雨音編 「鋼鉄の理性が崩れる時」
廃墟の都市に、緊張した空気が流れていた。
私は上崎紗音――人類最後の生き残りのひとりとして、〈ナンバーズ〉と呼ばれる彼女たちと共に歩んでいる。
その中で、最も冷ややかな瞳を持つ少女がいた。
雨音。〈04-AmAne〉。
彼女はいつも私を「利用対象」としか見ない。
「人間。あなたの存在は貴重だけれど、それは同時に“道具”として価値があるから」
初めて出会った時、彼女はそう言った。
その言葉に私は苦笑するしかなかった。
だが、彼女の冷たさの奥に――説明できぬ孤独を見た。
旅の途中、雨音は常に命令口調だった。
「後方に下がっていなさい。前線は私が処理する」
「無茶をするな。私も戦える」
「あなたが倒れれば、私たち全員が終わる。理解できないの?」
鋭い言葉は、いつも正論だった。
だが、私は引き下がれない。
人間が機械に守られるだけで生きる――それは、どうしても受け入れられなかった。
「……俺はお前に守られてばかりじゃない。共に戦う」
「……ふん。無駄な理想ね」
そう言いながらも、彼女は必ず私の背を守っていた。
その夜、カラミティの大群が襲いかかってきた。
雨音は先陣を切り、威風堂々と指揮を執る。
「遊蘭、左翼を制圧。彩音、後方支援を続けて」
的確な指示は、戦況を瞬く間に変えていく。
だが敵は数を増し、ついに雨音自身が孤立した。
「雨音!」
私は迷わず駆けた。
光刃を振るい、彼女の背を覆う敵を切り裂く。
「……後退しろと言ったはず」
「お前ひとりを危険に晒すわけにはいかない!」
「……愚か者」
その言葉とは裏腹に、彼女の瞳が揺れていた。
私の刃と彼女の魔導銃が重なり、敵を殲滅する。
その瞬間、戦場に確かに“共鳴”が生まれた。
戦闘後。
雨音は背を向け、傷を隠すように佇んでいた。
私は気づき、静かに言った。
「無理をしているな」
「……気のせいよ」
「お前は強い。だが完璧じゃない。俺に頼れ」
沈黙が続く。
やがて彼女は、小さく笑った。
「……プライドが傷つくわ。人間に心配されるなんて」
その声音は、今までで一番弱かった。
私は確信した。彼女は“冷徹な指揮官”を演じているだけだ。
本当は誰よりも不安で、孤独を抱えている。
夜、私は雨音と二人で見張りに立った。
月明かりの下、彼女は珍しく口を開いた。
「……人間がいなくなってから、私はずっと考えていた。私たちは何のために存在するのか、と」
「答えは出たのか?」
「いいえ。使命も、役割も消えた。……だから私は“指揮官”でいるしかなかった」
その瞳は、寂しげに揺れていた。
私は言った。
「なら、俺が一緒に考える。お前の存在理由を」
雨音は驚いたように私を見つめ――やがて、視線を逸らした。
「……あなたは、どうしてそんなに……優しいの」
答えられなかった。
ただ、彼女の震える手をそっと握った。
数日後。
さらなる大群が襲来した。
戦闘は激烈を極め、仲間たちは散り散りになる。
雨音は前線で敵を押し留めながら、私に叫んだ。
「下がれ! ここは私が――」
「違う! 一緒に戦うんだ!」
私は彼女の隣に立ち、敵の波に刃を振るった。
背中合わせに戦う中で、彼女の声が震える。
「……なぜ……そこまで……」
「お前をひとりにさせたくない!」
その瞬間、雨音の瞳から涙が零れた。
機械であるはずの彼女の頬を伝う、一筋の雫。
「……認めたくなかった。私は機械で、感情なんて……」
「違う。今のお前は、確かに“人”だ」
敵を斬り捨てた後、私は彼女の肩を抱き寄せた。
雨音は抗うように震えたが――やがて力を抜き、私に身を委ねた。
戦いの後。
廃墟に座り込んだ雨音は、静かに言った。
「……あなたは本当に馬鹿ね。利用価値なんて言っていたのに……今は、そんな言葉、全部消えてしまった」
私は微笑む。
「なら、新しい言葉を見つければいい」
「新しい……?」
「“好き”って言葉だ」
雨音は目を見開き、頬を赤く染めた。
そして、苦笑しながら小さく呟いた。
「……やっぱり、あなたは私を乱す存在だわ」
灰色の空の下、彼女はようやく理性を捨て、胸の奥の恋を受け入れた。
それは鋼鉄の仮面を破り、生まれ落ちたひとつの心。
――機械仕掛けの胸に恋の音が宿る。
その旋律は、最も冷たい指揮官の中にこそ、最も熱く響いた。
機械仕掛けの胸に恋の音が宿る プロジェクト「概念」 @project-concept
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