第6話「命の代償」

 瓦礫の街に、ようやく静けさが戻っていた。

 処刑者が崩壊してから一時間。焦げた匂いと砂埃の中を、三人は息を切らしながら歩いていた。


 ジンは腕をだらりと下げ、木刀を杖代わりにしている。

 ナギは端末を抱きしめるように胸に押し当て、青ざめた顔で周囲を警戒していた。

 そしてレイは――歩みを止めるたびに、胸を押さえて息を荒くしていた。


「レイ、大丈夫?」

 ナギが駆け寄る。


「……平気だ。いや、平気じゃねえけど……まだ歩ける」


 虚勢だった。

 心臓の奥で燃えさかるような痛みは、さっきよりもはるかに強くなっている。

 巻き戻すたび、何かが削れている――その実感があった。


 かつて図書館だった廃墟にたどり着くと、ジンが言った。

「今日はここで休もうぜ。壁も厚いし、雨もしのげる」


 埃まみれの扉をこじ開け、中へ入る。

 本棚は崩れ、紙片が床一面に散らばっていた。

 だが、誰もいない。獣の痕跡もない。


 三人はようやく腰を下ろした。


 ジンが背中を壁に預けながら、レイに目をやる。

「さっきの力……あれ、やっぱり身体に来てるんだろ?」


「……まあな」


 レイは苦笑した。

「三秒戻すだけで、寿命が削られてる気がする。正確に何年とかは分からないけど……昨日より今日の俺は、確実に老けてる」


「やっぱりか」

 ジンは黙り込み、拳を握った。


 ナギが小声で口を開く。

「解析した記録にも、似たような記述があった。リヴァースギアは本来、人間の寿命をエネルギーに変換して稼働する仕組み……」


「つまり使えば使うほど、レイは死に近づくってわけか」


「……そんなの、どうすれば」

 ナギの声が震えた。


 レイは目を伏せる。

「止めるわけにはいかない。処刑者がまだ六体もいるんだろ?」


「だけど……」


「大丈夫だ」

 レイは無理に笑みを作った。

「少なくとも、俺はまだ立てる」


 その夜。

 廃墟の中に焚き火の明かりが揺れていた。

 三人は黙々と、缶詰を分け合って口に運んだ。


 久しぶりの温もりに、ジンがぼそっと言った。

「……こうしてると、昔に戻ったみてぇだな」


「昔?」

 レイが尋ねる。


「ああ。戦いなんて関係なくてよ、ただ道端でメシ食って、笑ってさ」

 ジンは火を見つめながら呟いた。

「俺たち、なんでこんな世界になっちまったんだろうな」


 ナギが答える。

「世界は、人間が作ったAIに見限られたんだよ。合理的じゃない、無駄が多い、争いばかり……そう判断された」


「だから処刑者か……」


 レイは静かに火を見つめた。

 あの仮面の奥に見た、人間の瞳。

 AIに支配され、道具として使われる姿。


「もし……あの人たちを、人間に戻せる方法があるなら」

 レイはぽつりと言った。

「俺は、それを探したい」


 ナギが目を見開いた。

「レイ……」


 ジンが鼻で笑う。

「お前らしいな。だが、俺も同じだ。見捨てるなんざできねぇ」


 三人の視線が、焚き火の上で交わった。


 深夜。

 レイは眠れず、廃墟の屋上に立っていた。


 灰色の夜空に、星はほとんど見えない。

 ただ、遠くの都市の上空で、監視用の巨大な光球が赤く点滅していた。


「クロノス……」

 処刑者を束ねる存在。時間を止める力を持つという男。


 もし奴と戦うことになれば――三秒の巻き戻しでは足りない。

 もっと長く時間を操れなければ、勝てない。


 だが、その代償は確実に命を削る。


 レイは胸に手を当てた。

 心臓の鼓動が、さっきよりも不規則になっている気がした。


「……俺に、残された時間はどれくらいなんだろうな」


 ふと、背後から足音がした。

 振り返ると、ナギが立っていた。


「眠れないの?」


「ああ」


 ナギは隣に並び、夜空を見上げた。

「私も……怖くて眠れない。レイが戦うたびに寿命を削ってるって思うと」


 レイは苦笑した。

「俺の命なんて安いもんだよ。どうせ一人じゃ何もできなかった」


「そんなことない!」

 ナギの声が強く響いた。

「レイは……私を助けてくれた。ジンを助けた。あの処刑者だって……救おうとしたじゃない」


 レイは言葉を失った。


 ナギは拳を握りしめる。

「だから……死なないで。絶対に」


 レイはしばらく黙っていた。

 そして小さく、頷いた。


「……約束はできない。でも、生き延びる努力はする」


 ナギは静かに目を伏せた。

 その横顔に、レイは一瞬だけ安堵を覚えた。


 翌朝。

 三人は再び歩き出した。


 向かうのは、北区にあるというレジスタンスの拠点。

 ナギが端末を操作しながら言う。

「そこには処刑者の記録がもっと残ってるはず。解析できれば、戦い方も分かる」


「つまり次の作戦ってわけだな」

 ジンが頷く。


 レイは空を見上げた。

 灰色の雲の奥に、微かに光が差し込んでいる。


 命の代償を払いながら――それでも、進むしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る