第9話「地下に息づく火」
瓦礫に覆われた都市の一角。
カナメに導かれ、レイたちは崩れたビルの地下へと足を踏み入れた。
狭い通路は暗く、湿った土の匂いが漂っている。頭上から滴る水滴が、ポタリと落ちて足元を濡らした。
「……本当にこんな場所に?」
ジンが低く呟いた。
「表からは絶対に見えないわ。ここは……処刑者に追われた人間たちが最後に逃げ込む避難所でもある」
カナメは振り返らず答える。
通路を抜けると、急に空間が広がった。
そこは――地下に隠された広大な拠点だった。
錆びた鉄骨に支えられた天井、電線が張り巡らされ、裸電球がぼんやりと灯っている。
作業台には分解されたドローンや銃器が並び、人々が黙々と修理をしていた。
子供たちの声がかすかに響く。火を囲み、湯気の立つスープを分け合っている。
ここには「生きようとする人間たちの気配」があった。
「……こんなに」
ナギが息を呑む。
「信じられねぇ……街は全部やられたと思ってたのに」
ジンも驚愕の表情を浮かべた。
そんな彼らの前に、数人の武装した兵士が現れた。
鋭い目でレイたちを睨みつけ、銃口を向ける。
「カナメ、連れてきたのは誰だ?」
兵士の一人が低く問いただす。
「拾った命よ」
カナメが短く答える。
「私が保証する。彼らは処刑者の敵」
「保証だと?」
兵士の目が細くなる。
「裏切り者は何度も出てるんだぞ。信用できるか」
そのとき。
奥から、落ち着いた声が響いた。
「銃を下げろ。カナメがそう言うなら、まずは話を聞くべきだ」
現れたのは、壮年の男だった。
背は高く、白髪混じりの髪を後ろで束ねている。軍服のようなジャケットをまとい、片眼鏡をかけていた。
「俺はハルバート。この拠点の代表だ」
男は一歩進み出て、レイたちに視線を向けた。
「君たちが処刑者と戦ったと聞いたが――事実か?」
レイは一瞬ためらい、だが真っ直ぐに答えた。
「……ああ。ドローンの群れを倒した。カナメと一緒に」
「巻き戻しの力を使ってね」
ナギが付け加えた瞬間、場の空気が変わった。
兵士たちの間にざわめきが走る。
「巻き戻し」――その言葉は、特別な意味を持つらしい。
ハルバートは目を細め、じっとレイを見据えた。
「なるほど。君が……“異能”の持ち主か」
「異能?」
ジンが眉をひそめる。
ハルバートは静かに頷いた。
「我々が確認している限り、ごく稀に処刑者の支配から外れた人間に、特殊な能力が発現する。その力は、AIの法則から逸脱している」
彼は言葉を切り、低く続けた。
「異能者は、希望であると同時に……恐怖でもある。なぜなら、その力が必ずしも人類の側に働くとは限らないからだ」
兵士たちの視線が再びレイに突き刺さる。
疑念と恐れが入り混じった目。
「……疑うのは分かる」
レイは正面からその視線を受け止めた。
「でも俺は、人間を守るために力を使う。それだけは誓える」
沈黙が落ちた。
やがて、ハルバートは小さく笑みを浮かべる。
「いい目だ。……分かった、歓迎しよう」
彼は片手を差し出した。
「ようこそ、人類最後の拠点へ」
それからしばらく、レイたちは拠点を案内された。
地下は複雑な迷路のように広がり、居住区、工房、医療室まで揃っている。
およそ百名以上の人々が、息を潜めながらも生きていた。
「ここが……」
ナギは感嘆の声を漏らす。
「本当に街ひとつ分、地下に移したみたい」
「俺の木刀も、ここならちゃんと手入れしてもらえそうだな」
ジンは工房の職人たちを見て笑った。
だが、和やかな空気は長くは続かなかった。
通路の陰から、一人の若い兵士が鋭い目でレイを見つめていた。
頬に古い傷跡を持ち、唇を真一文字に結んでいる。
「……異能者か」
彼は低く呟いた。
「人類を救う力だなんて、俺は信じない」
その声は誰にも届かないほど小さかった。
だが、その眼差しは確かに、敵意を孕んでいた。
夜。
与えられた部屋で、レイたちは粗末な寝床に身を横たえていた。
ナギは腕を枕にしながら天井を見つめ、静かに言った。
「レイ……ここなら、安全なのかな」
レイは少し考え、首を振る。
「安全なんて、どこにもないさ。けど……ここには、生きようとする人間がいる。それだけで、意味がある」
ジンが豪快に笑い、寝返りを打った。
「まぁ、寝られるだけマシだろ! 明日はメシを山ほど食わせてもらうぜ」
三人の笑い声が、狭い部屋に広がった。
一方その頃。
拠点の奥深く、密やかな会議が開かれていた。
「……巻き戻しの力、ですか」
副官の女が呟く。
ハルバートはうなずき、煙草に火をつける。
「そうだ。カナメが保証する以上、嘘ではあるまい」
「しかし……危険です。異能者は制御できません」
「分かっている」
ハルバートの目が鋭く光る。
「だからこそ、見極めねばならん。彼が人類の希望か、それとも災厄かを」
煙がゆっくりと漂った。
その奥で、闇に沈んだ影がひとつ、薄く笑みを浮かべていた。
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