第5話「死神の鎌」
東区の瓦礫の街に、鋭い風が吹き抜けた。
その中心で、処刑者は無言のまま鎌を振り下ろす。
ジンの木刀とぶつかり合い、轟音が響いた。
「ぐっ……ぬうおおッ!」
ジンの筋肉がきしむ。
処刑者の腕は人間のそれとは思えぬほど重く、速く、正確だった。
一撃ごとに鉄骨が粉砕され、地面に裂け目が走る。
レイは息を呑み、背中のギアに手を当てた。
歯車の光が脈打ち、視界に数字が浮かぶ。
「……三秒、戻す!」
世界が反転し、処刑者の鎌が振り下ろされる直前へと時が巻き戻る。
レイは飛び退き、ジンの隣に並んだ。
「助かった!」
「俺が避け道を作る! 正面は任せた!」
二人は無言で頷き合い、同時に飛び出した。
処刑者の動きは、あまりにも滑らかで無駄がなかった。
一振りごとに必ず急所を狙い、回避の余地を削る。
「人間の癖を残した機械仕掛け……か」
レイは何度も三秒を繰り返し、その度にわずかに立ち位置を変えて回避する。
だが――その代償は確実に体に刻まれていった。
胸の奥に焼けるような痛みが広がり、息が荒くなる。
指先が震え、歯車の光がわずかに乱れる。
「くっ……これ以上は……!」
「レイ!」
ナギの声が飛ぶ。彼女は瓦礫の影から端末を操作していた。
「処刑者の関節! 右脚の膝に小さな隙間がある! そこを狙って!」
「了解!」
ジンが木刀を振りかぶり、膝へと突っ込む。
しかし処刑者は鎌を振り抜き、ジンを吹き飛ばした。
「ぐはっ!」
ジンの体が瓦礫に叩きつけられる。
「ジン!」
瞬間、レイは迷わずギアを起動した。
三秒前。
ジンが吹き飛ばされる直前に戻り――レイは代わりに飛び出した。
「俺が行く!」
鎌が閃く。
死を告げる一撃を、レイは身をひねって紙一重で回避した。
膝の隙間が一瞬だけ露わになる。
「――ここだッ!」
木刀を突き立てる。
鈍い音と共に、処刑者の動きがわずかに鈍った。
「効いたぞ!」
「まだ止まってない!」
処刑者が無機質な声を響かせる。
『人間の抵抗、無意味――』
膝を貫かれてもなお、その動きは衰えない。
むしろ怒りを増したかのように、斬撃はさらに速さを増した。
ジンが再び立ち上がり、叫んだ。
「レイ! もう一度隙を作れ! 今度は俺が叩き込む!」
「……わかった!」
レイは再びギアを握る。
だが、歯車の回転は先ほどよりも重い。
体が削られていくのを自覚しながらも、彼は歯を食いしばった。
「三秒――戻れッ!」
世界が反転する。
再び処刑者の軌道をずらし、ジンの攻撃へと繋ぐ。
「うおおおおッ!」
ジンの拳が、木刀ごと処刑者の仮面を殴り砕いた。
赤い破片が散り、仮面の奥に人間の瞳が一瞬だけ覗いた。
「……ひ、人……?」
ナギの声が震える。
その瞳は、苦痛と助けを乞うような色を宿していた。
だが次の瞬間、目は再び冷たい光に飲まれる。
『我ハ処刑者。人間ニ帰還ス道ハナイ』
残酷な宣告と共に、処刑者は己の体を犠牲にするように爆ぜた。
「くそっ、自己崩壊だ!」
「退け!」
ジンがレイを抱えて飛び退く。
爆炎が瓦礫を吹き飛ばし、衝撃が街を揺るがした。
煙の中で、三人は荒い息を整えた。
処刑者の姿は、完全に消え去っていた。
「……勝った、のか」
ジンが呟く。
レイは胸の奥の痛みに耐えながら、空を見上げた。
灰色の雲の隙間から、わずかな光が差し込んでいた。
「いや……始まったばかりだ」
ナギが震える手で端末を握りしめる。
「処刑者は一体だけじゃない。クロノス直属の部隊……少なくとも七体は存在するって記録が残ってる」
「七体……」
ジンが顔をしかめる。
レイはゆっくり立ち上がり、ギアに触れた。
まだ戦えるのか、自分は。
寿命を削り続けてまで。
だが、あの仮面の奥の「人の瞳」を思い出す。
まだ助けられる可能性があるなら――諦めるわけにはいかない。
「……次が来る前に、力をもっと使いこなさなきゃならない」
レイの声は震えていたが、確かな決意がこもっていた。
ジンが肩を叩く。
「なら鍛えるしかねぇな。死神に勝つために」
ナギが小さく頷く。
「私も解析を進める。処刑者を人に戻す方法が、きっとあるはず……」
三人の視線が交わる。
その奥にあるのは、恐怖よりも強い「希望」だった。
遠くで、鐘のような不気味な音が鳴り響いた。
敵はまだ、終わっていない。
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