最終章 二人の行方 (番外 里美の思い出話)

   ひどい決意


 次の日の学校、そして、部活、おれは決勝で最下位なので、インハイや国体には縁のない人だが、佳苗は違う、秋の県大会で優勝の成績を出し、インハイは確定、国体も秋の大会のタイムを春にも出せば、ほぼ間違いなく出場できるだろう。高校で陸上し始めて一年もしないうちに、全国大会に出場する才能ある人が近くにいると、俺に走る才がないのが嫌でもわかる。そうなんだよ、才能ある人もない人も、大会に出場する選手は練習するんだよ、練習しない人に比べたら、同じ能力なら、練習する人が速いかもしれない。けど、大会に出場する選手はみんな練習や努力をしてるんだよ、それらがアドバンテージにはならないんだよ。それを知って、これから、どう陸上を頑張ればいいのか、進学や就職に向けての内申点で部活を続けるしか意味がなくなった。本気で、駅伝、マラソンに転向を考えようか。


 今日も部活の終わりに、佳苗と二人で帰る。でも、昨日、里実に会ってから、俺は、昨日までの俺じゃない、俺じゃないんだ。里実への気持ちを知ったと同時に、佳苗への気持ちも、気付いてしまった。知ってしまったんだ。くそう、佳苗は可愛いのに、足も速く、才能もすば抜けていて、俺とは比べ物にならないくらい優秀な陸上選手だ、そして可愛い。何の不満がある、何が気に入らないのだ、違うんだ。何も無かったんだ。佳苗との間には、何も無かったんだ。それが、はっきりわかってしまった。

 「浩介、何ボーっとしてるの、最近はいつもだけど、少しは気をしっかり持ったほうがいいよ、なんか、昔と比べて、抜けた感じになったな、浩介」

 そうだな、昔は、佳苗が初めての陸上部だったから、俺がコーチみたいになって陸上部をいろいろ教えて、まるで頼られてる先輩だったけど、今じゃ、佳苗も立派な陸上選手になって、俺は取り残されて、才のない一陸上部員になってしまった。もう、佳苗にすることが無くなって、気が緩んだ?違う、ダンス始めてから、頭の中でダンスを考えるようになって、気が抜けて、今は佳苗と話をつけようと、考えてたんだよな、今日から俺は、変わってしまった。これ以上、このままでいると、俺はクズになる。

 「ごめん、ごめん、じゃ、いつものバーガー店に行こうか」

 佳苗はニコッとして頷いた。とても可愛い。ごめんね、今まで、嘘ついてて、ごめん、馬鹿な俺は、俺自身がわからなかっただけなんだ。ごめんね、佳苗

 二人は、店に入り、ポテトの大とチキンナゲットとジュースを注文して、商品が載ったトレーを持って、いつもの向かい合わせの二人席に座った。

 二人は、いつものように、ポテトやナゲットを食べながら、いろいろ喋った。いつものように喋ってた。

 そして、ナゲットとポテトが少しになって、俺は話を切り出した。

 「えとさ、佳苗、佳苗も国体やインハイ目指しての練習で忙しいだろ、それで、練習に集中しないと行けないだろ」

 俺は、どのタイミングで言おうか考えながら、話してた。

 「うん、インハイも国体も、最高の結果を出したい。県大会もタイムはいつもより遅かって、悔しかった。全国大会となると、みんなタイム速いから、体が固くなりそう、何も気にせず、走りに集中できないと」

 いいな、まだ、陸上で目標があると、いや、俺も長距離ランナーを視野に入れ、前を向かないとな、佳苗は、そのままでいて欲しい。

 「えとさ、俺、考えたんだけど、しばらく、部活以外で、しばらく佳苗に会うのやめようと思うんだけど」

 佳苗は目を見開いた。俺はさっき、しばらく会わないと言ったけど、必要な時以外でもう今度、会わないと決心してた。けど、しばらくにした。理由は、佳苗が、そのままでいて欲しくて、何も考えず、何も気にせず、陸上の練習に精を出して欲しいと願っているから、

 「え、何で、どうして、いきなりどうして、何があったの」

 俺は笑いながら軽く喋った。

 「だって、佳苗にはこれからも陸上を頑張って欲しくて、集中して欲しいから、そうなると、もし、俺と一緒にいることで香苗の調子を落としてしまうと、俺、責任感じるから、佳苗と学校、部活以外で会うの控えようと考えてたんだ」

 佳苗は首を傾げた後、少しトーンを下げて喋った。

 「ん?どうして、浩介と一緒にいるのと、私の陸上と、何が関係あるの?」

 やはり、難しいか、無理があったか、でも、決行しないといけない。俺は穏やかに反発した。

 「いや、県大会のタイムも佳苗、不満だったし、いや、実を言うとね、前から、佳苗って、大会に向けて必死に、後悔しないように取り組んできたのに、なんか、俺と会ってるのが佳苗に悪影響になってるようで、気になってて。大会で佳苗に全力を出して、満足してくれるようにって」

 「え?何それ?私が浩介と居て、イラついたりしたのが、タイムに影響がでるって言いたいの?私、そんなの浩介に言ったことある?浩介にイラついてタイムが落ちたって怒ったことある?」

 佳苗は少し、イラっときてるようだ。でも、お互いに、穏やかになって、話をつけないと、頑張って話してみた。

 「ないよ、でも、今まで、かなりの結果が出てるから、佳苗は思っていないだけで、それで、俺も、最近、一人で考えようかって、思うことがあって、しばらく、一人で、これからの部活を考えたいんだ。実は、長距離に転向も、少し考えててね、それで、一人で考えたいんだ、だから、しばらく、学校以外は、家か、一人で出かけようと思ったんだ」

 もう、なんか、すごく、無理な理由付けに聞こえる、はぁ、無計画だった。もっと、沢山会わない理由を考えていればよかった。なんか、変に疑われそうだ。

 「どうして、私が嫌いになったの?私の何か、嫌なところがあったの?どうして急に、そんなこと言い出したの」

 「いや、実は、前々から、佳苗に言おうと思って言えなかったんだ。いつも、佳苗に会って、言おうと思ってた。部活終わって、佳苗と歩いてから、いつ言おうか、いつも機会を伺ってた。しばらく、一人で帰ろうかなって思って、陸上での活動変更とか、一人で考えたいと思ってね」

 佳苗は、もう喋らなかった。ナゲットを一個取って、黙って食べた。俺は、手に持ったジュースを少し呑んで、前を見ていた。


お互い、無言のまま席を立ち、店を出て行った。帰り道も二人はしばらく黙ったまま、一緒に歩いた。俺は、ふと、少しでも早く、佳苗と別れようと思った。まだ、佳苗の返事は聞いていないが、俺の意思は伝えた。後は俺が、明日から一緒に帰らなければいいだけだ。これで、佳苗と俺は終わる。よし、もうここで、佳苗と別れよう。

 「佳苗、ええと、さっきから黙ってるけど、何かある?」

 それで、まだ、黙っていれば、俺は、用事を作って、佳苗と別れよう…、いや、やっぱり、つまらない理由作って別れるのも、変に思われそうだな、やっぱり、いつもの場所で別れようか、焦るな、明日から一人で帰ればいいだけ、焦るな、

 そう思っている内に、佳苗から、話を始めた。

 「ねぇ、浩介、しばらく、一人で居たいの?」

 佳苗は、そう言った。観念したのかな、普通に言い返そう。

 「うん、しばらく一人で居たい。これから、部活で、どの種目に力入れるべきか、一人でゆっくり、考えたいんだ」

 「ねぇ、いつまで、一人で考えるの、いつまで」

 いつまでって、いつにしようか、ホントは無期限だけど、うーん、期間言おうかな、うん、大体でいいかな、

 「うーん、来月末までに、マラソンや駅伝大会の予選あるから、今年中は、一人で考えたい」

 佳苗は、再び、黙ったまま、歩いてた。

 冬か、あ、クリスマスに、正月に、そういえば、二人のイベントが沢山ある。あっ、なんか、俺、ひどい事していないか?あー、どうしよう、クリスマス、正月は例外で佳苗と過ごそうかな、いや、それはそれで、ダメだろう、ダメなのかな、もしかして、俺は、とんでもなく、ひどい仕打ちをしてるんじゃないか、ああ、どうしよう、どうすればいい?余計なこと、考えてはいけなかった。なんか、気分が悪くなってきた。今日は、佳苗から話し掛けない限り、話すのはやめよう、なんか、辛くなってきた。とにかく、今日、家に帰ったら、明日から、一人で帰ろう、もう、佳苗に伝えたから、心配しないだろう。佳苗、ごめん、もう、一緒に、居れなくて、

 俺と佳苗は、その後、一言も話さずに、いつもの角で別れて、その後、俺は、もう、佳苗と二人にならないと決めた。


   相談と曇り空


 いつものように学校が始まり、そして、部活が始まり、佳苗も練習に励んでいる。そして、今日は一人で帰った。佳苗と帰らず、一人は久々だった。寂しい?寂しいのかな、中学のときは、友達と帰ったりしたけど、一人のときも多かったな、今まで、佳苗が居てくれただけでも、俺は幸せだったんだ。今は、その幸せが、もう無くなった。仕方ない、この先、一緒に居ても、佳苗を傷つけるのは目に見えている。最悪の別れが、いつか必ず、来るのを待ち続ける二人になるんだ。それを避けようと、佳苗と会うのを辞めたんだ。今も佳苗を傷つけてる。でも、このまま一緒に居ると佳苗に、もっと深い傷をつける結末になる。いいんだ、これで、もう佳苗とは会わない方が、二人は良い方向に進むんだ。そして、俺は、一人で帰り道を歩いてる。




 野球部でのマネージャの仕事も終わり、俺は今、佳苗と一緒に帰り道を歩いていた。なんか、学校の休み時間のとき、佳苗が一緒に帰りたいと俺に言ってきた。俺は、佳苗が浩介と毎日一緒に帰っているのを知っていた。そして、豪華客船のディナーが終わって、二日目が今日、恐らく昨日、浩介と何か会ったんだな、それで浩介と帰らず、佳苗は俺と一緒に帰ろうと言ってきたんだな、俺は断る理由が無かったから、SNSで連絡し合って一緒に帰っている。


 帰り道にある、この高校の生徒なら、よく寄り道しているバーガー店に二人は入った。

 そこで、ポテトとジュースを注文して、二人席の多い二階で席に着いた。

 二人が揃って座った後、俺から佳苗に話し掛けた。


 「佳苗は、よく、浩介とこの階にいるよな、俺たち野球部とマネージャは、大人数用の大きなテーブルがある三階をよく使っているんだ。野球部は大体、部員とマネージャ含めて、沢山でここ来るから、三階に行くのが多くて、階段上がってるときに、二階で佳苗と浩介をよく見るんだ。いつも、仲良さそうで微笑ましいよ」

 いきなり、浩介の話題を振ってしまった。ま、いいか、これで、話をスルーしたら、俺を誘った理由は浩介じゃないのがわかるし、浩介のことなら、今から、話してくれるだろう、

 早速、佳苗は悩みを話し出した。

 「里実、えとね昨日、なんか、一人で帰りたいで言われて、浩介に、なんか、浩介、悩み事あるのかな、私、何かしたのかな、よくわからないけど、浩介、しばらく一人で帰って、いろいろ考えたいんだって、陸上も、短距離から持久力の長距離の転向考えているみたいだし、どうしたのかな、浩介」

 きたきた、やっぱり、浩介、行動に出たんだな、はぁ、俺、どう言えばいいんだろ、わからん、でもなぜ俺に相談するかな、そうか、今までの佳苗の異性トラブルは、俺が解決してきたんだっけ、でも、今回はきつい、原因は…、俺だし、俺が浩介を変えたんだ。とにかく、話を合わせるか、


 「浩介が何言ってたの?浩介が悩み事でもあるみたいだったら、一人で考えたいときも、あるんじゃないか、部活で悩んで、競技を変えるなら、そりゃ、悩むだろう、浩介は中学から走るの頑張ってきたんだろ、長い間、やってきたのを捨てて、違うのにするんだったら、悩むのも、わかる気がする。しばらく悩んだら、また、元の浩介にもどるんじゃないか」

 とにかく、佳苗に落ち着いて貰おうと、穏やかに話したつもりだった。

 佳苗は、首を傾げて、話をした。

 「里実って、なんか、優しい感じになったね、昔は、相手の男を殴る勢いで、俺が代わりに話をつけてやる、みたいな感じだったのに、高校になって、しばらく見ないうちに変わったね、里実」

 うっ、そんなとこ突くかな、なんか、俺に違和感感じているとなると、何か疑われそうで嫌だ、どうするか、でも、今の浩介は説得無理に決まってるし、俺は佳苗と浩介、三人で会いたくもないし、困った。とにかく、誤魔化そう。


 「いや、陸上の成績が伸びなくて、これからどうするか、落ち着いて、真剣に考えたいんじゃないかな、だって、浩介は中学から陸上頑張って、やっと決勝進出で、佳苗は、半年でインハイ出場だろ、隣で飛び抜けた選手がいたら、自身の壁に悩んで、これからの陸上を、考えたくなるんじゃないかな」

 佳苗は、首を傾げたまま、また、新たな疑問を言った。

 「里実って、浩介の気持ちよく知っているね、浩介って、私がインハイ行く程の成績を出して、自信なくしてるなんて、私の前ではそんな感じ出さないから、思いもしなかった。それもあるかも、後、浩介、決勝残ったの良く知ってるね、私、最近、浩介のこと里実に言ったかな、私のは全部言ってるけどね」

 げげ、また口を滑らした。佳苗から浩介の大会の成績なんて聞いていないね、それに、浩介が公園で言った。佳苗との才能の差の壁を、ここで説明してしまった。ああ、公園でよく喋ってるから、浩介のことを、俺は知りすぎてるんだな、それに、佳苗が仲直りしてしまう糸口も滑らした感じだ。ダメだ、浩介のことを言うと、大概、ダメな方向に行きそうだ、なんとか喋って、話を誤魔化さないと


 「いやぁ、ごめん、佳苗の説明聞いて、そうかなって、早とちりしただけだ。本人は、佳苗への実力差の嫉妬なんてないのに、佳苗から言うと、余計に浩介と仲がこじれるかも知れないから、今のは忘れたほうが良いと思うよ、浩介に余計なこと言わない方が良いんじゃない、仲悪くしたくなかったら」

 俺も、誤魔化しが上手くなってきたな、昔は言い訳下手だったのに、これも、毎晩、浩介と話してるせいだ。浩介はいろいろ、話の話題変えたり、誤魔化すの上手いからな、口数少なそうに見えてな、

 佳苗は、まだ首を傾げたまま喋った。

 「なんか、里実って、本当に変わったよね、里実が喋るときって、いつも感情的になって、思ってることズバって言う直球タイプなのに、なんか冷静に考えた感じで、別方向から上手く話をまとめる。技巧派な話し方したよね、そんな感じで喋る性格じゃなかったのに、話すより、面倒くさくなって殴りそうな性格だったのに、なんか、あ、そうそう、浩介が話すと、そんな感じなんだよね、彼、そんな、喋る人じゃないのに、言い合いになると、上手く丸め込まれるのよね、里実も成長するんだね、仲間の悩みに、気を使いながら、上手くまとめて納得させる話し方するようになったんだね、私の知らない間に」

 はぁ、なんか、久々に佳苗に悩み相談されて、なんかいろいろボロが出てるな、そうだよな、男で悩んでるなら、そいつ殴りに行くぞってタイプだよな、中学の俺は、こんな、悩んでる人を落ち着かせるような、話の持って行き方しなかったよな、浩介の喋りがうつったな、毎晩公園で話してたら、似てくるんだな、浩介の喋りに、俺も変わったよな、浩介に染められてるのか、あ、似てて何喜んでるんだよ、俺は、佳苗をどうにかしないとな、もう、話題変えようか、佳苗も落ち着いているし


 里実はなんとか、終結させ、話題を変えようと喋ってみた。

 「俺も高校で、ちゃんと授業うけているんだ。高校生らしく、大人になっているんだ。そうだ、今度、一緒に遊びに行こうか、そういえば、佳苗と出かけるのって、高校になってから一度もないよな、中学の頃は毎日のように、佳苗と出かけたのに、お前が浩介と付き合ってから浩介とばっかり遊んでるだろ、よし、今度買い物にでも行こうぜ」

 佳苗は、ハッとした後、言葉を返した。

 「よく考えたら、そうだよね、高校になって二人で遊んでないよね、昔はずっと一緒に居たのに、そうだよ、もう浩介と遊べないから、里実や野球仲間と遊ぼうか、そうだよね、そういえば、みんな何してる?高校になって全然会ってないから」

 それから、二人は、ポテトを食べながら、いろいろ、会話に花を咲かせた。しかし、窓の外は、空一面が曇で覆われ、今にも雨が振りそうに薄暗かった。


 里実と佳苗の二人は、バーガー店でポテトを食べながら、中学のときのように話で盛り上がっていた。

 そんなときに、いきなり後ろから突然、声を掛けられた。

 「やっぱり里実か、なんだ、ここに居るのか、久しぶりだな」

 後ろを振り向くと倉田キャプテンだった。びっくりした。実は里実は、今週、キャプテンの倉田に始めて会った。野球部には顧問が一応居るが、何もしない置物状態で部活の日程や試合の段取りは倉田キャプテンが全部やってる。練習試合を申し込むために他校に出向いたり、大会のエントリーの手続きとか、特に今の時期はボールが持てなくなる冬になる前までに、練習試合の日程を埋めるために部活に参加できず、あちこちに出向いてるみたいだ。それで里実はキャプテンに会えない日も多かった。

 続けて、倉田は里実に話し掛けた。

 「みんな三階に居るか、今この店に入ったのだが、三階に行く前に、もしやって来てみたら、やっぱり里実だったな、どうした、今日は二階か」

 里実は慌てて、倉田キャプテンに返答した。

 「多分、上に居ます。今日は、友達が話があるみたいで、ここで、友達とお喋りをしてます。多分、帰りも友達と帰るので、今日は上の、野球部の打合せには参加しません。スマホで仲間に聞いて、明日、キャプテンに確認を取ります」

 「そうか、マネージャも三人になって、二人とも里実の中学の野球仲間だしな、みんなすっかりマネージャやってくれて余裕あるから、今日は参加しなくてもいいよ、後で仲間にスマホで聞けばいい、それで、何かあったらスマホか明日学校で俺に言えばいいさ、今日は試合の日程を報告するだけだし、たまには同級生と仲良くしなよ、マネージャ紹介されて、増やして貰って、里実には感謝しかないよ、マネージャも頑張って貰ってるしな、じゃ、俺は上に行くよ」

 里実は倉田に礼をして、倉田は笑って、手を振りながら階段に向いた。

 しかし、階段に向かおうとした倉田は、ハッとして、また、里実に振り返り、指を上に立てて振りながら、里実に物を尋ねた。

 「あ、そういえば里実、この前、ディナー行くって、練習試合休んだときの夜、駅までの道で、男と抱き合ってなかったか、俺、自転車乗ってて、パッと見しかしなかったが、最初は、男女カップルがいちゃついてると思って、そのまま走ったけど、女のほうは顔が見えて、後になって、あれって里実に似てたよなって思って、考えながら帰ったんだよ、やっぱり、里実に似てたよなって、里実、身に覚えないか」

 里実は目を見開いて驚いた。すっかり忘れてた。ディナーの帰り道で、浩介に抱かれた、あの夜を、やっぱりキャプテンは気付いてたんだ。流石にこれは動揺を隠せなかったが、なんとか、心を落ち着かせて、キャプテンに返答した。

 「え、俺が男と抱き合ったって?ナイナイ、絶対ない、見間違いでしょ、びっくりした、キャプテンも人が悪いよ、そりゃ、俺も彼氏が欲しいけど、いないからね、みんな、どうやって彼氏作るんだろうね」

 倉田は笑いながら応えた。

 「お前は美人だから、欲しいと思えばすぐできるだろ、高望みし過ぎるんだよ、それと、男に対して、言葉がキツいから、男から近寄り難く思われてるって、友達のマネージャが教えてくれたぞ」

 「あいつら、俺の居ないところで、いろいろ言ってるな」

 里実は笑いながら、そう言った。

 「ま、とにかくだ、里実じゃなかったら、もういいよ、じゃ、上に行くよ、邪魔したな」

 その言葉を残して、倉田キャプテンは階段を上がった。

 里実はホッと胸を撫で下ろして、席に着いて、正面を見た。そのとき、しまったと感じた。

 佳苗が目を見開いて、少し青ざめて、俺の顔をじっと見てた。今、俺も思い出した、キャプテンがディナーに行くって言った言葉を、そして、浩介と豪華客船のディナーに行って、社交ダンスを踊る約束を俺がしてるのを、佳苗が知ってることを、さっきまでの、中学の話で盛り上がってた佳苗とは、今は全く違う様子になっているのが、はっきりわかった。

 窓に映る空は雲一面で、今にも振りそうな、暗い空だった。


   薄暗い帰り道


 バーガー店を出て、二人は近所なので、帰り道を一緒に歩いた。

 キャプテンが去って、佳苗の表情が変わった後、キャプテンが言ったのは、友達との食事とディナーを勘違いしているとか言いながら誤魔化そうとしたが、佳苗は、ニコッとはしていたが、さっきまで中学の話で盛り上がっていた、楽しそうな佳苗とは違っていた。それから、また、小学、中学、女子野球の話をして、盛り上げようしたけれど、さっきまでの佳苗に戻らず、薄暗いながらも笑顔を見せてる佳苗であった。


 そんな、表情の変わった佳苗と一緒に、帰り道を歩いた。佳苗は思いつめていた。俺が話し掛けても、少し下を向いたまま、表情が変わることは無かった。はっきり言って、もう、どうしていいか、わからなかった。多分、俺を疑っている。浩介が変わった原因は、俺だって、恐らく、疑っている。参った。何も言わないで、黙々と歩く佳苗が、怖く感じた。疑ってるなら、思ってるんだろうな、


 俺が、浩介を奪ったって


 初めて、佳苗が怖くなった。佳苗が怒ってる姿は、兄と喧嘩してる時ぐらいだが、今の佳苗は、その時の佳苗じゃない。もう、どうしようもない、里実も、話すのを止めて、二人、会話をせずに家まで歩いた。

 二人静かなまま、歩き続け、里実の家の近くまで、辿り着いた。佳苗は、相変わらず、少し下を向いたままだった。里実の家の前に着くと、里実は、佳苗を誘った。

 「久しぶりに、俺の部屋に来ない?さっきのディナーの話、気になるなら話すよ、でも、話長くなるから、聞きたいなら部屋に来て欲しい」

 佳苗は、長く口を閉じたままだったが、その重い口をやっと開いた。

 「浩介と豪華客船のディナーに行ったんだよね、そして、社交ダンス踊ったんだよね、それなのに、浩介は一切、そのことを話さないし、里実も話そうとしない。よく考えたら、ディナーに行く日程も浩介は教えてくれなかった。それなのに、私は、それを全く変と思わなかった、私って馬鹿だよね、そんな事も知らずに、浩介といつも居たから」

 佳苗は里実を強く見つめながら話した。睨んでもなく、泣きそうでもなく、感情を抑えてるのでもなく、なぜか静かだった。それらを考えると、里実と浩介に、何かがあると間違いなく、佳苗は疑ってるだろう。

 里実は目線を少し斜め下に下げて、いつもの里実らしくなく、少し弱い声で話した。

 「俺と浩介のこと知りたい?それなら、話は長くなるから、私の部屋に行こうよ、いや、お願い、私の話を聞いて欲しい。聞いてくれるなら、私は、浩介と二度と会わない、二度と話さない、聞いてくれなくても、もう会わないけどね」

 それを言うなり、佳苗は、里実の頬を叩いた。そして、里実に叫んだ。

 「会わないって、どういう事よ、浩介と会ってたの?ずっと私に黙って会ってたの?、どういうことよ、なんで、私が里実と浩介の話を聞かないといけないの、いい加減にしてくれる」

 とうとう、佳苗は怒ってしまった。恐らく、里実に手を上げたのは、生まれて初めてだろう、里実は叩かれた頬を触り、呆然としていた。佳苗は、里実を睨んでいた。

 里実は、頬を抑えながら、喋り続けた。

 「ごめん、佳苗、俺がみんな悪いんだ。佳苗に言うべきだったんだ。でも、言ったら、浩介に会えなくなるって思って、ずっと、黙っていたんだ。佳苗、ごめん、浩介とは、もう会わないから、ごめんね、佳苗、黙ってて」

 里実の目から、涙がこぼれた。頬に手を当てながらも、里実の目から、涙が止まらなかった。びっくりしたのは佳苗の方だった。佳苗は初めて、里実が泣いてる姿を見た。里実は、いつも強くて、小学校のときは、男の子と集めて野球をして、学校で言い合いしたら男子生徒にも一歩も退かず、女子野球でも仲間を引っ張り上げてた。そんな強い里実が、目の前で泣いていた。弱々しく泣いている。まるで、恋をする女子を見てる気分だった。そこで初めて、佳苗は、ずっと舞い上がってた気持ちを抑えて、落ち着きを見せた。そして、泣いてる里実を見て、不思議に思った。里実は何を思って泣いてるのか、なぜ、そんなに浩介を思うのか、私でも、浩介のことで、ここまで泣けるかわからない、なぜ、浩介のことで、一度も泣いたことない里実が泣いているのか、少し考えた。

 佳苗は、一度、周りを見渡し、そして、里実に話した。

 「家に入ろうか、中学のときはよく、里実の部屋で野球の試合の話してたのに、高校になって、一度も来ていないよね、そういえば、聞かせて貰おうか、里実を泣かす、憎き、男の話を、あ、泣かしてるのは私か」

 佳苗はそう言うと、里実は頷きながら、佳苗の手を掴み、家に入った。部屋に入った二人は、長く、遅くまで話をしていた。


   全てが明かされた翌日


 佳苗は全て知った。里実が中学のとき、女子野球のために毎晩、公園で練習してたら、走ってる浩介に出会って、それから、毎晩、公園で浩介を走って、練習してた思い出も、社交ダンスの話も、里実は嫌がったけど、夜の公園で浩介に何度も頼まれて、仕方なく一緒にダンスを習ったことも、豪華客船で浩介と踊った話も、全て、里実が部屋で話してくれた。浩介の話をしてる里実をみて、なんか面白かった。まるで、高校女子が恋バナしてるかのように里実は話した。こんな里実も、見るのは初めてだった。どこか、心の中で、腹立ちもしたが、怒りを越えて、呆れ返るしかなかった。

 さっきまで泣いてたのに、話してるうちに笑顔になって、笑いながら浩介のことを喋る里実を見て、もういいやってなった。しかも、時折、乙女の表情しながら語る里実を見て、本当に、浩介に恋をしてたんだと、里実はずっと、恋をしているんだなと、関心した。本人は、全く思ってはいないけど、横で見てる人には、嫌と言う程伝わるんだよな、私も陸上部で浩介と居る時の話も里実や仲間に話してたっけ、周りから、恋してるって思われてたんだな、男の話をするときは気を付けようと思った。




 次の日の学校、授業が終わって、いつもの陸上部の部活が始まった。俺は、今の短距離のトラック競技には力を入れず、持久力の長距離を中心にやって行くのを、キャプテンに相談して、長距離が主体のチームに混じった。一応、タイムが出ればトラックにも参加するが、トラックにも長距離はあるので、成績によっては、短距離は諦めるかな。佳苗は相変わらず、インハイ、国体を視野に入れて、練習に励んでいる。

 あ、そういえば、練習中に佳苗と目が会ったけど、なんか済ました顔で見つめられて、しばらくそのまま、じっと見つめられた。なんか、いつもと違うような気がした。


 部活も終わり、着替えた後、俺は一人で学校の門に向かった。すると、後ろから、声を掛けられた。その声は、いつもの、聞き慣れた声だった。

 「浩介、一緒に帰るぞ、浩介に聞きたいことがある。それで私は、里実と喧嘩したんだぞ、聞かせて貰おうか、私に秘密にしていたことを」

 俺はびっくりした。突然、里実の言葉が出てきた。いきなりなので、何かわからなかった。

 「何だよ、いきなり、里実と喧嘩したって、ホントか」

 佳苗は間髪入れず、責めた。

 「何だよって、何だよ、里実と喧嘩したのが気になるのか、里実と私、どっちを心配しているんだ。まぁ、そこは置いといて、とりあえず、一緒に歩こうか」

 なんか、嫌な感じがした。里実と喧嘩?秘密?里実と何を喋ったんだ。もし、いつも、佳苗と一緒に帰っていた少し前なら、焦って動揺して、慌ててたかもしれないが、一人で帰るようになった今、動揺も焦りもなかった。俺は、佳苗に従い、一緒に帰った。

 一緒に歩いてると、いつもの感じで佳苗は話し掛けてきた。

 「私達、まだ付き合ってるのかな、あ、浩介はもう、そんな気分じゃないよね、里実の名前を言っても焦らないし、慌てない。もう終わってるんだね、いや、始まってもいなかったんだね、少し腹立つけどね」

 俺は、黙ったまま、横で歩いていた。

 そんな、俺を見て、佳苗は済ました顔で、前を向いて喋った。

 「あーあ、私って鈍いなー、もういいや、今日は、いつものバーガー店じゃなくて、ちょっと歩くけど、街に寄って、喫茶店に入ろう、心配するなよ、お金は半分払うから、奢りだなんて言わないから、私が付き合わせてるし」

 佳苗は怒っているようにも見えたが、話してる感じだと、もう呆れ返って、諦めてる感じだった。もう里実から俺のことを聞いているなら、ついて行って、全て話すしかないよな、これで佳苗との関係が収まるなら、俺にとっても有難いから、

 「わかった、行くよ、それから、里実から俺の話、どこまで知っているんだ?とにかく、佳苗がどこまで話してるか、喫茶店で聞こうか」

 「中学の頃から話してくれたよ、浩介が教えた陸上の練習を里実に教えて、それを私と野球仲間がみんな教わったのもね」

 なるほど、なら全て話そうか、もう隠してもしょうがない、今の俺はもう、隠す理由もないし、佳苗はもう、知ってしまってるしね。


 俺と佳苗は、街に入って喫茶店に入った。夕方前なので、人は少なかった。テーブルに灰皿が置いていないので、煙草休憩の店ではないらしい。ここなら、高校近くのバーガー店みたいに同じ高校の生徒がいないから、里実のことを気軽に話せる。

 早速、佳苗は、初めて里実に会った話を聞いてきた。聞いてきた質問は、みんな答えるつもりだったので、覚えている限り答えた。初めて公園で会ったときから、陸上の練習を教えたとき、野球の女子リーグを楽しそうに話してた里実の話、沢山喋ってしまった。時間がどんどん過ぎていき、窓の外は暗くなってた。そして、豪華客船でのディナーの話まですると、かなりの時間が経った。佳苗は飽きもせずに、俺の話を聞いていた。

 佳苗は窓が暗いのに気付いて、スマホの時計を見て、もう出ようと言ってきた。

 二人は喫茶店を出て、一緒に歩いた。

 「浩介さ、私との思い出を話してって言ったら、何を話してくれる?」

 いきなり、佳苗の話になった。俺は考えてしまった。思い出すのに時間が掛かった。

 すると、佳苗は諦め顔で話した。

 「もういいよ、すぐには出ないんだね、結局そうなんだね、私との思い出はないんだね」

 「いや、そんな事ないよ、かなり里実と被るのと、さっきは里実の話を聞くと思って、歩きながら頭の中で思い出を用意してたから話せたんだよ、いきなり言うから、話すことを用意していないだけだから」

 佳苗は、間髪入れずに突っ込んだ。

 「それそれ、この話し方するんだよね、最近の里実は、里実はね、そんな気を使った話する子じゃなかったのよ、直球勝負な子だから、そんな優しく、気を配った話し方しないのよ、中学から浩介と話してるから、話し方がどことなく似てるんだよね」

 そうなのか、俺の話し方に里実は似ているか、全然気付かないが

 「そうなのか、俺はわからないが」

 「うん、里実はそんな、話が上手い子じゃ無かったからね、もういいよ、浩介が里実の話してる時も、里実のこと好きなんだなって感じが滲み出てるよ、悔しいけど、恋人の思い出話聞いてる気分だよ、浩介も里実のことが好きなんだなって、ムカつくけどね」

 嘘だよ、あの思い出話だけで、俺が好きなのがバレるのか、俺はよくわからんが、でも、佳苗の感じだと、俺が里実を好きなのを、怒りもしないんだな

 「俺は話していて、よくわからないけど、俺は里実が好きなのか」

 佳苗はすぐに応えた。

 「わかるよ、伝わるよ、里実を愛していますって、すごく楽しそうに里実のこと話すからね」

 別に、楽しい思い出ばかり言った覚え無いけどな、俺は、腹立つ話しかしていないと思ってるけど、ま、いいや、好きなのは間違ってないから

 佳苗は、もう納得したみたいだ。一応、確認は取るか

 「もう、納得した?俺と里実のこと、ほとんど話したよ、ごめん、ずっと、里実のこと話さなくて、でも、悪いと思いながら、話せず、ずっと秘密にしてた」

 「ひどいな、言って欲しかったよ、でも、毎日夜に、二人で出会う、それが楽しくて、辞められなくなって、友達に一切言わず、会い続ける。あー、そんな経験したいなぁ、里実はずるいな、里実な女子野球で燃えてたときも、夜にそんな、ロマンチックな恋をしてるなんて、思いもしなかったな」

 「ロマンチックって、だた、夜に一緒に走って、広場で運動しながら話してるだけだけど、ロマンチックかな」

 「ロマンチックだから、二人は出会うのが辞められなくなったのでしょ、腹立つな、楽しかったから、毎日会っても飽きなかったんでしょ」

 なんか、人に言われると恥ずかしいな、そんなロマンチックなんかな

 「三年も会い続けて飽きもせず、今でもお互い毎日楽しみにして、あー、やっぱりムカつく、なんて浮気だ、いや、本命か、私は友達以上に慣れなくて、浮気ですらなかったんだね、里実は嫉妬すらしなかったからね、いいよね、そんなに強く、お互いに愛し合って」

 ダメだ、降参したい、聞いてて、穴に入りたくなる。里実と夜会うのが、そんなにラブだったのか、だた、一緒に喋りながら走ってただけなんだが、それが、楽しかって、辞められないのは正解だが、やっぱりラブだな、もういいや

 「なんか、恥ずかしくなってくるな、そう言われると」

 「だって、里実のこと好きなんでしょ、里実のことが好きで好きでたまらなくて、夜に抱き締めたんでしょ、ああ、腹立つ、言うのも腹立ってくる、私の存在はなんだよ」

 「いや、佳苗って可愛いよ、里実みたいに、腹立つこと言わないし、怒らないし、優しいし」

 「もういい!言うな、里実と比べるな、わかったから、なんか、腹立てる私も馬鹿に思えてくるからね、話聞いてたら、二人の仲を邪魔してる悪党にも聞こえてくるし」

 「いや、そんなことない、悪いのは俺だから、佳苗は悪くないから」

 「だからもういいよ、陸上に専念して、全国大会頑張るから、失恋パワーで頑張るから、里実を大事にしてよ、あいつ、恋愛なんて全く未経験だし、小さい頃から知ってる私からしたら、里実が男にデレデレな姿なんて、想像もできないからね、野球女子仲間も想像出来ないよ、里実が男に夢中な姿は」

 確かに、俺も想像できない。里実が男に夢中になってる姿を想像するなんて、それはわかる。

 佳苗は続けて里実を考えて喋った。

 「里実は優しくて、友達思いなんだからね、大切にしろよ、昨日、あんな泣いてる里実を見たの初めてで、ビックリして、怒りがみんな飛んだよ、里実が男のために泣くなんて、考えもしなかったからね、私もすごい事したね、里実にビンタするなんて、原因が横にいる男だと思ったら、私も嫌になるよ、泣きたくなるわ」

 「すまん、佳苗が人を叩くとは思いもしなかった。マジですまん」

 「ニヤけながら言うなよ、馬鹿するなよ、もういいわ、それじゃ、私はここから左だから、じゃあね、一緒に陸上頑張ろう、私は陸上に専念するから、じゃあね」

 佳苗はそう言って、去って行った。

 ありがとう、佳苗。最悪、三人共、険悪になって、里実と佳苗は、下手すると、一生いがみ合いで犬猿の仲になってたからね、佳苗も陸上で調子崩すのが心配で、距離を置く理由が里実だなんて言えなかったし、言ったらと思うと、どんなに怒るか、落ち込むか、それで陸上がダメになったら、俺は陸上辞めるだろうな、そしたら、里実も後悔して俺から離れるだろうし、みんな滅茶苦茶になってた。佳苗には感謝しかない。全国大会頑張って欲しい。佳苗なら良い成績残せるから、

 そう思いながら、去って行く、佳苗の後ろ姿を見送った。


   エピローグ 番外 里実の思い出話


 佳苗は、里実と一緒に帰って、里実の家の前に来ると、豪華客船のディナーを秘密にしてた事で怒りが込み上げ、里実の頬を叩いた。すると、里実は、ごめんねと言いながら泣き出した。佳苗は里実が泣いている姿を見たのは初めての出来事だった。


 あの男勝りな里実が自宅の前で、弱々しく泣いている。まるで、恋をする女子を見てる気分だった。そこで、初めて、佳苗は、ずっと舞い上がってた気持ちを抑えて、泣いている里実に声を掛けた。

 「家に入ろうか、中学のときは毎日のように、里実の部屋で野球の試合の話してたのに、高校になって、一度も来ていないよね、そういえば、じゃ聞かせて貰おうか、里実を泣かす、憎き男の話を、あ、泣かしてるのは私か」

 佳苗はそう言うと、里実は頷きながら、佳苗の手を掴み、家に入った。


佳苗は、先に部屋に入ると慣れたように、床に置いたクッションに座り、後から部屋に入ってきた里実は、冷蔵庫に入ってた炭酸のペットボトル二本持ってきたのをローテーブルに置き、自身のベットに上がって壁に持たれて座り込み、早速、里実は浩介との思い出を話し出した。

 中学で初めて公園で出会った話や陸上の練習を教えて貰った話、公園で浩介に会っていた、いろんな話を楽しそうに、佳苗に話してくれた。

 佳苗も最初は、イラッとくるのを我慢してたが、里実がだんだん調子が上がり、なんか、女子高校生が恋バナするみたいに里実が話すのを見ならが聞いて、その里実の姿にちょっと違和感を感じた。幼い頃から友達の佳苗の中で、里実は男勝りで、スポーツや格闘を熱く語る、やんちゃな女子のイメージがあり、こんな、恋バナを話す、メンヘラ寄りの女子では無かったので、好きな男の愚痴をのろける、今の里実に少々引いていた。

 里実は、全く、本人は気付かずに、公園での浩介との思い出話を語り続け、話は佳境に入った。実は、思い出話を始めてからもう、二時間以上、里実は喋っていて、佳苗はかなり参ってる様子だった。

 里実は、佳苗が疲れることも目に入らず、まだ元気に喋り続けた。

 「あ、そういえば、豪華客船のディナーの話が、一番聞きたかったんでしょ、もうね、あいつ、ムカつくんだよ、ヤバいんだよ、ホントは、友達にも言いたくて言いたくて仕方が無かったんだけどさぁ、佳苗に知られたらヤバいから、誰にも言えなかったんだよ」

 佳苗は思った。こいつ、完全に逝ってる。何が友達に言いたかっただよ、まだ私、浩介と別れていないのに、さっきから、浩介といちゃついてる話ばっかりしやがって、浩介とディナーに行った話を聞きたかっただけなの、なのに、なぜ中学の頃から話を遡ってるんだ。中二で浩介と出会ったって唐突すぎて、頭がパニックなんだよ、なんで私が、浩介にデレデレしてる里実のお惚気話を延々と聞かなければ行けないんだ。思ったよりロマンチックなのが余計に腹立つ、恋愛未経験の里実がこんな嘘つける筈ないから本当なんだろうな、まさか、中学から浩介に一目惚れしてるとは全く、わかる訳ないだろ!、こいつ、この部屋に入ってから、もう二時間以上喋り続けてるぞ、いつまで浩介のこと喋ってるんだ。いつ、ディナーの話になるんだ。

 ああ、もう、腹立つわ、さっきは家の前で、もう二発くらいビンタしとけば良かったと後悔する佳苗は、諦め気分で女子力フルパワーの里実の恋バナを聞いていた。

 「でさ、あいつ、夜の公園でさ、俺にディナーに行かないかって生意気にも誘うんだよ、ホントはムカついてたんだよ、お前には佳苗がいるだろ、俺は都合よく扱える女かって、もう、ムカついてさぁ、公園でのダンス練習でも、あんな広場でさ、隅でおとなしく一人で練習する浩介にムカついて、『お前が誘ったんだろ、だったら、ちゃんと練習やれよ、相手の俺がここにいるんだから、俺と踊れよ』て怒鳴って、一緒に踊ってやったんだよ、そしたら、手も、体も固くなって、全然踊れなくて、心の中でニヤニヤしてたよ、それで『お前、リーダーだったら、しっかり女を引き寄せて、リードして踊れよ、ビビるなよ』って言ってやったら、浩介、怒ってさぁ、いきなり、体引き寄せて、振り回しやがるの、あいつバカだね」

 佳苗は思った。おいおい、人の彼氏をバカ呼ばわりか、何度も心で叫んでるが、浩介はまだ私の彼氏だー、もういいよ、今の無敵恋バナ女子と化した里実には何も言えない、それに悔しくも、続きを聞きたい。あー、腹立つ、さっきは、もう、五、六発ビンタして蹴り入れていれば良かった。もうヤケだ、全部話せ、

 そして、ダンス教室の話、その後、浩介と一緒に乗った豪華客船の思い出を、付き合ってる佳苗の前で思う存分ノロけて喋った。佳苗は何度も殴りたくなるのを抑えて、里実の話を聞き入った。なぜ、私の彼氏と里実の恋愛話なのに、聞きたくなるのだろうか、悔しさとワクワクが入り混じった感情に酔い潰れてる佳苗であった。何が逝ってるかというと、こんなに好きです、滅茶苦茶惚れてます感出してるのに、本人は浩介が好きなのを完全否定してる所が恋する馬鹿娘だ。

 里実は止まる気配は全く無く、ノンストップで喋り続けた。

 「実はさ、友達とね、ダンス用の衣装探しに行くときさ、ダンスの先生におすすめの店、紹介されてね、そこに行くと、すぐスタイリストが俺の全身を眺めて、見定めて、いきなり、衣装から、靴から、専属のメイクの人や着付けの従業員から用意されて、メイク室で着替えさせられて、飾られて、鏡見ると、まるで、海外のモデルみたいに私がなってしまって、友達に見せても仰天で、ハリウッド映画みたいってみんなに言われて、あ、そうだ、ええと、これこれ、これが衣装してメイクして首飾りまで付けた俺だよ」

 佳苗は、完全フル装備のメイク付き衣装を着たときのスマホの写真を里実に見せられた。確かに、ヤバすぎる、言った通りの海外のセレブ女優のドレス姿の里実が写っていた。里実の話は止まることは無かった。

 「最初は、ここまでやったら、逆に浮きそうって、思って、もっと、地味なものに変えようと思ったけど、ふと、浩介の顔を思い浮かべてさぁ、あいつにギャフンと言わせたいと決意して、この高貴なセレブ王女の衣装セット、借りてしまったよ、装飾品全部付きで、一晩七万円だよ、七万、もう、お年玉の貯金引き出して借りてやったよ、あの俺を軽く見ていやがる。あの浩介に目にもの見せてやるって、気合入れて、借りてやったよ」

 だから、私の彼氏、ああ、その気に入らない男のために一晩七万円で衣装借りるか?店の主人に乗せられて毎度ありだな、なぜ、気に入らない男に、飛びっきりのセレブな衣装を着てギャフンと言わせるだよ、それを、振り向かせるのに必死って言うんだよ、浩介に綺麗な姿を見せたかったって素直に言えよ、なんだ、この盲目女は、早く船の上のディナーショウの話をしやがれ、お前が、惚れた男を惹きつけたい脱線話はいいよ、本題に入れ、ディナーまでの前振りが長いんだよ。

里実はもう、ノリノリで喋りが止まらなかった。

 「そしてよ、ディナーのメイク室でさ、予め控えてるプロのスタイリストにさ、この前、左右斜め、上下から撮った俺のメイクしたスマホの顔写真見せて、衣装来た時と同じメイクにするのに時間かかってさ、スタイリストに嫌な顔されたけど、よし、出来上がったって気合入れて着飾って、外人モデルみたいになってさ、浩介の前の席に着いて、照明が付いて、俺の顔を見たときの浩介ったら、ありゃ見ものだったな、馬鹿みたいにポカンとして、しばらく、動かなかったよ、ざまあみろって思ったよ、目の前にいる女を誰だと思ってる。今更、惚れても遅いからなって、心で笑いながら、思ったよ」

 あ、こいつ、完全に逝ってる、絶対逝ってる。そんな時間掛けてメイクする女じゃないだろ、えとさ、今何言ってるかわかってる?私と浩介は付き合ってるの!私の男に色仕掛けを仕掛けて、何楽しんでる、何成功して喜んでるんだ。お前、キラキラ光る星をゲットしたマリオじゃねえぞ、無双するんじゃねぇ

 里実はダンスしたときの様子を調子に乗って話し出した。

 「そしてさ、ダンスタイムに入って、俺は浩介に抱き寄せられて、浩介はさ、最初、間近で完全メイクの俺を見て、照れてやがるの、ちょっと可愛い奴って思っちゃったけどね、でもさ、直ぐに右に向くから腹が立って、おいおい、この衣装、今日だけで七万だぞ、七万、それに、この完璧メイクにどれだけ時間と苦労したか知ってるか、それで右を向かれるのは納得いかんとムカついて、浩介に言ったのよ、今日はダンスの間、ずっと顔を見ててって、そしたらさ、あの馬鹿、少し照れながら、俺の顔を見やがるのよ、よかったよかった、もう、これ見ただけでも、七万の衣装着た甲斐があったな、佳苗に見せたかったよ、あの浩介の表情を」

 ああ、殴ってやりたい。調子の乗ってるこの馬鹿女を殴ってやりたい。その浩介の彼女に見せてやりたいとか言ってるよ、でもダメだ、この女より羨ましがるような浩介の思い出話が私には無い、ここで手を出したら完全敗北だ、ここは耐えろ、我慢して全部吐き出させろ、ああ、この恋に毒された馬鹿女を宇宙の彼方に投げてやりたい、この馬鹿女の口がいつ動かなくなるのか、朝まで喋ってそうだ。

 そんな佳苗の空気を読んであげない里実の口は無論、止まらなかった。

 「それでさ、普通は踊ってる時お互い左向くのに、浩介は素直にじっと、俺の顔を見ながら踊り続けるのよ、こういう所は可愛いけどさ、もうね、私のフルメイクの顔を見ろ、今まで軽く見てきたこの俺の顔をよく見ろって感じで、浩介に俺を見せつけてやったんだよ、そしたらさ、ずっと、浩介の顔を見ながら踊っていたらさ、ワルツの柔らかい音色と浩介の顔で、少し、変な気持ちになって、なんか浩介のことイッパイ考えてしまったよ、色々、浩介のことが頭から離れなくなって、そんな感じで、耳から聞こえるワルツを聴いて気持ちよくなってたらさ、気付いたら、浩介は少し様子がおかしくて、細かく目を動かして、私の顔を観察するの、それで、もしかして、私がずっと浩介のこと考えてたのが見透かされたの?見抜かれたの?って思ったと同時に、目から涙がポロッと出ちゃってさ、あー、あれは不覚だった。なんで涙が少し出たのか、自分でもわからなくて、我に返って、踏ん張ったよ、でもね、こういう時って腹立つことに、我慢すればする程、ホロッと、出ちゃってさ、悔しいけど、浩介の目の前で、涙を見せてしまったよ、これは一生の不覚だった。浩介に見とれさせるために頑張ったのに、なぜに俺が変な気分になるのかね、なんか、負けた気分だったわ、何のために七万を一晩で使ったのか、なんか悔しかったよ、あのダンスは、俺が気を抜くなんて、ちくしょう」

 あ、ダメだ、意識が壊れそう、人の彼氏を骨抜きにしようとして、この女が返り討ちに会ってるよ。やっぱり馬鹿だこの女、ミイラ取りがミイラになって、私の彼氏に心奪われてるよ、七万の衣装してなんて馬鹿女だ、今の里実の姿知ってるか?ベットでシーツを両手で握って、足をくねらせながら、恋話を喋ってるんだぞ、お前は天下の里実だぞ、女番長の里実だぞ、なよなよした女を嫌ってた里実が今、足をくねらせながら、男の話をしてるんだぞ、今の里実をスマホで撮影して、友達に拡散させたいよ、間違いなく威厳が無くなるからな、

 自身の今の姿を思いもせず、里実は全てが見えない状態で、延々と浩介の話を続けていた。

 佳苗は体をくねらせながら浩介のことを喋る里実を見て、純粋に気持ち悪く悪寒が走った。恋する乙女のリアルな姿はこんなに得体の知れない物体Xなのかよって、私も浩介の話を友達の前でしてる時は、こんなやばい女になってるのかと思うと、気分悪くなって吐きそうになった。人前で彼氏の話をする時は気を付けねばと、


 そうこうしてる内に、母親がもうすぐ夕食をお知らせしに来たので、里実の話はやっと止まり、二人は里実の家を出て、佳苗の家まで、しばらく一緒に歩いた。

 里実は申し訳なさそうに謝った。

 「ごめんね、話が長くなって、こんな遅くまでなって」

 震える手を抑えながら、ぐっと我慢して、いつもの佳苗で喋ろうとした。

 「そんなの気にしてないよ、話面白かったし、また今度してよね」

 絶対いやだ、もう聞きたくない、もう一度同じ浩介の話をしてみろ、お主の命はないと思えと、佳苗は心で叫んだ。

 「うん、また今度話すよ、今日、話せなかったのはまた今度ね」

 まだ話し足りないのかい!と佳苗は心で叫びながら、平静を装って喋った。

 「わかった、もうここでいいよ、夕食食べなよ、また明日じゃあね」

 「じゃあ明日ね、バイバイ」

 里実はそう言って、来た道を引き返した。

 佳苗は、里実が秘密にしてた浩介の話を聞いて、腹の底から後悔した。何度あいつを殴ろうかと思ったことか、しかも、どの話よりも、勝てる浩介の体験談を私が持っていないのが、何よりも悔しくて、あろうことか、羨ましく思ってしまった。里実が話した浩介を一度も見たことがない、私と浩介は何だったんだ、表向きの付き合いかと、悔しくて泣きそうにもなった。何だよ、野球の全国大会で負けた後、夜の公園で浩介の腕の中でずっと泣いてたって、ふざけるな、一人、部屋で泣いてた私がみじめだろ、なんだ、今は私の彼なのに、この敗北感は、ちくしょう、インハイも国体も来年の夏で遠いし、社交ダンス習って、浩介誘うかと、佳苗は懲りなかった。


  終わり

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真夜中のシンデレラ ロングバージョン ヒゲめん @hige_zula

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