第11話「拠点襲撃」

 地下拠点の夜は、ひどく静かだ。

 地上とは隔絶された闇。人工灯だけが、兵士たちの影を揺らしていた。


 レイは寝台の上で横になり、浅い眠りに沈んでいた。

 だが――その眠りは、突然破られる。


 「……何の音だ?」


 耳に響いたのは、地鳴りのような低い振動。

 続いて、鈍い爆音が拠点全体を揺らした。


「襲撃だ――!!」


 誰かの叫びが廊下を駆け抜けた。

 警報が鳴り響き、赤色灯が点滅する。


 レイは飛び起き、ナギとジンの部屋へ駆け込む。

 二人もすでに目を覚ましていた。


「処刑者か……?」

 ジンが低く唸る。


 ナギは蒼白な顔で震えていた。

「でも、ここは地下なのに……どうやって……」


 次の瞬間、天井の岩盤を突き破って、巨大な鉄塊が落下してきた。

 轟音と土砂が広がり、逃げ惑う兵士たちの悲鳴が響く。


 そこに現れたのは――人間の形をしていながら、機械と肉体が融合した異形の怪物。

 処刑者だった。


「全員、戦闘配置につけ!」


 怒号と共に、ハルバートが現れた。

 重装備を身に纏い、背に巨大な斧を背負っている。

 その姿だけで兵士たちに緊張感が走った。


「レイ、ジン、ナギ。お前たちも来い!」


 ハルバートに導かれ、レイたちは訓練場へと駆け込む。

 だがそこにもすでに処刑者の群れが侵入していた。


 戦闘は混沌としたものだった。


 処刑者の身体は硬質化しており、銃弾を受けても怯まない。

 兵士たちが次々に倒れていく。


 ジンは素手で挑み、鉄塊のような拳を振るう処刑者を逆に殴り飛ばした。

「どけッ! こいつは俺がやる!」


 筋肉の塊のような肉体で押し返し、兵士たちの士気を支える。


 一方、ナギは機械制御端末を使って防御壁を展開し、負傷者を守っていた。


 だが――敵の数があまりにも多すぎた。


「くそっ、このままじゃ持たねぇ!」

 ジンが叫ぶ。


 処刑者の一体が、ナギの背後に回り込む。

 レイは咄嗟に駆け出した。


「ナギ、危ない!」


 レイは木刀を振り下ろすが、処刑者の硬質な腕に受け止められ、逆に弾き飛ばされる。

 壁に叩きつけられ、息が詰まった。


 立ち上がろうとするが、処刑者が迫ってくる。

 その目は冷たく光り、明確な「殺意」を孕んでいた。


 兵士たちの叫びが遠く聞こえる。

 ナギの悲鳴も耳に届く。


(……間に合わない。このままじゃ……!)


 頭の奥で、再び声が響く。


 ――使え。

 ――巻き戻せ。


「……ッ!」


 レイは右手を強く握りしめた。

 視界が歪み、時の流れが逆流する。


 処刑者の腕が振り下ろされる直前――。

 時間が、三秒だけ巻き戻った。


 再び訪れた同じ瞬間。

 今度はレイが先に動いた。


 処刑者の動きを読み切り、足を払う。

 巨体が崩れ落ち、隙を見せる。

 兵士の一人が叫んだ。

「今だ! 撃て!」


 銃弾が雨のように撃ち込まれ、処刑者は動きを止めた。


 レイは膝をつき、荒い息を吐いた。

 こめかみが激しく痛む。

 吐き気すら込み上げてくる。


「レイ!」

 ナギが駆け寄り、肩を支えた。


「無茶しやがって……!」

 ジンも駆けつけ、処刑者の死骸を蹴り飛ばす。


 だが――兵士たちの視線は冷たかった。


「見たか……時間を巻き戻したぞ……」

「やっぱり人間じゃねぇ……」


 怯えと恐怖。

 そのささやきは、確実に広がっていった。


 そのとき、さらに巨大な影が現れた。


 他の処刑者とは一線を画す異形。

 四本の腕を持ち、身体は鋼鉄に覆われている。

 背から伸びた鋭い刃が、光を反射していた。


「上位個体か……!」

 ハルバートが唸る。

「全員、下がれ!」


 四腕の処刑者は、壁を易々と切り裂き、突進してくる。

 兵士たちが吹き飛ばされ、血を吐いて倒れていった。


 レイは震える膝を押さえながら、前に出ようとした。


「俺が……止める……!」


「待て!」

 ハルバートがレイを制した。


「今のお前では無理だ。代償で体が壊れる!」


 レイは唇を噛む。

 だが、ナギとジンの姿が視界に入った。

 背後には、恐怖に震える兵士たち。


 ここで退けば――全員が死ぬ。


「それでも……やらなきゃならない!」


 叫びと同時に、レイの視界が再び反転する。


 時間が巻き戻り、四腕の処刑者の突進が「再演」された。


 巻き戻しの感覚の中で、レイは見極める。

 処刑者の刃の軌道、足の動き。

 その全てを読み切り、次の瞬間へと飛び込む。


 木刀を振り抜き、処刑者の膝関節に叩き込む。

 刃は通らずとも、わずかな隙を生む。


 ジンが叫んだ。

「ナイスだ、レイ! 今だァッ!」


 巨拳が処刑者の顎を砕き、ナギの制御する爆雷が炸裂する。

 光と爆風。

 四腕の処刑者が地に崩れ落ちた。


 静寂が戻った。


 だが兵士たちは歓声を上げなかった。

 むしろ、恐怖に凍りついていた。


「……あいつが力を使わなければ、俺たちは全滅だった」

「でも……あの力は……危険すぎる……」


 ささやきが広がる。

 ナギは悔しそうに唇を噛み、ジンは苛立たしげに拳を握った。


 ハルバートだけが、煙草を咥えながらレイを見据えていた。


「……これが、お前の力か」


 その声音には、驚きと同時に、冷たい計算が混ざっていた。


 その夜。

 処刑者の残骸を焼却する炎が、地下空洞を赤く染めていた。


 レイは独りで壁際に座り込み、痛む頭を押さえていた。

 耳には兵士たちのささやきが残響のようにこびりついていた。


 ――異能者は危険だ。

 ――いつか暴走する。

 ――あいつが敵に回ったら、終わりだ。


 胸の奥が締め付けられる。


「……俺は……仲間を守っただけなのに」


 握りしめた拳は震えていた。

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