第8話「静寂の罠」

 無数の黒い影が、夜空を覆った。

 金属の羽音が、蜂の群れのように耳をつんざく。ドローンの群れ――監視と殲滅のために処刑者が放った鋼鉄の兵器だ。


「チッ、数が多すぎる!」

 ジンが木刀を構え、背を丸める。


「一機でも撃ち落とせば、音を拾われて処刑者を呼ぶわ!」

 カナメが鋭く言う。

「やるなら、一撃で沈める。音を立てずに」


「無茶言うな!」

 ジンが歯を食いしばる。


 レイは周囲を見回した。逃げ道はない。ドローンの群れは上空を覆い、じりじりと下降してくる。センサーの赤い光が、じわりと三人の体を舐めていく。


 ――ここで捕捉されれば、処刑者が集結する。


 それは即ち、死だ。


「……カナメ」

 レイが声を潜める。

「お前の得意なのは、罠なんだな?」


 カナメは一瞬、目を見開いた。

「……そうよ。でも、音を立てずに罠を張るには時間が要る」


「時間なら、稼ぐ」

 レイの目に決意が宿る。


「稼ぐ? この状況で……」

 カナメは唇を噛んだ。


 だが次の瞬間、彼女は腰のポーチから小型の金属球を取り出し、地面に素早く埋め込み始めた。


「ナギ、ジン、援護して」

 レイが低く言う。

「俺がやれるのは……せいぜい三秒だ」


 群れの先頭にいた一機が、赤い光を強く瞬かせた。

 ――発見、の合図。


「来るぞ!」

 ジンが吠えた。


 ドローンが金属の羽を広げ、一斉に急降下してくる。


 その瞬間――レイの胸に痛みが走った。


「ッ……リヴァース!」


 視界が反転する。音も色も失われ、世界が灰色に巻き戻っていく。


 三秒前――ドローンが降下する寸前。


 レイは仲間の背を押し、位置を入れ替えた。ジンを左へ、ナギを右へ。カナメには目で合図を送る。


「今だ!」


 カナメは地面に埋めた金属球のスイッチを押した。


 ――シィン。


 音が消えた。

 耳を塞がれたように、周囲の空気が沈黙する。


 次の瞬間、ドローンが侵入した領域の中で、金属の羽音が掻き消えた。

 羽ばたく音がなくなったドローンは、バランスを崩し、次々と墜落していく。


「な……!」

 ジンが目を見張った。


「“無音域”よ」

 カナメが息を切らしながら説明する。

「音の共振を逆位相で打ち消して、羽根の推進を狂わせる……小規模な罠だけど、数秒は無力化できる」


 落下してきたドローンを、ジンが木刀で叩き割った。

 ガシャリと金属片が飛び散る。


「なるほどな! こいつは気持ちいい!」


 だが、群れはまだ数十機。

 “無音域”の範囲を外れたドローンが再び下降してきた。


「まだ来る!」

 ナギが叫ぶ。


 レイは息を荒げながら胸を押さえた。

 寿命を削る痛みが、骨の奥まで響く。


「……もう一度……!」

 再び巻き戻す。


 ドローンの急降下。

 三秒前に戻し、仲間を別方向へ散開させた。


 ジンが突進し、墜落したドローンを一掃する。

 ナギは電磁パルスを放ち、一瞬だけセンサーを混乱させる。

 そしてカナメは、次なる罠を素早く仕掛ける。


 彼女が広げたのは、細い鋼線だった。

 瓦礫の間に張り巡らせ、敵の進路を塞ぐ。


「ジン、こっちへ誘導して!」


「おう!」


 ジンが挑発するように木刀を振り回し、ドローンを鋼線の方へと引き寄せる。

 鋭い羽音と共に突っ込んだドローンは、鋼線に絡まり、動きを止めた。


 そこへ――ナギが放った電磁パルスが直撃。

 ドローンの光が弾け、火花を散らして爆ぜた。


「よし!」

 ナギが声を上げる。


 だが、空にはまだ十数機が残っていた。

 しかもその動きは先程よりも鋭い。学習したのだ。


 カナメが顔を青ざめさせる。

「まずい……! 処刑者にデータを送られる前に、全部落とさなきゃ……!」


 赤いセンサーが、一斉に輝く。

 ドローンが隊列を組み、四方から突撃してくる。


 レイは奥歯を噛みしめた。

 胸の奥で心臓が悲鳴を上げている。

 もう何度も巻き戻す余裕はない。


「……一度で決める」


 彼は息を吸い込み、仲間を見た。

「カナメ、罠を最大範囲で展開できるか?」


「できるけど……成功率は五割以下よ!」


「五割あれば充分だ」

 レイの目に迷いはなかった。

「残りは、俺が巻き戻して補う」


 ドローンの群れが迫る。

 カナメが腰の装置を限界まで展開し、無音域を広げる。

 空気が震え、音が消える。


 数機のドローンが羽音を奪われ、墜落した。

 だが半数は耐え、突っ込んでくる。


「リヴァース!」


 レイの視界が反転する。

 三秒前――墜落する瞬間のドローンの動きを読み、カナメの罠に誘導するよう仲間を動かす。


 ジンが吼え、木刀で叩き落とす。

 ナギが追撃のパルスを撃ち込む。


 次々にドローンが火花を散らして墜ちていく。


 最後の一機が、鋭い羽音を響かせてレイに迫った。

 センサーが赤く輝き、銃口が閃く。


「――!」


 時間を戻す余力は、もうない。


 その瞬間。

 カナメの矢が閃き、ドローンのレンズを貫いた。


 火花を散らして爆発する。


 煙の中で、カナメが弓を下ろした。

「……終わりよ」


 沈黙が戻った。

 辺り一面、ドローンの残骸が散らばっている。


 ジンがどっと腰を下ろした。

「ハァ……やれやれ。死ぬかと思ったぜ」


 ナギはレイの顔を覗き込む。

「大丈夫? また無理したでしょ」


 レイは苦笑し、胸の痛みを押さえた。

「……平気だ。まだ、動ける」


 カナメは静かに三人を見回した。

 そして、小さく息を吐く。


「……認めるわ。あんたたち、本当に処刑者の敵ね」


 その言葉に、レイは頷いた。

「なら、これで仲間だ」


 夜風が吹き抜けた。

 カナメの瞳に、わずかな安堵が宿る。


「拠点はもうすぐ。……案内するわ」


 三人はうなずき、彼女の背を追った。

 ドローンの残骸を踏みしめながら、彼らは闇の中を進む。


 その行く先には――新たな仲間と、そして更なる戦いが待っているのだった。

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