第2話 デモ音源

 仕事終わり。

 俺とルナは、練習スタジオに居た。


「これが自分の気に入ってるデモ音源……何個か聴いて、一番気になったのを教えてほしい」


 俺がそう言うと、ルナは10分かけて短い5曲のデモ音源を聴く。

「3曲目……まだ細かく作れてないと思うけど、正直これが一番いい」

 その音源は、練習がてらピアノソロのワンループから作ってみた物だった。


「ラーラーラーラー」

 ルナはその音源をもう一度聴いて、メロディを当てはめようとする。


「うん、行ける。音源流して。録音もお願い」

「えっ、ああ。分かった」


 スマホをスピーカーに接続し、音源を流し始める。

 するとルナは、部屋にあるマイクの電源をオンにして、音源に合わせて歌い始める。


「A Day or Cry 戸惑い隠せず」

「……っ!?」


 俺は頭が真っ白になる。

 今までのショボかった音源が、ルナの歌声で別の”音楽”に変わっていく。


 俺は驚きながら、ルナの歌声を聴く。


 ルナはデモ音源に合わせ、続けてこう歌う。

「To Crow in the Flap 空を眺めていた」

「Side in Flow 僕だけ取り残された 今 僕はどこへ向かってるの……?」


 歌詞に合わせて、スタジオの空気が揺れた気がした。

 サビ前の無音、ルナはスタジオのシンセサイザーに手を置く。

 それは、”足りなかった音”と”考えていなかった事”が重なり”新しい音楽”ができる合図だった。


「Do Today Mylife 今日は自分にとって変わりだす日」

「issue to mylife 問いは変わらないよ」

「『どう伝えるの』ただそれだけだから」

「Do Today Mylife Do Today Mytime……」


 全身に鳥肌が立ち、俺は唖然としていた。

 今まで打ち込みで作ってきた音楽を芸術へ昇華させるような、そんな歌。

 この瞬間、曲は”ただのデータ”から”音楽という生物”に変わった気がした。


「すごい……」

 俺がそう言うと、ルナはこう言う。


「録音止めて」

「あっ、ごめん」


 録音を止め、録音を聴きなおす。


 すると、ルナはメモ帳を取り出す。

「これ、私が昔考えてた歌詞ノート」

「そこにさっきの歌詞が……?」


「ええ。完全に同じってわけじゃないけど、何か所かを繋げてる」


 ルナの”才能”を感じたような気がした。


「スタジオレンタル40分だっけ。そろそろ片付けないと」

「あっ、そうか。片付けないと」


 そして、俺とルナは片付けを終えるとスタジオを後にする。

 ルナは駅の方へ歩き出す。


「いつもは家のある高砂の方まで地下鉄なんだけど、今から東京駅行かないとだから」

「誰かと待ち合わせ?」

 すると、スマホである女性の写真を見せる。


「朝霧さんと私がユニット組むなら本気でやりたい……そう言って上京してくる昔からのファンがいて」

「ああ、興味を持ってくれてる知り合い?」

「そう。名古屋からバスで来てくれてる。ひとまず私の家に居候」


「俺も着いていって良いか?」

「もちろん」


 東京駅・八重洲口バスターミナル。


「えーっと、こっちか」

 バス停の近くで俺とルナは待つ。

「あっ、居た」


「ルナさーん!朝霧さん!」

 そこに居たのは、ルナより高身長で低い声。大都会東京の雑踏に紛れない金髪の女性。

「千名さん、よろしく」

 彼女の名前は本村千名。アカウント名は”sen-na”だ。


 sen-naがこう聞く。

「そういえば、ミヤセさんってどんな感じ?」

 すると、ルナはこう返す。

「今日はバイト」

 聞いたことのない人が出てきた。


 俺はこう質問する

「ミヤセさんって……?」

 ルナがこう返す。

「私と同い年の下北系バンドのメインギターやってる知り合い。バンドがほぼ解散状態だから参加したいって」

「何それ、めっちゃ気になる」


 翌日、会社は休日。


 俺たちは、初めて全員が上野のカフェに集合した。

 そこには、背が若干低い男性・ミヤセの姿もあった。

「御柳聖良です。ミヤセって名前でバンドやってました。なので基本ミヤセって呼んでください」

「よろしくお願いします!」


 各自担当する機材などを紹介する。

「僕はギターをやってます。ミュートでアルペジオ弾くの得意です」

 ミヤセがそう言うと、sen-naはこう言う。

「私はベースシンセとドラムマシン。元々ビートメーカーだったから曲作りは得意だと思ってる」

 そして、俺はこう言う。

「打ち込み専門です。古いmidiキーボードで打ち込みやってます。……多分自分が一番初心者です」


 ミヤセはこう言う。

「そんなの気にしないで、自分の作りたい曲を作って」


 俺はその言葉を考えながら、スタジオへ向かった。

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