第13話 水晶破砕記念祭
朝、目が覚めた瞬間、僕は違和感に気づいた。
屋敷の外から妙に賑やかな音がする。太鼓? 笛? いや、かすかに人の笑い声まで聞こえる。
嫌な予感しかしない。
僕はベッドから飛び起き、窓を開けた。
……そこには、想像を超える光景が広がっていた。
屋敷の前庭が、完全に縁日と化していたのだ。
色とりどりの布が張られ、屋台がずらりと並び、使用人たちがせっせと準備をしている。
料理人たちは肉を串に刺し、庭師たちは木に提灯を下げ、騎士団まで総出で舞台を組み立てている。
「なにこれ!? 何が起きてるの!?」
「若様、おはようございます」
背後から落ち着いた声。セバスが音もなく立っていた。
こいつ、絶対わざと驚かせてるだろ。
「セバス、これは……」
「水晶破砕記念祭の準備でございます」
「もう始まってるぅぅぅ!!?」
僕の叫びなど誰も気にせず、庭では「祭りだ祭りだー!」と使用人が楽しそうに踊っている。
おい、これ本当に今日やるのか!? 昨日の夜決めたんじゃなかったのか!?
父上、行動力の化け物すぎるだろ!
「若様、旦那様が仰っておりました。『夜が明けるまで待てぬ、準備は今からだ!』と」
「待てないって、完全に子供のテンションじゃん!」
「公爵様は純真なお方でございますゆえ」
セバスの微笑みが逆に怖い。
僕は頭を抱えながら庭に降りると、ちょうどマントを翻した父が現れた。
「アル! 起きたか!」
「お、おはようございます父上……」
父は満面の笑みを浮かべ、庭を指さした。
「見ろ! これが我が息子の偉業を称える祭りだ! 今夜には領民を招き、盛大に祝うぞ!」
「やめて! 僕の胃が死ぬからやめて!!」
「心配するな、酒も肉も足りるように三倍用意した! 吟遊詩人も五人呼んだ!」
「人増やすな! 歌われたくない!!」
「アル、今夜お前が開幕の号令をかけるのだ!」
「なんで僕が司会者みたいなことするの!?」
「当たり前だ! 主役はお前だ!」
「主役になりたくないんだよぉぉぉ!!」
僕が必死で訴えても、父の耳には届かない。
セバスは横で静かに頷きながらメモを取っている。あれ、完全にスケジュール管理してるやつだ。
「旦那様、舞台設営は昼過ぎには完了予定。太鼓隊も練習を始めております」
「よし! アル、覚悟しておけ! 領民の前でお前の力を示すのだ!」
「いやだああああああ!!」
僕の絶叫は、庭に響く太鼓の音にかき消された。
昼になると、屋敷前の広場がさらに賑わってきた。
どこから聞きつけたのか、領民まで準備に参加している。
子どもたちは楽しそうに走り回り、「アル様が水晶割ったんだってー!」と無邪気に叫ぶ。
「やめろ、拡散するな! その情報はもう十分広まった!」
「若様、噂は止められぬものです」
セバスが淡々と紅茶を差し出してくる。こんな状況で紅茶飲んでる場合じゃない。
「ちなみに今夜は領民総出でダンスを踊るそうです」
「なんで僕の黒歴史で盆踊りするの!?」
「旦那様のご提案です」
「父上ぇぇぇぇ!!」
僕は天を仰いだ。胃がまた一つ縮む音がした。
夕方、ついに舞台が完成した。
広場の真ん中に立つ巨大な木製ステージ、背後には派手な布がかけられ、両脇には太鼓と楽団。
……完全にフェス会場だ。今夜ここで僕が公開処刑されるんだろうか。
そこへ、マントをなびかせた父が登場した。
「アル! 舞台ができたぞ! 今夜はここに立ち、皆の前で胸を張るのだ!」
「やだ! 僕、隅っこで屋台のかき氷食べてるから!」
「かき氷は後だ! 主役は舞台に立つものだ!」
「セバス、なんとかして!」
「若様、諦めて舞台に立たれるのが一番胃に優しいかと」
「優しくないよ! 僕のメンタルが死ぬよ!」
それでも準備はどんどん進んでいく。
気づけば広場は色鮮やかな提灯に照らされ、香ばしい肉の匂いが漂い始めていた。
ああ……終わった。今夜、僕の人生終わる。
こうして、水晶破砕記念祭の幕は、容赦なく上がろうとしていたのだった。
◇
日が落ち、屋敷の前は昼間よりさらに賑わっていた。
提灯が赤々と灯され、肉の焼ける匂いと香辛料の香りが広場いっぱいに満ちている。
太鼓がドンドン鳴り響き、楽団が景気よくファンファーレを奏でている。
……地獄だ。
いや、地獄なのに、みんな楽しそうなのが余計に地獄だ。
「若様、時間でございます」
セバスの声が背後から降ってきた。
振り返ると、彼はいつも通り完璧な笑顔を浮かべ、僕のマントを整えている。
「いやいやいや! 僕、別に出ないから! 影から見守ってるから!」
「主役が不在では祭りが始まりませぬ」
「僕が主役なのが間違いなんだよおおお!!」
そんな僕の抵抗もむなしく、セバスは僕の肩を押して舞台袖まで連行した。
そこでは既に父が仁王立ちしていた。
「アル! いよいよだぞ!」
「父上、僕はこの場を辞退し――」
「さあ行け!」
問答無用で背中をドンと押され、僕は舞台の中央へ転がり出た。
わああああああああああっ!!
広場中から歓声が上がる。
領民たちが一斉に立ち上がり、太鼓がさらに激しく打ち鳴らされる。
夜空に火花が散った――いや、花火まで打ち上がった!? 早すぎない!?
「みな聞けぇぇぇぇ!!」
父の声が響き渡る。低いのに通る声量、もはや魔術か。
彼は僕の肩を抱き、胸を張って宣言した。
「これが我が息子、アル・フォン・グラシアだ! 今日! 王都の魔力測定器を! 粉微塵に砕いた男だああああ!!」
「言い方ァァァァ!!」
歓声がさらに大きくなる。
うわ、拍手が止まらない! 笑顔で泣きそう!
「アル様ばんざーい!」
「さすがグラシア公家のご子息だ!」
「水晶砕きのアル様だー!」
新しい二つ名が爆誕した。やめろ、今すぐやめろ。
そこへ吟遊詩人が現れ、リュートをかき鳴らした。
まさかと思った瞬間、歌い出した。
♪かつてなーい きせきのしゅんかんー
すいしょうくだきし わかきこうしー♪
「やめろぉぉぉぉぉ!! 歌うな!!」
僕は必死に止めようとするが、父は肩を抱いたまま高らかに笑う。
「誇れ、アル! これは我らの歴史だ!」
「僕の黒歴史だよ!!」
その間にも祭りは進行していく。
屋台では「水晶割り饅頭」「爆裂ジュース」「アル様ピカピカステッカー」なる謎商品まで売られていた。
誰がそんなグッズ作ったんだよ!?
「若様、売れ行き好調でございます」
「セバス、報告いらない!!」
広場の端ではアリシアが手を振っている。
「おにいちゃまー! ぴかーってしてー!」
「今はしてない! もう二度としたくない!」
「ぴかー!」
アリシアが両手を広げてピカポーズを要求する。
領民まで真似し始める。やめろ、流行らせるな!
「さあ、踊れ! 歌え! 祝え!」
父が号令をかけると、広場全体がダンス会場と化した。
太鼓隊がリズムを刻み、領民が踊り出す。
僕まで手を引っ張られ、強制的に踊らされる羽目になった。
「やめろ! 僕は踊りたくない! 胃が死ぬ!」
「胃より脚を動かせ、アル!」
「そんな励まし聞いたことない!!」
父は完全にハイテンション。セバスは完璧なリズムで手拍子を打っている。
……味方がいない。
結局、祭りの中心で踊り続ける僕を囲んで、広場は大盛り上がりになった。
夜空には花火が次々と打ち上がる。
ドーン、ドーンと音が響き、領民たちの歓声が重なる。
僕は舞台の隅に座り込み、ぐったりと息をついた。
「……もうだめだ。僕の社会的HPがゼロだ……」
セバスがそっとタオルを差し出す。
「良い祭りでございましたな、若様」
「良くないよ! 僕の黒歴史が領民の思い出になっただけだよ!」
そのとき、遠くから父の声が響いた。
「よし! 明日もやるぞ! 二日間開催だ!」
「延長すんなああああああ!!」
僕の悲鳴は、再び上がる歓声にかき消された。
こうして水晶破砕記念祭は、まだ終わりを迎えようとしなかった。
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