第10話「訓練と疑念」
地下拠点に来て三日。
レイたちはようやく最低限の休息を得た。
だが――休む暇を与えてくれるほど、この拠点は甘くはなかった。
「新入り。起きろ」
朝、部屋の扉が乱暴に開かれ、若い兵士が顔を出した。
頬に古い傷を持つその男――名をユウといった。
レイに向けられる眼差しは鋭く、あからさまな敵意が込められている。
「今日から訓練だ。戦えるかどうか、試させてもらう」
案内されたのは、拠点の奥にある広大な地下空洞だった。
壁を削って造られた円形の広場には、粗末な標的や木製の人形が並んでいる。
兵士たちが訓練用の武器を手に取り、汗を流していた。
「ここが……訓練場?」
ナギが目を丸くする。
「本気で生き残る気があるなら、ここで鍛えられるしかない」
ユウが吐き捨てるように言った。
「異能者だからって特別扱いはしない。むしろ……異能者だからこそ、実力を見せてもらう」
兵士たちの視線が一斉に集まる。
好奇心、期待、不信――その全てがレイの背に突き刺さった。
最初に課せられたのは、基礎的な体力試験だった。
腕立て、走り込み、模擬武器での型稽古。
ジンは持ち前の肉体で誰よりも速く課題をこなし、兵士たちのどよめきを呼んだ。
「おい、見たか? あのパワー」
「くそ、化け物かよ……」
ジンは鼻を鳴らして笑い、レイやナギを励ますように親指を立てた。
ナギは体力面では苦戦したが、頭脳を活かして機械修理の課題で力を発揮した。
壊れたドローンを見事に復元してみせ、整備兵たちの感嘆を集める。
「技術者の娘だと? なるほどな」
「ここでも役に立ちそうだ」
そして、最後に残されたのが――レイの番だった。
課題は模擬戦闘。
相手は、例の兵士ユウだった。
「手加減はしない」
ユウは鋭く言い放ち、模擬刀を構えた。
「異能者がどれほどのものか……俺が確かめる」
兵士たちがざわめく中、レイは深く息を吸った。
開始の合図と同時に、ユウが踏み込む。
鋭い斬撃が襲いかかる。
レイは咄嗟に木刀で受け止めた。
だが重い。
剣筋も速い。
防戦一方――次第に押され、足が後退する。
「どうした! その程度か!」
ユウが叫び、さらに打ち込む。
木刀が弾かれ、レイの胸元へ迫る。
その瞬間。
「――巻き戻せ」
視界が一瞬、逆流する。
木刀が弾かれる直前の位置に、時間が戻った。
ユウの刃が振り下ろされる。
今度はそれを見切り、レイは横へ飛んだ。
木刀が空を切り、地面に叩きつけられる。
「なっ……!」
ユウが驚愕する。
兵士たちがざわめいた。
「今のは……」
「動きが巻き戻った……!」
レイは息を荒げながら、木刀を構え直した。
頭の奥に、鈍い痛みが走る。
(……やっぱり、負担が来る……)
ユウは歯を食いしばり、攻撃を再開した。
だが今度はレイが、紙一重でかわしていく。
巻き戻しの数秒が、動きの先を読む力を与えていた。
ついに、ユウの木刀を弾き飛ばす。
勝負は決した。
静まり返る訓練場。
レイは木刀を下ろし、肩で息をしていた。
ユウは悔しげに拳を握りしめ、しかしすぐに吐き捨てた。
「卑怯な力だ……」
その言葉に、場の空気が揺れる。
「異能がなければ勝てなかったくせに」
「結局、俺たち普通の人間とは違う」
兵士たちの視線に、不信と恐怖が混ざっていく。
ナギが堪らず叫んだ。
「違う! レイは――人を守るためにその力を使ってる!」
「そうだ。異能だろうが何だろうが、こいつは仲間だ!」
ジンも声を張り上げる。
だが兵士たちの目は容易に変わらなかった。
そのとき。
低い声が広場を貫いた。
「訓練はそこまでだ」
姿を現したのは、ハルバートだった。
周囲の兵士たちが姿勢を正す。
「異能は確かに恐ろしい。だが、使い手の心を見極めるのが我々の役目だ」
彼はゆっくりと歩み寄り、レイの肩に手を置いた。
「今日のところは、彼が敵ではないと俺は判断する」
兵士たちは渋々うなずき、解散していった。
その後。
レイは控室でナギに支えられていた。
頭痛は収まらず、視界が少し霞んでいる。
「無理しすぎだよ、レイ」
ナギの声は心配で震えていた。
「……分かってる。でも、証明しなきゃならなかった」
レイは苦笑する。
ジンが腕を組み、唸った。
「だが確かに……代償がでけぇな。使えば使うほど、体が削られてる」
沈黙が落ちる。
その時、ドアの隙間から視線を感じた。
振り返ると――ユウが立っていた。
無言で去っていく背中には、まだ敵意が残っていた。
一方その頃。
ハルバートの執務室では、副官の女が眉をひそめていた。
「本当に信用してよろしいのですか?」
ハルバートは煙草をくゆらせ、窓の外を見やった。
「……信用はしていない。ただ、利用する」
「利用……?」
「巻き戻しの力は、処刑者と戦う唯一の希望だ。だが同時に、最大の危険因子でもある。ならば――使いどころを見極めるまでだ」
灰が落ちた。
その瞳の奥に浮かんでいたのは、計算と、わずかな期待だった。
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