第12話「疑念の種」
処刑者の襲撃から数時間後。
地下拠点は、戦場の残滓に包まれていた。
崩れ落ちた壁を修復する音、負傷者の呻き声、焦げた肉の臭い。
全てが夜の闇に混ざり合い、息苦しいほどの閉塞感を生んでいた。
レイはその場に立ち尽くし、無数の視線を背に受けていた。
兵士たちの眼差し――それは感謝ではなかった。
「……あいつのせいで処刑者が引き寄せられたんじゃないのか?」
「いや、でも確かに助けられた……」
「助かったが、あんな力を持つ奴を野放しにしていいのか?」
囁きは低く、しかし確実に拡がっていく。
レイの胸の奥に、氷のように冷たい不安が沈殿していった。
その場にナギが駆け寄ってきた。
「レイ、大丈夫……?」
彼女の瞳は、真っ直ぐに心配を映していた。
だが背後から聞こえる囁きが、それを打ち消していく。
「……あいつ、異能者なんだろ」
「人間じゃない」
「いつか敵になる」
ナギは振り返り、声を張り上げた。
「レイがいなければ、あなたたち全員死んでたのよ! それを忘れたの!?」
兵士たちは顔を逸らしたが、その眼差しから疑念は消えなかった。
ジンがやってきて、肩をすくめた。
「ナギ、もうやめとけ。言っても無駄だ」
ジンはレイの肩を軽く叩く。
「気にすんな。俺はお前を信じてる」
その一言に救われる思いがした。
だが同時に――兵士たちの間に広がる亀裂は、深まる一方だった。
その夜。
指揮室では、生き残った幹部たちが緊急会議を開いていた。
円卓を囲むのは、司令官ハルバート、戦術士官ミラ、整備長オグマ――そして兵士代表として座る一人の男。
ユウだった。
彼の眼差しは鋭く、レイに向けられた敵意を隠そうともしなかった。
「今回の襲撃。あまりにもタイミングが良すぎる」
ユウが低い声で言った。
「奴が現れてから拠点は二度も狙われた。偶然か?」
「……言いたいことは分かるが」
オグマが渋い顔で答える。
「だがレイがいなければ、我々は全滅していたのも事実だ」
「全滅した方がマシだったかもしれん」
ユウの声が鋭くなる。
「あんな異能者を抱え込めば、いつか内部から崩壊する。兵士たちも怯えている」
「……」
ハルバートは煙草をくゆらせながら、沈黙を守っていた。
会議が終わる頃、ユウは廊下でナギと鉢合わせた。
「ユウ……」
ナギの表情は険しい。
「お前たち、あの異能者に何を吹き込まれてる?」
ユウの声は冷たかった。
「奴は危険だ。今のうちに縛り上げて、処分すべきだ」
「ふざけないで!」
ナギが声を荒げる。
「レイは人を助けるために戦ったのよ! 処刑者と同じにしないで!」
ユウの瞳が冷たく光る。
「ナギ……お前、もう奴に取り込まれてるのかもしれんな」
その言葉に、ナギは震え、言葉を失った。
翌日。
拠点の一角で、レイは独り木刀を振っていた。
何度も振り下ろし、汗を滴らせながら、昨夜の戦闘を反芻していた。
(もっと速く動けていれば……もっと上手くやれれば……)
巻き戻しの代償に苛まれながらも、レイは自分を責めていた。
そこへユウが現れる。
無言のまま歩み寄り、吐き捨てるように言った。
「……お前、ここから出ていけ」
レイは木刀を止め、ユウを見た。
「何のつもりだ」
「お前がいるだけで、兵士たちが怯えるんだよ」
ユウの目には憎悪が宿っていた。
「処刑者と同じ力を持つ奴を、誰が仲間だと思える?」
「俺は……人間だ」
レイは震える声で答えた。
「仲間を守るために、力を使っただけだ」
「そうやって自分を正当化するのは楽だろうな」
ユウが鼻で笑う。
「だが、次に暴走したらどうする? 仲間を殺したらどうする?」
レイは言葉を失った。
確かに、自分の力は制御できていない。
巻き戻しのたびに、体が蝕まれていく。
「……黙るか。やはり危険だな」
ユウは腰のナイフに手をかけた。
その瞬間。
ジンが現れ、ユウの手首を掴んだ。
「やめとけ、ユウ」
「ジン……! お前も分かってるはずだろ!」
「いや」ジンは目を細め、レイをかばうように立ちはだかる。
「俺はこいつを信じてる」
ユウの顔に憤怒が浮かぶ。
「……愚か者め」
乱闘寸前の空気。
そこにナギが駆け込んできた。
「やめて! こんな時に争ってる場合じゃない!」
緊張が解けないまま、三人は睨み合った。
その時、警報が再び鳴り響いた。
だが今度は、処刑者の襲撃ではなかった。
「……内部侵入者?!」
兵士の叫びが響く。
拠点内部に、何者かが潜入しているという報せだった。
ユウは舌打ちをし、ナイフを納めた。
「いいだろう。次に証拠を掴んだら……お前を必ず追放する」
そう言い捨て、ユウは駆け去っていった。
残されたレイは、深く息を吐き、木刀を握りしめた。
(……俺は……仲間を守るために戦う。それだけだ)
暗雲は拠点の中で膨らみ続けていた。
兵士たちの疑念。
ユウの憎悪。
そして――拠点に忍び込んだ“影”。
それらは確実に、レイたちを追い詰めていく。
『逆廻転機構(リヴァースギア)』 @akaura
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