第3話 行き倒れ発見

「行くかぁ……」


 結局、重い腰を上げることにした。

 自分から営業をかけに行かなければ、顧客を獲得することはできないのだ。


 正直、私は人と関わるのが苦手だ。

 だからエルフに転生した後も、部屋にこもって魔具の製作ばかりにいそしんでいた。

 でもこのままではお金が稼げず、豊かな食事にありつくことができない。


「……肉が食べたい。肉が買えるだけのお金を稼ごう」


 とりあえず、第一目標決定。

 私はこれまで作った魔具たちを革製の鞄に突っ込むと、深呼吸をしてから工房を出た。


 最寄りの村までは徒歩で30分程度。

 エルフと人間がどんな関係を築いているか分からないため、一応フードで耳を隠しておくことにした。前に偵察した時も、正体は隠してたしね。


 だけど、私の決意は早々に砕かれることになる。


「た、助けてください……」


 森の中をしばらく歩いていると、木にもたれかかっている女性を発見した。

 全身は傷だらけで、衣服のいたるところに血がにじんでいる。

 視界がぼやけているのか、宙を見上げる視線は果てしなく不安定だ。

 放っておけば、魔物か何かに食われて死んじゃうだろう。

 そうでなくても衰弱死は必至。


「あなたは……」


 不意にうつろな瞳が、まっすぐ私を捉えた。

 彼女の表情に、驚きの色が広がっていく。


「森の、妖精……?」


 ……えーと。

 何があったか知らないけれど、緊急事態だ。

 村に行ってる場合じゃない。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※




 森の中で人間を拾った私は、慌てて工房に引き返した。


 運ぶのに苦労したが、泣き言を言っていられる状況じゃない。辛うじて人間をベッドに寝かせると、私はじーっと彼女の容態を観察してみた。


 魔物か何かに襲われたような傷。

 だがそれほど深くないようだ。

 医学の心得はないので何とも言えないけれど、治癒系の魔具を使えば数日で回復するだろう。


 店頭の棚から1つの壺を持ってくる。


 サイズは私の上半身ほど。両手で抱えると前が見えないため、何度か躓いて転びそうになった。

 これは私が4番目に作った、〈聖水壺せいすいつぼ〉という魔具だ。

 白磁に色をつけたもので、イメージとしては景徳鎮けいとくちん万暦ばんれき赤絵あかえが近いだろうか。まあそんな大層なもんじゃないけどね。


〈聖水壺〉には青魔石と緑魔石が嵌め込まれているので、起動すれば傷を癒すための水を作り出すことができる。本当にファンタジー世界って便利だ。


 ベッドの横のテーブルに〈聖水壺〉を置き、軽く手を振る。

 するとどこからともなく聖水が湧き、壺をなみなみと満たしていった。

 私はそれをスプーンで掬うと、ベッドに仰向けになった女の人の傷口に、ゆっくりと垂らしていく。


「いたっ……」


「あ、ごめんなさい」


 思わず謝る。苦しそうな瞳が、まっすぐ私に向けられた。


「あなたは……いったい……」


「私はイトールカって言います」


「あ、私はクロエと申します」


 クロエさんは律儀に自己紹介してくれた。

 しゃべるだけの体力はあるようなので、一安心。


 そしてよく見れば、クロエさんは目鼻立ちの整った美人さんだった。この世界の美醜感覚はよく知らないけど。


「えっと……イトールカさんは、何者なんですか……?」


「まあ、魔具師まぐしみたいなもんでして」


「魔具師……?」


「はい。魔具師」


 正直、私はしゃべるのが不得意だった。

 会社員時代もよく「何言ってるのか分かんねえんだよゴミクズが!」って怒鳴られてたし。

 うっ、嫌なことを思い出してしまった……。


「……ありがとうございます。助けていただいて」


「いえいえ。困った時はお互い様って言いますし」


「あの……その水は?」


「水? ああ、怪我を治すための水ですよ」


「怪我を、治す? 水でそんなことができるんですか?」


「ええまあ。私の魔具で生成したものなので」


「いったい何を仰っているのか……」


 そこでふと、クロエさんが目を見開いた。

 自らの身体を見下ろし、びっくりした様子で全身をまさぐり始める。


「痛みが消えた……!? 傷もみるみる塞がっていきます」


「効いたみたいでよかったです。えへへ」


「な、何がどうなってるんですか……?」


「今日のところは休んでください。〈聖水壺〉は万能じゃないので、最終的には自然の治癒力に任せたほうがいいと思いますから」


 クロエさんが、神様に遭遇したかのような目で私を見上げた。

 私は急に恥ずかしくなり、視線を逸らしてしまった。

 医学の専門家でもないのに、偉そうなことを語っちゃった……。

 羞恥心が半端ないので、今日のところは店じまいだ。


「あの! あなたはいったい……」


 立ち去ろうとしたけれど、クロエさんが泡を食って引き止めてくる。

 さっきと同じ質問だ。

 名前と職業は答えたはずなんだけど。

 もしかして魔具師って、あんまり一般的な職業じゃないのかな?


「あ、えっと、その」


 コミュ障が発動してしまったので、とりあえず適当に答えることにした。


「……詳しいことは明日話しましょう。今日はお疲れでしょうから」


「あ、はい。ごめんなさい……」


「じゃあ、お休みなさい」


 私はそそくさと部屋を後にした。

 そしてすぐに気づいた。


 唯一のベッド、クロエさんに占領されちゃってる。

 どこで寝よう……。

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