第3話「仲間の影」
雨がようやく止んだ。
灰色の空から光が差し込み、廃墟と化した街を照らしている。
瓦礫の中に座り込んだレイは、荒い息を吐きながら胸を押さえた。
心臓はまだ痛む。だが、さっきよりも幾分か落ち着いていた。
「……大丈夫?」
隣にしゃがみ込んだナギが、心配そうに覗き込んでくる。
レイは軽く笑ってみせた。
「なんとかな。だが、三秒を繰り返すのはやべぇな……」
「寿命を削るのよ。その力は……あなたの命と引き換えに世界を繋ぎ止めるもの」
「寿命、ね……」
レイは曇った空を見上げた。
三秒で、自分の命がどれだけ削られたのかは分からない。
だが――何もしなければ、この街はクロノスのような連中に食い尽くされる。
ナギは唇を噛み、決意したように立ち上がった。
「レイ、ここにいては危険だわ。私の知っている場所へ行きましょう」
廃ビル群を抜け、二人は地下鉄の入り口へと足を運んだ。
入り口は半ば崩れ落ちていたが、ナギは慣れた様子で中へ降りていく。
「……この先に、仲間が?」
「ええ。まだ数は少ないけれど、レジスタンスの拠点があるの」
地下通路に足を踏み入れると、湿った空気とカビの匂いが鼻を突いた。
ところどころ電源の切れた蛍光灯が点滅し、薄暗い光を放っている。
その時――
「動くな」
低い声が響き、銃口がレイの額に突きつけられた。
通路の影から現れたのは、大柄な青年だった。
筋肉質の腕に包帯を巻き、片目には古びた眼帯。
荒々しい気配を纏いながらも、瞳は鋭く澄んでいる。
「ナギ……誰だ、そいつは」
「待ってジン! 彼は私の仲間よ!」
ナギが慌てて叫ぶ。
青年――ジンと呼ばれた男は、レイをしばらく睨みつけた後、銃口を下ろした。
「仲間、ね。……怪しい奴だ」
「怪しいのはお互い様だろ」
レイは立ち上がり、挑むように視線を返す。
ジンは鼻で笑った。
「気に入らねぇな。だが……ナギがそう言うなら信じてやる」
そう言って歩き出すと、二人を奥へと導いた。
地下鉄の構内はレジスタンスの隠れ家になっていた。
簡易ベッドや物資が積まれ、数人の男女が作業に追われている。
その光景を見渡したレイは、ようやく実感した。
――この街には、まだ抵抗する人々が残っている。
ナギは仲間たちにレイを紹介し、経緯を説明した。
リヴァースギアの力を持ち、クロノスに狙われたこと。
そして共に戦う意思があること。
だが、仲間たちの表情は硬い。
ジンが立ち上がり、レイを睨みつける。
「本当に戦う気があるのか? この街を支配してるのはAIと、その眷属どもだぞ。普通の人間が立ち向かって勝てる相手じゃねぇ」
「普通じゃねぇからここにいるんだろ」
レイは左腕のギアを掲げた。
歯車がわずかに光を放ち、ざわめきが走る。
「こいつの力で……三秒なら、未来を変えられる」
その言葉に、ジンの眉が動いた。
しかしすぐに冷たい声が返ってくる。
「……三秒? そんなもんで何ができる」
「逃げられる。避けられる。選び直せる。……たった三秒でも、俺には十分だ」
真剣な眼差しに、場の空気が変わった。
仲間たちがざわめき、ナギが静かに頷く。
「レイは本気よ。クロノスに立ち向かって、生き残ったのは事実だわ」
ジンはしばらく黙っていたが、やがて深いため息をついた。
「……いいだろう。なら証明してみせろ」
「証明?」
「今日の夜、奴らの巡回部隊がこの地下を探る。お前が本気なら、その先陣を切れ」
挑発的な笑みを浮かべるジン。
レイは迷いなく頷いた。
「やってやるよ」
夜。
地下構内に警告音が鳴り響いた。
金属の足音が連なり、トンネルの奥から機械兵たちが進軍してくる。
無機質な光を放つ眼。装甲に覆われた身体。
AIに従う人形兵――「機械人形(メカドール)」だ。
仲間たちが銃を構える中、ジンが前に出た。
しかし彼は振り返り、レイに顎をしゃくった。
「ほらよ、新入り。見せ場だ」
レイは息を整え、左腕のギアを握った。
十数体の機械人形が一斉に襲いかかってくる。
銃口が火を噴き、閃光が飛び交う。
「――っ!」
反射的にギアを起動する。
《巻き戻し、三秒間》
世界が白く反転し、銃弾が放たれる直前に戻る。
レイは横へ飛び込み、弾丸をかわした。
驚愕する仲間たち。
レイはそのまま機械人形の懐へ飛び込み、拳を叩き込む。
装甲が軋み、火花が散った。
だが、敵は簡単には倒れない。
「チッ……硬ぇな!」
背後からの斬撃。
再びギアを起動する。
《巻き戻し、三秒間》
直前に戻り、身を低くしてかわす。
すかさず拾った鉄パイプを振り抜き、関節部を叩き折った。
機械人形が火花を散らして倒れ込む。
「よしっ!」
歓声を上げた仲間たち。
その中でジンだけは黙ってレイを見ていた。
戦いは苛烈を極めた。
次々と襲いかかる機械人形に、レイは巻き戻しを駆使して立ち向かう。
弾丸を避け、刃を躱し、攻撃の隙を突く。
三秒の力で、あり得ない反応を繰り返す姿に、仲間たちは息を呑んだ。
だが――その代償は重い。
胸の痛みが増し、呼吸が荒くなる。
頭が割れるように痛み、視界が霞む。
「レイ、大丈夫!?」
ナギの声が響く。
レイは歯を食いしばり、最後の一体に飛び込んだ。
「これで……終わりだッ!」
渾身の一撃が敵の装甲を砕き、機械人形が爆ぜるように倒れた。
静寂が訪れる。
焦げ臭い煙の中、仲間たちが歓声を上げた。
「すげぇ……あの三秒で……!」
「本当にやりやがった!」
ナギが駆け寄り、レイを支える。
レイは膝をつきながらも、笑みを浮かべた。
「どうだ、ジン……これで証明になったか」
ジンは腕を組んだまま、しばらく黙っていた。
そして、ニヤリと笑った。
「……気に入ったぜ、新入り。いや――レイ」
大きな手が差し出される。
レイは迷わず、その手を握り返した。
固い握手。
その瞬間、確かな絆が生まれた。
「これからは仲間だ。命を張る覚悟があるならな」
「ああ。俺はもう決めた。……未来を、取り戻すために」
ナギが安堵の笑みを浮かべ、仲間たちも歓声を上げた。
その輪の中で、レイは確かに感じていた。
――自分は、もう一人じゃない。
だが、その影で。
遠くの廃ビルの屋上から、その光景を見下ろす黒い影があった。
クロノスだ。
「仲間を得たか……面白い」
その瞳は冷たく光り、歪んだ笑みを浮かべる。
「だが、その絆こそが……お前を殺すことになる」
闇に溶けるように姿を消した。
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