第3話 衝突と劣等感、そして高揚感

「そんなの気にしないで、自分の作りたい曲を作って」


 俺はミヤセの言葉を考えながら、スタジオへ向かった。


「これがデモ音源……流すよ」

 昨日の音源を聴いたsen-naはこう言う。


「……甘い」

 俺はこう聞く。

「どこの辺りがですかね?」


 sen-naはこう言う。

「ベースラインが単純すぎるし、音色が場所によって衝突してる。あとリズム感が弱い」

 すると、sen-naはベースシンセとドラムマシンを用意しながら、こう言う。


「ちょっとアレンジしていいかな」

「え、いいけど」


 そして、持ってきていたUSBメモリからsen-naのノートパソコンにmidiファイルを渡す。


「……パン振りもしてない、コードは白玉……」

 少しがっかりしているようだった。


「ごめん……俺、多分音楽作るの下手だから」

 すると、ミヤセがこう言う。

「自分の音楽を磨け。sen-naさんのはsen-naさんの音楽だから、気にすんな」


 俺はミヤセのその言葉に勇気づけられる。

 しかし、劣等感は消えないまま、次の衝突が起きる。


「でも、ギターパートがないから自分は裏方かな」

 そうだ。自分一人ではないから、パート分けなども考えないといけない。

「いやいや、その部分は自分でやってみる」


 すると、sen-naは膝に置いたトラックボールマウスの手を止め、こう言う。


「アレンジしてみた」

 sen-naはDAWで音源を流す。


 それは、低音もしっかりしていて、音のぶつかりもない曲に仕上がっていた。

「どうかな」

 sen-naがそう言うと、ルナはこう言う。

「全員のパート分けとか意識した?ギターもキーボードもないけど」

 sen-naはこう返す。

「してない……いつものノリで作った」


 俺はこう返す。

「でも、完成度は自分のより高い……」

 俺は、自分の曲が自分の手から離れていったように感じた。


 すると、ミヤセはその曲に軽いギターパートを入れ、俺にこう言った。


「朝霧さんが“自分の音”を見失ったら、それは本当に朝霧さんの曲じゃなくなる」


 俺は、その言葉を考えながらこう思った。

 ”自分の音ってなんだっけ”と。


 すると、sen-naはこう言う。

「それなら、私と一緒に作曲しないか?誰しもが最初は初心者だよ。分からない部分は私が教える」

 俺はそれを保留にしたまま、スタジオのレンタル時間が終わる。


「まもなく、南千住……」

 家に帰ると、スマホの通知が2件。


「sen-naさんからだ」

 メッセージには、こう書いてあった。


「さっきは強い口調になってたかもしれない。ごめん。」

 続けて、こう書いてあった。

「この後ビデオ通話できるかな。一緒に作曲しよ」


 俺は、ビデオ通話を用意してsen-naに通話をかける。


「朝霧さん、画面共有できる?」

「うん。曲は新しいプロジェクトで作った方がいい?」


 すると、sen-naはこう聞いた。

「さっきのデモ音源をどうしたい?」


 俺は、少し言葉に詰まったあとこう答えた。


「自分なりにブラッシュアップしたい。sen-naさんの力を少なからず借りることにはなると思うけど」

 sen-naはこう言った。

「分かった。最初に、これだけ覚えていて。”音楽は、少なくともこの場では1人でやることじゃない”って」

「ありがとう。頑張るよ」


 そこから、作曲ソフトの画面を共有しながら話し合う。

「ここのパート、ベースとキックが衝突してる。キックをもう少し減らしてベースのタイミングと合わせた方がいい」


 言われた通りにすると、かなり聞きやすくなる。


「えっ……本当に聞きやすくなった」

「じゃあ次は、面白みを入れてみる。朝霧さんの好きな音楽ってどんなの?」

「実験的な音楽……?逆再生入れてみるとか、変なパッド系音色使うとか」


 sen-naはこう言う。

「面白い。あっそうだ……ピアノの音色に変なパッド音色重ねてみなよ」


 俺は言われた通りにピアノ音色にゲートエフェクトがかかったシンセパッドを重ねる。

「あっ……これいいな」


 俺がそう言うと、sen-naはこう言う。

「じゃあ、ここからは私と朝霧さんで勝負。今のmidiデータからどれくらいよくできるか対決。明日の夕方までね」


 突然対決が始まったが、俺は何だか高揚感があった。


 翌日夕方。4人全員でビデオ通話に入る。


「まずはこれを聴いて」

 そう言って、デモ音源のsen-naアレンジをどちらが作ったか明かさずに流す。

「次はこっち」

 そう言って、俺のアレンジを流す。


「じゃあ、直感的にいいと思った方を言って」


「前者。音の広がりが良かった」

 ルナがそう言うと、ミヤセもこう言う。

「うん。後者も面白みがあっていいと思うけど」


「これ、私と朝霧さんでアレンジ対決してたの。私が勝ったけど……朝霧さんのもいいよね」

 sen-naがそう言うと、ルナやミヤセも頷く。


「あのピアノとシンセパッド面白いから使おうよ」

 ルナがそう言うと、sen-naはこう言った。


「作曲は朝霧さん。編曲は私……ひとまずそれでもいいかな」


 俺はそれに頷いた。

 そこに劣等感はなく、強い思いは”これからの期待”だった。

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