、顧問が持ち込んだジングル案が重いビートで主張してきた。

伊達が眉をしかめる。「これ、被せ方をミスるとハウる」

颯真が即断。「ジングル短く切ろ。十拍→四拍」


「行けます」

ほのかの声は小さい。けれど、迷いはない。

視線がまた合図を投げる。

——三、二。

——一。

BGMクロス、ジングル四拍、告知にスッと入る。

**無音は使わない**のに、窮屈じゃない。


最後の“以上、放送部でした”の前で、ほのかがほんの一瞬だけ躊躇した。

西園寺の言葉が、紙の角みたいに残っているのだろう。

ぼくは目だけでうなずく。

“今はA。終端は楽器に任せる”という意味で。


「以上、放送部でした」


赤が落ちる。

颯真が指を鳴らす。「いい。告知はテンポで押し切る。南條、リード合図、悪くない」

伊達がメーターを撫でる。「耳の疲れ、出にくかった。切替の一瞬、**息**が見えるんだよな」


ほのかが台本の角をなぞり、途中でやめた。

「条件が整えば、もっと速くできます。合図、私からで」

「必要だと思ってる」



午後、追加の団体が押し寄せた。枠は埋まり、さらに溢れる。

演劇部は「台詞を十五秒だけ入れたい」。

美術部は「静けさで作品を感じてほしい」。

西園寺は「**静けさは**展示で作ってください。放送は流す側です」と譲らない。


会議室の空気が少し乾く。

颯真は笑顔のまま、線を引いた。

「放送では“静けさ”を**音楽で作る**。——テンポを落としたBGMを**切らず**に敷いて、“余白”を演出する。無音は使わない」

美術部がうなずく。「それならOKです」


ぼくは付箋に一行加えた。

『余白=低BPM/長音尾/語頭に子音を立てる(無音ナシ)』


ほのかがこちらを見る。

いま、リーダーは彼女だ。

視線で「三、二——」が来る。

——一。ぼくは低BPMにクロスし、彼女の「ご来場の皆さまへ」を乗せた。

静けさは、**鳴ったまま**で作れる。



夕方。

掲示板の前で、西園寺が紙を貼り替える。

『学園祭・校内放送告知枠 運用内規:**無音禁止**(安全確保時を除く)/各団体ジングル4拍まで/BPM指定(90–110)』

伊達が肩をすくめる。「書いたな」

西園寺は短く言う。「体裁を守り、事故を防ぎます」


ぼくは一拍置いてうなずく。

「……まあ」

(言い過ぎない。今日は**H主導**だ)


ほのかが紙を見上げ、〈息〉。

「やってみます。BPM指定、私が口でカウントします」

「頼む」



放送室に戻ると、ホワイトボードの右端に小さな枠ができていた。

〈本番・合図の順〉

H→N(試行)

目線→三二→——一(操作)


「明日、もう一回、告知の通しをお願いします。BPM90と110、両方で」

「共有」


夜の色が窓に寄せてくる。

ON AIRの赤は消え、蛍光灯の唸りとケーブルの匂いだけが残る。

ほのかがイヤホンを片側だけ差し出した。

「テンポ、合わせたいです。……行けます」


ぼくは受け取り、耳に当てる。

彼女の唇が、声にならないカウントを刻む。

——三、二。

——一。


BGMは鳴っていない。

それでも、部屋は**走りすぎない速さ**で同じ方向を向いた。


窓の外、体育館の影が長くなる。

明日は、もっと人が来る。

合図の主導は、**一度**彼女に預ける。

必要だと思ってる。

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