第5話 最寄りの村へ


 クロエさんは〈十種杖とくさじょう〉を握りしめると、足早に工房を後にした。

 もう少し休んでいけばいいのにと思ったけれど、魔物に対する憎しみを抑えきれなかったようだ。


 正直、心配だ。でも私がついていっても足手まといになるだけなので、無事を祈ることしかできない。


 ……まあ、今の私の心を騒がせているのは別の問題だ。


 テーブルの上には、無造作に散らばったレーゼコイン。

 生まれて初めて自分の作った魔具を売ることができたのだ。

 この快感はそう簡単に言葉にはできない。


「とりあえず買い物に行こう」


 私は荷物をまとめ、今度こそ最寄りの村に向かって出発した。


 もちろん、クロエさんからもらったレーゼコインは忘れない。

 5000レーゼといえば、エルフの里ではだいたい10か月ぶんの収入にあたる。

 現代日本の年収の中央値を400万円と仮定すると……えっと、1レーゼ666円くらいのレートだろうか?


 レーゼ以下の単位はないため、少額のモノをやりとりする場合は物々交換になってしまう。

 細かいお釣りももらえないので、めちゃくちゃアバウトな経済といえるだろう。

 割り勘で端数まで気にするような人には向かない世界観だ。


「お、見えてきた」


 適当なことを思考しながら歩いているうちに、最寄りの村に到着する。


 入口の看板には、共通語でファザールと書かれていた。

 これが村の名前。

 意味的には「緑の村」といった感じだけれど、こういうのってどこまで日本語訳すればいいのか微妙である。まあ、ファザール村と呼称するとしよう。


 ファザール村は、村というより集落といった感じだ。


 四角い堀に囲まれたエリアに、木造の家屋がぽつぽつと点在している。

 戸数は100程度。人口はぱっと見500人にも満たないため、全員が顔見知りみたいな状況なんだろう。


 偏見だけれど、こういう集落は余所者に厳しいイメージがある。

 だから前回偵察に来た時は、〈黒羽衣くろはごろも〉っていう魔具で完全に姿を隠していた(いわゆる透明マントみたいなアイテムだ)。


 だけど今回は買い物が目的なので、堂々とするしかない。エルフの耳は一応隠すけど。


「すみません、食材を売ってるところはありますか」


「あ? 食材?」


 軒先で暇そうに座っていたおじさんに、勇気を出して話しかけてみた。

 ところが、おじさんは怪訝そうに目を細める。


「……あんた、村のもんじゃないな」


 あ、やばい。警戒されてる。


「えっと、はい。近くの森に引っ越してきたものでして……」


「悪いが、今はあんまり村をうろつかないほうがいいぞ」


「え?」


「病気が流行ってるんだよ。しかも相当タチの悪いやつだ。うつったら大事だから、用が済んだらさっさと帰りな」


 意外なことに、警戒ではなく案じてくれているらしい。


 それにしても病気か。確かにこの世界の公衆衛生は未発達だ。

 石鹸もあまり流通していないし、薬の類も開発が進んでいない。疫病のようなものが蔓延しているなら一大事である。


「具体的にどんな症状が出るんですか?」


「悪夢を見るんだよ」


「ん?」


「夢に悪魔が現れるんだ。とんでもなく怖い夢だから、子供たちも寝るのを怖がっちまってな。今じゃ目の下に隈ができてるやつばっかりだよ」


 なんかそれ、私がイメージする病気とは違うんだけど……。

 集団ヒステリー的なあれだろうか?


 有史以来、特定の集団が同一の症状――たとえば動悸や過呼吸、失神などを発症する事例は何度もあった。

 でも同じ夢、しかも悪夢を見るなんて現象はあっただろうか。


 あるいは魔法的な何かが原因ってこともあるよね。

 まあ、今のところ全然分からん。


「お前さんも気をつけな。ファザール村で寝なきゃ大丈夫だろうが」


「ありがとうございます」


「で、何しに来たんだ」


「食料を……」


「ああ。それならあっちだよ」


 おじさんは水車のあるほうを指差した。

 水路の隣に、野菜やら何やらを軒先に並べている店を発見。


 よし、今日はそこで爆買いしよう。

 肉はもちろん、野菜や調味料も調達できたらいいな。


 私は大金持ち。すべてを手に入れる力がある!

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