チュートリアル係、仕事放棄中

色伊たぁ

シンスケ

「だーかーら! 何で僕がそれに答えないといけないの?」

「は? 逆にお前こそ、チュートリアル係のくせになんで何もしないんだよ!」


 数日前、"異世界人"という人達が現れてから村の住人がおかしくなった。気難しい顔をしていた向かいの爺さんも毎日にこにこ笑顔だし、僕が悪戯をしても母さんは怒鳴り声一つあげることもない。村の人達も、僕が話しかけても視線一つ寄越さないのに、異世界人には損になる取引でも苦い顔なんてしないしさ。

 この前なんか、親友のマベが僕達だけの秘密の場所を異世界人に教えてたんだ! 秘密にしようって言ってきたのはマベなのに、僕の目の前でそれを話しだして。それも一回じゃない。色んな異世界人達が、マベに同じ話を聞きに来るんだよ? どうして異世界人同士で教え合わないのか疑問でしかないよ。マベもマベで同じ言葉ばっかり繰り返して怖いし。

 しかも、マベに話しかけた後は必ず僕に話しかけてくるんだ。必ずね! 怖すぎて逃げたよ、勿論。なんで皆同じ行動するんだよ。気持ち悪い。

 なのに、諦めずにしつこく聞いてくるやつもいるんだ。逃げようにも肩をがっちり掴まれて逃げれないし。でも僕は裏切り者のマベと違うよ。マベにとってはもう秘密の場所がどうでもいい所でも、僕にとっては世界で一番大事な所だから。絶対、ぜっっったいに異世界人なんかには教えてあげない。



 

 そうやって拒否すること数百回、異世界人がおかしくなった。


「お前が言わなきゃクエストが進まねぇんだよ! こっちはもう行き方分かってるんだから、さっさと言えよ!」

「はああああ? だったら行けばいいじゃないか! ていうか、何で知ってるんだよ! 君、頭おかしいんじゃない」


 異世界人が怒鳴り声をあげて僕に掴みかかってきた。異世界人の筋肉フル装備な肉体と違って僕は貧弱なんだから、ちょっとは加減してほしいよ。

 しかも言ってることの理解が出来ない。ほんとに同じ言語喋ってる? 行き方分かってるのに僕に聞く意味って何? この行動にどういう意味があるの。苦手な異世界人がもっと苦手になりそうだよ。


「くっそなんなんだよこのバグ。こっちは何日も足止めされてるってのに……」

「もー! そのバグってなんなのさ! 僕の名前はバグなんかじゃない! シンスケって良い名前があるんだから!」

「チッ、今日も外れかよ。運営の対応も遅いしもうこのゲーム止めるか。あばよ無能なチュートリアル係」


 訂正。異世界人なんか大っ嫌いだ。




 あーあ。早く前みたいにちゃんと皆が生活をして、異世界人がいない日々にもどらないかなぁ。

 と思っていた時期が僕にもありました。

 おかしな異世界人に掴みかかられた日の夜のこと。


 家が不審な音を建てて涼しくなった。その時僕は、店の帳簿をつけていて異変にすぐに気付いた。聞いたこともないような鈍い音が屋根から聞こえて。その音がぱんっと弾けて冷たい空気が部屋の中に入り込んできた。

 上を向くと黒い大きな手が家の屋根を掴んで持ち上げていて。僕が何が起きたのか理解出来ないでいると、その手が視界から消えた。

 いや、違う。僕が黒い手に掴まれているんだ。

 なにこれ、なにこれ、なにこれ! なんで僕が大きい手に掴まれてるの?! ……分かった夢だ。絶対そう。そうに決まってるんだ!

 その時、圧迫感がふっと消え、僕は下向きの重力と戦うことになった。反撃できない敵に僕はどうすることもできず、そのまま背中から地面に落ちる。


「うっ!」


 痛い、いたい……? 夢じゃないの? じゃあ、僕の家を壊したあの手は現実の物? 僕、死んじゃうの……? 横の部屋で寝てた母さんは? 父さんは大丈夫なの?

 痛みにかすむ視界の隅にあの手が映る。

 もし、僕の家にしたみたいに村中の家を壊したら。もし、体の弱い人が高い所から落とされたら。

 そうしたら、取り返しのない人も出てきてしまうかもしれない。僕の生まれ育った村が謎の手に壊滅され、悲しむ人が大勢でてしまうかもしれない。


 そんなのだめだ、危険を知らせなきゃ! 体の真ん中が痛んで、力を入れるのは難しくても。立つことが出来なくても、声だけなら。僕は村で一番声が大きいんだ。僕が皆を守るんだ!


「皆、起きて! 逃げて! 黒い手が家を壊してる! 皆、起きて!」


 動かない足の代わりに必死に手を動かす。地面を掴む指は血を流し、爪に土が入り込む。それでも力の限り声をだして危険を叫んだ。自分の声が枯れるまで。

 ふと後ろを振り向くとあの手が足先まで近づいていた。音もなく近づいていた手に恐怖が浮かぶ。寒くもないのに手が震えて、僕の脳内を赤色が埋め尽くした。

 来ないで、嫌だ。怖い。誰か助けて――

 

「たすけて! だれか、たすけて!」


 掠れた声が虚しく響いた。

 その時僕は、村の異変に気付いた。昼夜問わず賑わっていた通りに人通りはない。まるで、僕とこの手だけが切り取られたような。冷たい何かが背筋を支配する。僕はそれ以上動くこともできなかった。人の気配がしない見慣れた村が、急に知らない物になってしまったようだった。

 視界が真っ暗になる。黒い手に追いつかれたんだ。もう、自分の荒い息しか聞こえない。

 

 なんなんだよ。こいつ黒い手も、あいつら異世界人も。皆を返してよ、何で僕達がこんな目にあわないといけないんだ。あいつらのせいだ。絶対に許さない、絶対に。

 ……みんな、もどってきて。


✧⁠*⁠。✧⁠*⁠。✧⁠*⁠。✧⁠*⁠。✧⁠*⁠。


「おっ、あいつが噂のチュートリアル係か。昨日バグ修正されたって言ってたな。あー、やっとクエスト進められるよ」

「ようこそ、マルマル村へ! 村人一同、異世界人さまの到着を心よりお待ちしておりました! 僕はシンスケ。何かご入用の時は村の宿屋近くにおりますので、是非お立ち寄りください」


 マルマル村は今日も賑わっている。ある人は定価より下の値段で物を売り、ある人は何の見返りも求めず情報を提供する。いたって普通の村である。


「こんにちは、異世界人さま。光る草原への行き方ですか? それは僕とマベしか知りませんよ。光る草原は僕とマベのお気に入りの場所なんです! そこに行くには――」


 ……普通の村だった筈だ。

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チュートリアル係、仕事放棄中 色伊たぁ @maruiro

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