第7話 ダークホース

 フリーランス…聞こえは良いが、安定した職を辞めた俺は、まだ楽曲依頼に追われていた。


 そんな中、バンドの連絡先メールアドレスが久々に楽曲依頼以外のメールを受信する。

 送り人は、「MINY MUSIC STARTUP タガノ」。


「MINY MUSICってあの大手レコードじゃん。詐欺か?」

 俺はそう言いながら、ファイルを開封しないようにしながら一応メールを確認する。


「はじめまして、MINY MUSICスタートアップ担当のタガノです。Do Today Mylife様の”スタートアップレーベル公募キャンペーン”応募の厳正なる審査の結果、レーベル”MINY MUSIC UP”への所属が決まりました。」


 俺は驚きながらも、詐欺だと疑い他の3人に応募したか確認する。

「なんかMINY MUSICからメールが来てるけど、なんか応募送った?」


 すると、sen-naがこう送ってくる。

「あっ、それ私が休憩時間に応募したけどその直後に依頼のメールが届いて言えてなかったやつだ……結果は?」


 俺はこう返す。

「”MINY MUSIC UP”ってレーベルに所属が決まったらしい」


 sen-naはこう言う。

「”ちょっと待って?いきなり所属決定!?簡単な音源と書類をwebで送っただけなのに?”」

 ルナはこう言った。

「でも、メールの送信元は本物っぽい。……一回MINY MUSICの担当者に電話してみる。」


 その後、ルナから連絡が返ってくる。

「本物だったわ……普通に担当者が公式ホームページに乗ってるような人だったし」

 俺はある疑問を抱える。

「ってことは、メジャーデビューってことか?」


 ルナはこう返す。

「メンバー全員とリアルで打ち合わせして許諾を頂いたらそうなるね」


 俺は”上手く行き過ぎている”と思いながらも、打ち合わせの日は来週の日曜日に決まる。


 そして、その日曜日。

「MINY MUSIC UPのタガノです。今回はレーベル契約についての打ち合わせですが、メンバーは全員……いますね」


 担当者との打ち合わせで、話は続く。

 しかし、ルナはこう聞く。

「それって、360度契約じゃないですか?」


 俺たちは小声で「360度契約って何」と聞く。

 ルナによると、”楽曲以外にもグッズやSNS、配信の権利までもレーベルで管理する”というものらしい。


 「……はい。そうなりますね」


 ルナはこう言う。

「それじゃあ、お断りします」


 タガノはこう言う。

「ですよね……。申し訳ない。実は僕もこの契約にはあんまり納得が行ってなくてですね……上に通常契約にしてもらうよう掛け合ってみます」


 俺はどこか雰囲気に違和感を感じ、こう聞く。

「上が何か……Do Today Mylifeを囲い込もうとしてたりするんですか?」


 正直言い過ぎな気がして、撤回しようとする。

 しかし、タガノはこう返す。

「……この新レーベル”MINY MUSIC UP”には、京月ハルトも参画しています。はっきり言って、僕はDTMさんのファンです。ですが、京月さんは……DTMとレーベル契約して”メジャーの洗礼”を受けさせようと」


 すると、ルナはこう言う。

「ちょっと待ってください。少しだけメンバーと話し合っていいですか?10分くらいです」


 休憩時間として10分間の時間が設けられると、sen-naはこう言った。


「京月さんが……私達を陥れようと?」

 俺はこう言う。

「京月ハルト、ルナの事を相当恨んでいるのか……?」

 ミヤセはこう言う。

「詳しくないから言いたくないけど……”京月ハルトによる搾取計画”ですよね。これ」


 しかし、ルナの雰囲気は違った。

「360度契約は確かに搾取的なデメリットもあるわ。でも、経験の浅いバンドはその方が良かったりもする。あと……」


「実績を残して”京月ハルトの掌を返させる”。そういうの、私達にとっていいストーリーじゃない?」


 その言葉で、俺達3人はルナに委ねる事にした。


 結果、レーベルとの360度契約を締結。

 10月。ついにDo Today Mylifeはメジャーデビューを飾った。


 しかし、事件は続いた。


「人気小説原作のファンタジーアニメのタイアップが」

 タガノがそう言うと、俺はこう返した。

「一気に大きめの依頼ですね」


 すると、タガノはこう言う。

「ですが……OPは京月ハルトの”Re_VraBe”。放送は来年の1月クールです」


 ルナはこう聞いた。

「朝霧、今月中に曲を完成させられるなら……私はこのタイアップを受けたい」

 俺はこう返す。

「分かった。やる」


 そして、1週間後。PV公開が行われるアニメ配信で俺は少し登場する事になった。

 そこには、京月ハルトの姿もあった。

「OPテーマは……数々の人気アニメで知られる京月ハルトさん!」

 拍手とともにコメント欄は”投げ銭”であふれかえる。


「京月ハルトです。この”glow of grow”のOPテーマを担当できることになって光栄です」

 そう言うと、彼は新曲”Re_VraBe”を演奏しながら歌い始める。


「これは勇気の歌 これは仲間たちとの願い」

 曲の歌詞には”勇気”や”仲間”といった単語が多用されていた。


 コメント欄には「いつもの京月節だ」というコメントもある。

 ルナに聞いたところ、最近の京月はこう言った曲調で”勇気”や”仲間”という単語をよく使うという。


「……京月ハルトさん、ありがとうございました!そして、EDテーマを歌うのはこの方!」

 司会にそう言われたタイミングで俺は登場。


「誰?」

「えっ?」

 コメント欄はアニソンではほぼ無名に近いDo Today Mylifeに辛辣だった。


「Do Today Mylifeの朝霧雄輝です。メジャーデビューでこのアニメとタイアップすることができて嬉しいです!」


 しかし、曲はまだデモ音源の段階。さらに音源公開はアニメ内でEDが流れる2話の放送終了後となっていた。

「EDテーマは今後公開予定ということで、意気込みをお願いします!」


 俺は、息を吸ってこう言った。

「この”glow of grow”が人気アニメになって、EDテーマは”ダークホース”のような存在になれるように頑張ります」

 それは、自分でも驚くほど自然に浮かんだ意気込みだった。


 そう言って、俺は画面外に出た。

「朝霧さん、ありがとうございました!」


 俺はロッカーから荷物を取り、帰ろうとする。

 すると、京月はこう俺に言った。


「EDテーマなんて誰も聞かない。お前らはダークホースと”空気”の意味を取り違えているようだな」


 そのあと、タガノはこう呟いた。

「朝霧さん、挫けずに頑張って……」

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