第4話 血の秩序

第4話 血の秩序



 夕陽がポンペイウス劇場を赤銅色に染めていた。西から差す光は長い影を石畳に落とし、乾きかけた血をさらに黒く濃く見せる。風が吹き抜けるたび、血と汗と塩と煙の匂いが入り混じり、広場を覆った。


 「討て! 処刑せよ!」

 「自由を裏切った者に血を!」


 群衆の叫びは炎のように広がり、押し寄せる波のように壇へと迫る。

 アントニウスが壇上に立ち、剣を掲げた。刃が夕陽を噛み、白い閃光が走る。


 「市民よ! 陰謀者たちをこの場で処刑する! ローマに秩序を取り戻すのだ!」


 歓声が広がり、地面が揺れるほどの足音が響いた。僕——マルクス・ウァレリウスは名簿を抱え、その言葉の重さに胸を締めつけられていた。



 兵に押さえられ、カッシウスが引き出された。

 「暴君を討ったのは正義だ!」と彼は叫ぶ。しかしその声は怒号にかき消された。

 石が飛び、額に当たり、血が流れる。膝を折った瞬間、兵の剣が閃き、彼の体は石畳に崩れ落ちた。


 群衆の歓声は雷鳴のように轟く。だがその熱狂の中に、僕は微かな恐怖を嗅ぎ取った。歓声は喜びではなく、恐怖を覆い隠すための仮面だった。


 続いてカスクスが引き出される。短剣を奪われ、縄をかけられた男はなおも「ローマの自由!」と叫んだ。だが兵士が後頭部を殴りつけ、彼の声は石に吸い込まれた。剣が振り下ろされ、赤い弧が広場に描かれた。



 僕は名簿を掲げ、声を張った。

 「国家の敵、プブリウス・セルウィリウス・カスクス!」

 「国家の敵、デキムス・ブルトゥス!」


 呼ばれた名は刃となり、群衆の視線という炎で焼かれて「敵」の形に変わる。兵士はその名を合図に縄をかけ、群衆は石を投げる。


 「忠誠を誓う者、アウルス・ウァレリウス!」

 呼ばれた石工が胸に拳を当て、「誓う!」と叫ぶ。

 「プブリウス・カリナ!」

 「誓う!」


 名は刃であり、同時に盾でもあった。僕は交互に刃と盾を読み上げ、群衆の呼吸を整えた。



 やがて広場に残ったのはブルートゥスだけだった。縄を外され、最後の言葉を許された彼は、短剣を与えられるとそれを見つめ、やがて石畳に落とした。


 「私は死を恐れない。だが覚えておけ。自由のための血は、必ず次の血を呼ぶ。」


 夕陽が彼の横顔を照らし、影を長く伸ばす。群衆は静まり返り、誰もがその言葉を耳に刻んだ。

 兵士の剣が振り下ろされると、ブルートゥスは膝を折り、胸に深い赤を広げた。彼の体が石に倒れた音は、広場全体を震わせた。


 次の瞬間、歓声と嗚咽が入り混じり、ローマの空を覆った。



 陰謀者たちの列は全て倒れ、広場の石畳は血で濡れていた。

 アントニウスが剣を掲げ、声を張り上げる。

 「市民よ! 秩序は戻った! ローマは揺るがぬ!」


 歓声が響く。だがその目には恐怖と疑念が宿っていた。

 「次は誰が敵にされるのか」

 その不安が、人々の胸に芽を出していた。


 僕は名簿を閉じた。だが、ページには血の滴が落ち、文字を滲ませていた。

 名簿は刃となり、いまや血で汚れた証文となった。


 「秩序は戻った」とルキウスが言った。

 僕は答えず、蝋板を強く抱きしめた。


 ——血で作られた秩序は、必ず次の血を呼ぶ。


選択肢

•A:報復を広げる

 処刑の勢いに乗り、陰謀者に同情的な議員や市民まで「国家の敵」として名簿に加える。恐怖による完全な統制を得られるが、ローマ全土にさらなる怨恨を撒き散らすことになる。

•B:報復を抑える

 「これ以上の血は不要だ」と宣言し、名簿を閉じて処刑を打ち切る。短期的には秩序が保たれるが、陰謀者の仲間や遺族の不満が地下に残り、後日の反乱の芽となる。



読者向けコメント


ローマは、今あなたの決断を待っています。

Aは「血による完全統制」、Bは「法を守る抑制」。

どちらを選んでも、ローマに新たな火種が生まれます。


コメント欄に 「A」または「B」 と記入して投票してください。

次回、第5話冒頭で投票結果を発表し、その選択を物語に反映します。



投票締切


9月2日(火)9:00(日本時間)


——あなたの一票が、ローマを血で縛るか、言葉で縛るかを決める。

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