悲しい過去②
勇太は島崎との出会いを語った。
そして、「父を殺害したのは、私です。島崎さんではありません。島崎さんは私を庇って、罪を被ろうとしているのです。私が父を、いや、辻晴彦を殺害しました」と涙ながらに自供した。
勇太が辻晴彦殺害の犯人として逮捕された。
島崎は今から三十年前に、妻、
映子は生まれて間もない無常を連れて、実家に里帰りしていた。ある日、むずかる無常を連れて、近くの公園に出かけた。実家の近くとあって、公園で偶然、中学時代の同級生に会った。同級生も子供を連れて、公園に遊びに来ていた。
「ほんの一瞬です。ほんの一瞬、目を話した隙に、あの子はいなくなってしまいました」
映子は泣きはらした目でそう証言した。
同級生との立ち話に夢中になってしまい、ゆりかごの中ですやすやと寝息を立てていた無常から目を離してしまった。映子は一瞬だと主張したが、実際にはかなりの時間、ベンチの上に置かれたベビーバスケットの周囲に人影がいなかった。
映子がベンチに戻ると、ゆりかごの中に赤子の姿が無かった。
直ぐに誘拐事件として捜査が始まった。
ところが、何時まで経っても犯人から要求が来なかった。営利誘拐ではなく、赤子目的の誘拐であると判断された。
三十年前の事件であり、当時の捜査員は誰も署内に残っていなかった。また、通報元が映子の実家である高梨家だった。誘拐事件は、当時、「高梨家嬰児誘拐事件」と呼ばれ世間を騒がせた。この為、島崎と誘拐事件が結びつかなかった。
「妻は毎日、毎日、無常を探して町を彷徨いました。私が何を言っても聞かず、文字通り寝食を忘れて、無常を探し求めました。無常を失ったことに対する自責の念から病を発症し、無理が祟って、事件の後、ほどなくして妻は亡くなりました。私は妻と息子を同時に失ってしまい、天涯孤独の身となりました」
勇太の逮捕を知った島崎は、少しずつだが、森たちの事情聴取に応じ、自供を始めていた。二人の証言を合わせると、事件の全貌が見えて来た。
黒子だけでは、偶然の産物かもしれず、島崎と勇太の間に親子関係があると断定することは出来ない。島崎が「DNA鑑定を行いたい」と勇太に申し入れると、勇太は「僕も本当のことが知りたい」と二つ返事で了承した。
民間の鑑定機関に二人のDNAサンプルを送り、「親子鑑定」を依頼した。二週間程で鑑定報告書が郵送されて来た。
島崎は勇太の目の前で報告書の封を切り、二人は鑑定報告書を確認した。
「99%以上の確率で親子関係が認められる」と報告書には結論付けられてあった。
「三十年、三十年、探し求めていました。一日たりとも、あなたのことを思い出さない日はありませんでした。やはり、あなたは、あなたは無常だった。妻が生きていれば、どんなに喜んだことか・・・」
島崎は勇太の前で涙を流して喜んだ。
勇太は島崎が探し求めていた無常だった。勇太が無常だとすると、何故、無常が勇太として育てられたのかと言う疑問が湧いて来る。
それを知る人物は、辻晴彦ただ一人だ。
島崎はメモを書いた。そして、勇太にメモを晴彦に渡してもらい、面会を申し込んだ。
「祇園精舎の鐘を返して下さい」
島崎はメモにそう書いた。
島崎は生まれて来た息子に「無常」と言う名前を付けた。変わった名前だが、「普通(常)で無い、優れた人になって欲しい」と言う願いを込めて名付けた。
無常が誘拐され、報道が解禁となった時、「祇園精舎の鐘を返して下さい」と言う見出しで報道した新聞社があった。「平家物語」の冒頭に「諸行無常」と言う言葉があることを知っていた記者が付けた見出しだった。
世間に流布した訳では無かったが、島崎はその見出しを覚えていた。
「誘拐犯なら、当時の新聞記事の見出しのことを覚えているに違いない」と島崎は考えた。
実家に戻った勇太は晴彦にメモを渡して、島崎が会いたがっていることを伝えた。メモを読んだ晴彦は、全てを悟ったかのようで、「今からで良いので、彼を呼びなさい」と島崎との面会に同意した。
島崎は勇太からの連絡を受け、車を飛ばして辻家に駆けつけた。だが、話し合いは平行線に終わってしまう。
「さて、何のことだか、分かりません」
「私は知りません。女房が生きていれば、何か知っているかもしれませんが」
晴彦はのらりくらりと島崎の追及を交わした。
勇太は客間のドアに耳を付けて、晴彦と島崎の会話を盗み聞きしていた。そして、何の成果も得ることができずに、肩を落として去って行く島崎の後姿を見送った。
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