第19話 顧客ゲット

 まさか断られるとは思っていなかったのか、クロエさんは目をぱちくりさせていた。


「ど、どうしてですか? 領主様のもとで働けば、領都での地位も約束されるんですよ? 自警団に入れば勲章ももらえますし……」


「あの、本当に申し訳ないのですが……働きたくないんです」


「え?」


「働きたくないんです」


 目力を込めて強調した。

 私はもともと頼まれたら断れないタイプだったが、こればかりは死ぬ気で拒否しなければならない。

 だってクロエさん、私に「働いていただきたい」って言ったよね?


「あ、ああー……なるほどなるほど」


 クロエさんが苦笑する。


「ルカさん、ご安心ください。この工房をやめる必要はありませんよ。これはあくまで領主様のために優先的に魔具を作っていただけないかというご提案でして……」


「ごめんなさい、無理です……」


「ええー!?」


 何というか、義務感が生じてしまうのがよくないのだ。


 私の目的はのんびりとしたスローライフを送ること。

 下手に契約を結んでしまったら、工房での作業に仕事感が増してしまう。それは絶対に避けたい。


 私の思いを汲み取ってくれたのか、クロエさんは諦めたように笑った。


「分かりました……残念ですが、ルカさんのお気持ちをないがしろにするわけにはいきませんね。この話は忘れてください」


「あ、こちらこそすみません。せっかくのお誘いなのに……」


「いえいえ! 無理を言ってしまったこちらが悪いのですから」


 そこでクロエさんは上目遣いを向けてくる。


「ですが、客として工房に立ち寄るぶんには問題ありませんよね……?」


「あ、はい。それはぜひぜひ」


「よかった。それでは、今後とも末永くお願いします!」


 この人は根っこの部分が真面目らしい。「領主のもとで働け」と言われた日にはどうなることかと思ったけれど、良好な関係を築けていけそうである。


「そうだ、他の商品を見せてもらってもいいですか?」


「え? ああ、どうぞどうぞ。……シルトくん、案内してくれる?」


「は、はい!」


 シルトくんが立ち上がって先導を始める。


「こ、こちらへどうぞ!」


「ありがとうございます。ええと……」


「僕はシルトって言います。ルカ様が弟子にしてくださいました。いつかルカ様みたいな魔具を作りたいなって……」


「お弟子さんでしたか! シルトさん、素敵な魔具を作れるように頑張ってくださいね。応援しています」


「あ、はい。えへへ……」


 私は2人の会話を何とも言えない気分で聞いていた。

 シルトくん、デレデレである。

 確かにクロエさんは綺麗だもんね。私とは全然違って大人の女性って感じだもんね。


『主、どうやらシルトはクロエに一目惚れしたようだぞ』


 ウィリアム、プライバシーって概念知ってる?

 いや知らないか。異世界の猫だもんね。

 なるべくシルトくんとクロエさんは近づけないほうがいいかもしれない。


「ここにあるのがルカ様の作った魔具です。ええと、こっちにあるのが〈魔電灯までんとう〉で、ボタンを押せば灯りをつけることができます。そしてこっちが〈風魔刀まふうとう〉といって――」


 シルトくんの説明に、クロエさんは「ふむふむ」と真面目そうに相槌を打っている。やがて説明を聞き終わった彼女は、すぐ近くで見守っていた私を振り返って言った。


「あの、ルカさん。よければ全部購入してもいいでしょうか?」


 シルトくんがびっくりしてクロエさんを見上げた。

 え? 全部……?

 私は大慌てで店の在庫を確認する。


 正直、イトー工房の商品ラインナップは貧弱だった。

 今のところシリアルナンバー12までしか作っていないし、一点ものも多い。たまにファザール村の人が来て買っていくため、残っているのは6個くらい。


 ……うん。全部は無理だ。


「ごめんなさい、商売あがったりになっちゃいますので……」


「そうですか……」


 クロエさんは分かりやすく肩を落としていた。

 感情表現が豊かな人だ。犬みたい。

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