第9話 代役
翌年の初頭。
俺たちは、御茶ノ水の喫茶店で打ち合わせをしていた。
そこには、ルナの代役のボーカル候補の女性もいた。
「ミユといいます。ルナさんと同級生で、中学の時にバイオリンのコンテストで準優勝したことがあります」
ミヤセはこう聞く。
「バイオリンもできるんですか?」
ルナはこう言う。
「正直、私より歌は上手いしバイオリンに関しては普通に演奏会を開いているレベルよ。ただ……」
俺はこう聞く。
「ただ……?」
「私とミユだと歌声がかなり違う。少なくとも今までの曲は別物になると思うわ」
スタジオに移動し、”Do Today Mylife”をミユが歌う。
「なるほど。高音域が得意で透き通った声のルナと、低音域が得意で力強い声のミユってことか」
sen-naはそう言うと、ミユにある質問をする。
「ルナがいないDTMを、さらに伸ばせる自信はある?」
ミユはこう返す。
「もちろんです。私には、いくつものプランがありますから」
sen-naは笑みを浮かべた。
「じゃあ、2月からは代役としてミユがボーカル兼バイオリン……ってことで」
1月中旬。アニメ”glow of grow”の2話が放送された。
「切り取った日々は、きっと明るくなる……」
そんな歌詞から始まるEDテーマ”Day After Grow”は、インターネットの同時配信でこんな声を受けた。
「誰か知らんけどいい曲」
「アニソンっぽくもJ-POPっぽくもないけど、どこか心にスッと入る」
ルナは、こう言った。
「これで、”ひとまずの”未練は無くなったわね」
そして、2月1日。
「京月ハルトプロデュース!YOZORAのメンバーを発表します!」
記者会見は盛大に行われた。
「まずはこの2人!奈野&美玄!」
2人は有名な歌い手で、アニソンタイアップの経験もある実力派だ。
「よろしくお願いします。このユニットに入れて光栄です」
「そして、もう一人のメンバーはこちら!」
照明が暗くなり、ルナが登場する。
「……えっ!?」
記者ブースにいたアニソン系メディアの記者は驚く。
「あのかつて京月が主宰した大人気バンド”Stardust Echo”からルナ!」
「よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げ、ルナはユニット結成の会見に入る。
「ルナ……ありがとな、帰って来いよ。そしてミユ……よろしくな」
俺はライブ配信を見ながらそう呟いた。
しかし、”Do Today Mylife”はその直後に突然タイアップなどの仕事が激減する。
「やっぱり……ルナのおかげだったのでしょうか?」
打ち合わせでミユはそう言いながら、新しいプランを練っていた。
「フリーライブ?」
sen-naがそう言うと、ミユはこう返した。
「はい。ショッピングモールなど人が多く集まるところで演奏すると、規模は小さくてもライブハウスでライブするよりも多くの人に聞いてもらえると思って……」
同席していたレーベル担当のタガノは、こう言う。
「それなら、許可取りは俺がする。どこがいい?」
すると、ミユは俺たちにこう言う。
「私が一番理想とするのは……秋葉原UDX前だけど、皆さんはそこでいい?」
俺はこう聞く。
「理由は?」
「人が多く集まる駅前かつ、アニメ好きが多く集う。しかも演奏がSNSに上がってバズれば”Do Today Mylifeにとって最高の場所”になる」
その提案に、俺たち3人は納得し、タガノはすぐに許可を取りに行った。
2月末の日曜。午後3時、秋葉原。
「スピーカーはこの持ち運び用2台。交通の妨げにならないよう確保できたのは空きテナントの前で電車の音が入るけど、仕方ない」
sen-naはレジャー用の折りたたみテーブルを用意し、ベースシンセとドラムマシンを起動させる。
「あ、あ……マイクチェック……OK。準備いい?」
リーダーシップが強いミユは、そう俺たちに確認する。
「OK。ギター音出し完了」
ミヤセがそう言い、俺も新調したMroose2-61というワークステーションシンセサイザーの準備を終える。
「OK!始めて!」
俺がそう言うと、ミユはマイクスタンドに顔を近づけこう言う。
「私たちが、”Do Today Mylife”です」
すると、通りがかった人たちがこう言う。
「えっ?ルナが脱退したらしいけどやってるんだ」
「あの”Day After Grow”のバンドだよな」
ミユは続けてこう言う。
「ルナに指名され、後継のボーカルになりました。ミユです。ボーカルに加えて、バイオリンを担当します。」
「それじゃあ、始めます!”Do Today Mylife”!」
まばらながら拍手が聞こえる。
シンセパッドとピアノのレイヤー音色はそのままに、若干アレンジを変えた曲を演奏し始める。
「A Day or Cry 戸惑い隠せず」
ミユの歌声は、ルナとは全く違う。
しかし、その歌声は街を歩く人々全員を観客にさせるような声だった。
「To Crow in the Flap 空を眺めていた」
「Side in Flow 僕だけ取り残された 今 僕はどこへ向かってるの……?」
本来は無音のサビ前。しかし、このアレンジではミユがバイオリンでグリッサンドさせる。
「Do Today Mylife 今日は自分にとって変わりだす日」
「issue to mylife 問いは変わらないよ」
「『どう伝えるの』ただそれだけだから」
「Do Today Mylife Do Today Mytime……」
サビでは珍しくミヤセがオーバードライブを効かせたコードを演奏する。
そして、間奏。
今までならミヤセがギターのアルペジオを弾いていた部分。
そこは、ミユのバイオリンソロになった。
「Do Today Mylife 昨日は自分にとって暗闇の日」
「issue to mylife 問いは何故かいつも付きまとう」
「『どう伝えるの』ただそれだけなはずなのに」
「Do Today Mylife Do Today Mytime……」
曲が終わると、駅前の野外ライブは大きなホールのように人が集まっていた。
ルナが戻ってくるまで、俺たちは何としてでもこのバンドを残す。
そう決心がついた瞬間だった。
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