悲しい過去①
「あのう・・・すいません」
勇太が振り返ると、男がにこにこしながら、「首の後ろに黒子があるのですね?それも三つも」と言った。男は島崎と言う名前で、「長年使って来た眼鏡を柱にぶつけて壊してしまったので、新しい眼鏡を買いに来た」と言った。勇太の勤める眼鏡屋に来たのは初めてで、眼鏡を作るのは十年振りだと言う。
先ずは島崎に眼鏡のフレームを選んでもらった。十年振りの眼鏡ならば視力も変わっているはずだ。視力を図った。最後にレンズを決めてもらい、後はフレームにレンズをはめ込んで引渡すだけだった。仕上げまで一時間程度、時間がかかる。伝票を書いて、後ろに置いたフレームとレンズの箱に入れる為に、背中を向けた途端、島崎から声をかけられた。
「体中、黒子が多くて、胸には北斗七星のような黒子まであります」
勇太も笑顔を返しながら答えた。無口だが人当りの良い客で、商売を抜きにしても笑顔になれる客だった。
ところが、島崎は、勇太の返事に、「えっ!」と叫んだまま固まってしまった。
「お客さん! 島崎さん。どうかなされましたか?」
カウンターの前で島崎が固まってしまい、動かなくなってしまった。伝票を渡そうと、勇太は島崎に声をかけた。勇太の声で、島崎は「はっ」と我に返った様子だった。
「また来ます」と島崎はそう言い残すと振るえる手で伝票を受け取り、店を出て行った。一時間後に仕上がると言っておいたが、結局、その日は、島崎は現れなかった。そういう客もいるので、勇太は特に気にしなかった。
翌日、島崎が眼鏡を引き取りに現れた。
店内で勇太を見つけると、つかつかと勇太に歩み寄って来て、「すいません。少し時間を頂けませんか? 是非、私の話を聞いて頂きたいのです。五分、いや十分で構いません。お時間を下さい」と切羽詰まった表情で勇太に頭を下げた。
「ああ、昨日のお客さん。眼鏡でしたら、もう出来ていますよ」
「眼鏡のことではなく、これを見てもらいたいのです」
島崎は大判の本のようなものを持っていた。
必死な表情に押し切られるようにして、勇太は、「どうぞ、こちらへ」と島崎を顧客との面談スペースに誘った。小さなテーブルを挟んで椅子が置いてあり、パーティションで仕切られている。
「これを、これを見て下さい」
島崎がテーブルの上に持って来た本のようなものを広げた。本に見えたものは、アルバムだった。島崎の開いたページには、年代を感じさせる赤子の裸の写真が貼り付けられてあった。
「可愛い赤ちゃんですね」と勇太が世辞を言った。正直、赤子の写真に興味は無かった。
「赤ちゃんの胸を、胸を見て下さい」
改めて赤子の胸を見た勇太の目は、写真に釘づけになった。赤子の胸には北斗七星を思わせる七つの黒子があった。
「ど、どういうことでしょうか? 何故、僕の子供の頃の写真を持っているのですか?」
勇太が島崎を問い詰める。島崎は勇太を優しく見つめながら答えた。「これは、私の息子の写真です。黒子の多い子で、首の後ろにも黒子が三つありました」
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