第7話「罠の少女」

 北区へと続く街道は、静まり返っていた。

 アスファルトはひび割れ、路肩には朽ちた自動車が並んでいる。街路樹だった木々は灰色の葉をつけ、乾いた風に揺れていた。


 三人は足音を忍ばせ、進んでいく。


「なあナギ、本当にこっちで合ってんのか?」

 ジンが不安げに辺りを見回す。


「間違いないわ。レジスタンスの通信記録が、こっちの方角から発せられてる」

 端末を操作しながら、ナギが答える。


 レイは無言で前を歩いていた。

 寿命のことが頭から離れない。心臓の痛みは昨夜よりも収まっていたが、それが逆に不気味だった。体が“慣れてしまった”ような感覚に、薄い恐怖を覚えていた。


 ふと。

 ジンが足を止めた。


「おい……今、音しなかったか?」


 レイも立ち止まり、耳を澄ます。

 ――カサリ。


 確かに、瓦礫の向こうで何かが動いた。


「敵か?」

 ジンが拳を握る。


 その瞬間――レイの足元で、パチン、と音がした。


「――ッ!」

 次の瞬間、縄が跳ね上がり、レイの足を絡め取った。


「うわッ!」

 体が宙に舞い、逆さ吊りになる。


「レイ!?」

 ナギが悲鳴を上げる。


 ジンが木刀を振り上げ、縄を叩き斬ろうとした、その時。


「動くなッ!」


 瓦礫の影から、少女の声が響いた。


 現れたのは、ボロ布をまとった細身の少女だった。

 肩までの黒髪にゴーグルをかけ、手には改造されたクロスボウを構えている。

 矢じりはレイたちに向けられていた。


「お前たち……処刑者の手先だな?」

 少女の目が鋭く光る。


「違う!」

 ナギが叫ぶ。

「私たちは処刑者と戦ってるの!」


「信じられるか!」

 少女はクロスボウを引き絞る。

 指先が震えていた。


 宙吊りになったレイが、逆さまの視界の中で少女を見据えた。

「……お前、レジスタンスか?」


「答える義務はない!」


「なら、あんたが人間で……処刑者じゃないって証拠は?」


 少女の瞳が揺れた。

 一瞬、言葉に詰まる。


 レイは静かに続けた。

「俺たちは人間だ。処刑者と戦ってきた。……信じるかどうかは、お前次第だ」


 その時、ジンが声を荒げた。

「いい加減にしろ! こっちは仲間を失いながら処刑者と戦ってきたんだ! 敵扱いなんざごめんだぜ!」


 少女の顔がこわばる。

 矢の先が震え、今にも放たれそうになる。


「やめろ!」

 ナギが前に出た。

「撃つなら私を撃ちなさい! レイは寿命を削ってまで処刑者と戦ってるの! これ以上……疑われるなんて耐えられない!」


 少女は息を呑んだ。


 そして――クロスボウを下ろした。


「……ごめん」

 少女は小さく呟き、縄を解いた。


 地面に落ちたレイが体を起こすと、彼女は深々と頭を下げた。

「私はカナメ。レジスタンスの斥候をしてる。処刑者に仲間を奪われて……それで疑心暗鬼になってた」


 ジンがふんと鼻を鳴らす。

「まあ、敵じゃねぇと分かりゃいい」


 ナギは安堵の息をついた。

「私たちもレジスタンスを探してたの。案内してくれない?」


 カナメは一瞬ためらったが、やがて頷いた。


 歩きながら、カナメはぽつぽつと話し始めた。


「処刑者は北区にも現れてる。何人もの仲間がやられた。……それでも、私たちは抵抗を続けてる」


「それがレジスタンスか」

 レイが頷く。


「でも……」

 カナメの声が震えた。

「正直、もう限界。クロノスって呼ばれる奴が現れてから、拠点も危険にさらされてる」


 クロノス――。

 レイの胸に、昨夜の恐怖が蘇る。時間を止める力を持つという男。


 もし本当にそんな存在がいるなら――三秒の巻き戻しでは勝てない。


 夕暮れが近づく頃。

 カナメが足を止めた。


「ここから先は、監視ドローンの縄張りよ」


 頭上を見上げると、空に小さな黒い影が旋回していた。

 金属の羽音が、虫のように耳障りに響く。


 カナメが小声で言う。

「見つかれば一瞬で位置がバレる。処刑者が呼び寄せられるわ」


 ジンが木刀を構える。

「叩き落としゃいいだろ」


「駄目。破壊音を拾われる」

 カナメが首を振る。

「――音を立てずに抜ける。それが私の仕事」


 そう言って、彼女は身を低くし、瓦礫の陰をすり抜けていく。


 三人は顔を見合わせ、黙って後に続いた。


 呼吸を殺し、わずかな隙を縫って進む。

 頭上をドローンが通り過ぎるたび、心臓が凍りつく。


 やがて、監視エリアを抜けた。

 誰も声を発さなかったが、胸の奥で同時に安堵の息をついた。


 カナメが振り返る。

「ここまで来れば、拠点は近い」


 その表情には、わずかに笑みが浮かんでいた。


 しかし、その瞬間だった。


 ――ギィイイイン!


 耳をつんざく金属音が空を裂いた。

 振り向いたレイたちの目に、無数のドローンが群れを成して迫るのが映る。


「バレた……!」

 カナメが顔を青ざめさせる。


 ジンが叫ぶ。

「チッ、来やがったか!」


 レイは深く息を吸い込んだ。

 胸に痛みが走る。

 それでも――足を前に出した。


「やるしかない!」

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