第4話 杖が売れました


 夜が明けた。

聖水壺せいすいつぼ〉が上手く作用したのか、クロエさんはすっかり元気になってしまっていた。

 快癒までにもっとかかるかと思ったけれど、彼女の生命力は私の予想以上らしい。


 ちなみに私は隣の部屋に茣蓙ござを敷いて寝た。

 身体の節々が痛いけれど、クロエさんの痛みに比べたら大したことないので我慢。


「本当にお世話になりました。ルカさんに見つけてもらえなかったら、今頃私はこの世にいなかったでしょう」


「あー、はい。無事でよかったです」


 工房のダイニングでクロエさんと向かい合う。

 テーブルの上にあるのは、裏庭のドクダミで作ったお茶だ。


 ビタミンやミネラルが豊富で身体にはいいけれど、一口飲んだクロエさんは「うえっ」という顔をしていた。

 淹れ方が下手ですみません。


「……で、その。何であんなところで怪我していたんですか?」


「それは……」


 クロエさんは途端に神妙な面持ちになる。


「実は私、領都りょうとの自警団に所属しているんです。領都周辺で取り逃がした魔物がこのあたりに逃げ込んだので、討伐をしに来たのですが……」


「領都? 魔物……?」


「あ、ご存じないですか? 領都というのは、ここから西に3日ほど進んだところにある集落のことです。私たち自警団はそこの領主様の配下にあって、主に魔物退治を生業なりわいとしているんですよ」


 この世界には今のところ、統一国家的なものの存在は確認されていない。

 だが、有力な豪族たちが人々を束ね、それぞれ勢力圏を築いているらしい。

 クロエさんの言う「領都の領主様」も、そういう豪族の一角なのだろう。


「その魔物にやられたわけですね」


「はい。5人で立ち向かったのですが、他の4人は死んでしまって……。私だけが命からがら逃げてきたんです」


 この世界は、現代日本よりもはるかに命が軽い。

 理不尽な病魔もあるし、凶悪な魔物も跋扈ばっこしている。


 仲間の死は悲しむべきだが、悲しんでいる暇がないほど人間への風当たりは強かった。事実、クロエさんの瞳には決意の炎が揺れていた。


「だから、私は魔物を倒さなければならないんです」


「その魔物、どこにいるんですか?」


「この森の奥の奥にいます」


 マジですか。

 じゃあ私、実は危ない?


「ルカさん。……ルカさんは、あの壺みたいな道具を作る職人さんなんですよね?」


「はい、そうですけど」


 職人とか言われるとこそばゆいけどね。


「あの壺、すごいです。あんな綺麗な柄のものは見たことがありません」


「そ、そうですか?」


 ちなみに、この世界では素焼きの器が未だにけっこう使われている。

 釉薬ゆうやくでコーティングされた陶磁器は珍しいのかもしれない。


「しかも魔法みたいな効果があるなんて、すごすぎます。常識を超えているというか……あの、もしかして壺だけじゃなくて武器も作れちゃったりしますか?」


「可能ですけど」


「じゃ、じゃあ! 森の魔物を倒せるほどの武器を売っていただけないでしょうか! できれば今すぐに……!」


 クロエさんがテーブルに身を乗り出して叫んだ。

 あまりの剣幕だったのでびっくりしてしまう。

 まあ、仲間が4人もやられたのだから熱意が先走るのも仕方ない。


「えーと。どんなのがいいですかね?」


「可能な限り強いものでお願いします」


「強いものと言われても……」


「お願いします! 仇を討ちたいんです!」


「わああ、頭を上げてくださいっ」


 人に懇願こんがんされるのは慣れていないため、泡を噴きそうな気分だった。

 私は在庫を頭に思い浮かべていった。


 シリアルナンバー1から10のうち、戦いに使えそうなものは3つだ。

 しかし相手は自警団の4人を屠った強者。

 出し惜しみをしている場合じゃないのかもしれない。


「えっと、じゃあ……」


 私はできたてほやほやの〈十種杖とくさじょう〉を手に取った。


「……これとかどうですか? ダイヤルを回せば、火でも雷でも好き放題に打てます」


「す、すごい……! ではそれでお願いします!」


「ただこれ、私の最高傑作でして。性能は保証しますが、お値段のほうがちょっと……」


「領主様から預かった軍資金、すべてをお支払いします」


 じゃららららん。

 クロエさんは革袋を引っ繰り返し、テーブルの上に貨幣をぶちまけた。

 この地域で流通しているレーゼコインと呼ばれる通貨だ。


 誰がどういう権限で鋳造しているかは知らないが、エルフの里や最寄りの村でも流通している。


 ……だけどこれ、さすがに多すぎない?

 見たことない量のコインなんだけど?


「ここに5000レーゼあります」


「ご……」


 絶句した。〈十種杖〉の適正価格はせいぜい500レーゼくらいかと思ってたのに。

 私は恐る恐る、クロエさんを見上げた。

 不安そうな瞳で見返された。


「どうですか? 足りるでしょうか……?」


「…………足ります」


 頷くしかなかった。

 目が「¥」になる気分だ。いや円じゃないけど。


 こんな大金見せつけられたら、最高傑作なんて余裕で手放すよね。

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