第1裁 前編 虚言の人間商人 ―嘘は魂を縛る

『雅閻魔大王裁きの間』

前編 虚言の人間商人 ―嘘は魂を縛る


【プロローグ:世界の境界】

 ここは異世界。時代は中世を思わせる、強欲と活気に満ちた世界。

 その街角の影に、現世の者には見えぬ「終焉」の使者が立っていた。


【死神ムラクモ:見参】


「拙者は、死神ムラクモと申す者、はじめましてでござる。拙者の仕事は寿命を迎えた、魂を刈り取り黄泉の国へ連れてゆく事でござる」


 死神ムラクモ、月光を鋭く撥ね返す双眸。腰には魂を断つべく造られた、禍々しく湾曲した妖刀。風にたなびく黒の羽織を纏い、虚空に立つ姿は、冥府の秩序を守る無慈悲な侍。


「……ふむ。今日の獲物(ホシ)は、あの小太りな男の成れの果てか」


 ムラクモは懐から、薄汚れた一枚の和紙を取り出した。そこに記された名を、地を這うような低い侍口調で読み上げる。


「人間商人ガルネ……。さて、この男がどのような道を辿り、拙者の刀に届くのか。その様、しかと見届けさせてもらおう」



【人間界:交易都市バザール】


「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! この水は聖山の滴、一口飲めば病知らず、二口飲めば十年若返る! 本来なら金貨三枚のところ、今日は特別に銀貨五枚でどうだ!」


 活気溢れる市場に、脂ぎった笑顔を振りまく男がいた。人間商人ガルネである。

 彼が売っているのはただの湧き水だが、その「三枚舌」にかかれば、泥水すら奇跡の霊薬へと姿を変える。


「ガルネさん、ありがとう! これで病気の母ちゃんも助かるよ!」


 貧しい身なりの少年が、なけなしの銀貨を差し出す。ガルネは少年の頭を撫でながら、温和な表情で言った。


「ああ、坊や。母さんを大切にな。これをおまけだ」


 彼は売れ残りの硬いパンを一つ、少年に握らせた。


【豪商の裏顔】


 その日の夜。ガルネは護衛として雇った冒険者たちを連れ、馬車で次の街へと向かっていた。荷台には、不当な価格で売り抜けた金貨が詰まった袋が山積みになっている。


「ヒヒッ、あのガキ、ただの水を銀貨五枚で買いやがった。パン一つで聖人君子扱いだ。安いもんだぜ」


 ガルネはワインを煽りながら、帳簿に偽りの数字を書き込んでいく。

 彼にとって、商売とは他人をいかに「気持ちよく騙すか」というゲームだった。弱者からは毟り取り、権力者には媚びを売り、脱税と詐欺を繰り返して築き上げた富。それが彼の誇りだった。


「……これですべては私の思い通り。金こそがこの世の真理、金こそが救いよ!」


 ガルネが金貨の袋に頬ずりしていた、その時。

 馬車の屋根の上に、音もなく一人の侍が降り立った。


「……ふむ。欲の皮が突っ張った、見事な面構えよな」


「ん? なんだ?」


 ガルネが顔を上げるが、そこには揺れる馬車の天蓋があるだけだった。



【裏切りと終焉】


「……おい、ガルネ。その金、少しは俺たちにも還元したらどうだ?」


 馬車を止めたのは、リーダー格の冒険者だった。彼の目は、ガルネの抱える金貨の袋に釘付けになっている。


「な、何を言っている! 契約通りの報酬は払っただろう!」


「契約? あんな嘘八百の書面、何の意味がある。お前が人を騙して稼いだ金だ。俺たちが奪っても、誰も文句は言わねえよな?」


 冒険者が合図を送ると、闇の中から潜伏していた盗賊団が現れた。

 最初から冒険者と盗賊は通じていたのだ。


「待て! 命だけは! 金ならいくらでも――」


「お前の舌はもう聞き飽きたんだよ。それに金なら、死んだお前から頂く方がよっぽど儲かるしな!」


「が……はっ……ああぁ……!」


 財産を奪われ、冷たい土の上に放り出されたガルネ。どす黒い血の池に沈みゆく彼の前に、スッと影が落ちた。


「……時間が来たでござる。欲の皮がつっぱった哀れな人間よ……」


 死神ムラクモが、静かに妖刀の鯉口を切る。


「ま……待て……私は……まだ……」


「往生際が悪いのも商人の性か。だが、死出の旅路に金は持っていけぬ。――御免!」


 シャキィィィィィン!!


 鋭い閃光が夜の闇を裂く。ムラクモの湾曲した刀がガルネの魂を鮮やかに刈り取ると、その身体から未練の叫びが消えた。ムラクモはガルネの魂を漆黒の霧で拘束し、黄泉の国へと続く「門」を開いた。



【黄泉の国:総合案内所】


「……ひっ、痛い! 痛いぞ! 助けてくれ!」


 ガルネが飛び起きると、そこは窓一つない、冷え冷えとした役所のような場所だった。カウンターには、ブカブカの制服に身を包んだ少女――輪鈴(リンリン)が、退屈そうに頬杖をついて座っている。


「はい、次の方ー。……あー、人間商人ガルネさんね。死神ムラクモ様による回収、と。死因は強盗殺人に遭うか。ふーん、自業自得ってログに出てるけど?」


 彼女が面倒くさそうに書類をめくるたび、ツインテールのリボンについた小さな金色の鈴が「チリン……」と冷たく乾いた音を立てた。


「し、死……? 私が? そんな馬鹿な! 私はまだ稼がねばならんのだ! 早く現世に戻せ! 金なら払う!」


 ガルネが必死に懐を探るが、そこには金貨一枚すら残っていない。


「あはは! おじさん、一銭も持ってないじゃん。地獄の沙汰も金次第って言いますけど、あなたの持ち金(カルマ)は完全に赤字。……ハイ、失格(おめでとう)」


 リンリンは楽しそうにクスクス笑うと、自分の背丈ほどもある巨大な朱肉スタンプを、ガルネの書類に「ドン!」と無慈悲に叩きつけた。そして、真っ赤な整理券を一枚差し出す。


「特別案件です。貴方の行き先は『第五裁判所・雅閻魔大王の裁きの間』に決定しましたー」


「裁判だと! 私は善良な商人だ! 孤児にパンを与えたこともある! 代理士を呼べ!」


「無駄ですよ。大王様は、嘘が大嫌いで有名ですから。……あ、そろそろ番組収録の時間かな? じゃなかった、あなたの裁定が始まります。連行!」


 背後から現れた、無表情な獄卒たちに両脇を抱えられ、ガルネは引きずられていく。


「離せ! 詐欺だ! これは不当な拘束だーっ!」


 阿鼻叫喚の叫び声が響く中、リンリンは「チリン」と鈴を鳴らして手を振り、重厚な法廷の扉がゆっくりと開き始めた――。



(後編:『雅閻魔大王の裁きの間』へ続く)


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