自白②
そわそわと落ち着きが無くなっている。森は一か八かカマをかけてみることにしたようだ。
「島崎さん。ひとつだけ、ひとつだけで良いので、正直に答えてくれませんか?」
島崎が皺だらけの顔を上げた。
「辻さんの遺体の状況から、辻さんは背後から灰皿で頭部を激しく殴打されて、亡くなられたことが分かっています。あなたと辻さんは、辻家の客間で話をしていた。あなたにとって不愉快な話だったのかもしれません。何か話があって辻さんを訪れた。しかし、物別れに終わってしまった。辻さんがソファーを立って、背中を見せた一瞬を狙って、あなたはテーブルの上にあった灰皿で、辻さんの頭部を殴りつけた。何故、不意を突いて、背後から辻さんを襲うような卑怯な真似をしたのですか?」
森は、島崎を挑発した。
島崎は右利きだ。先ほど、ペンを握った手が右手だった。遺体の状況から見て、背後から襲ったとは考えられない。
島崎は顔に怒気を漲らせて、「あんなやつは殺されて当然だったのです。背後から襲ったとしても、別に卑怯なんかじゃない。あいつこそが卑劣で卑怯な人間なのです!」と声を荒げた。島崎の返事に、森は複雑な表情を浮かべて押し黙った。
沈黙した森に不安を覚えた島崎は、「何だ? 何です」と不安そうに尋ねた。
森は深いため息を吐きながら、島崎に言った。「島崎さん。あなた右利きですよね。ほら、右手でペンを持っている。あなたは辻さんを殺してなどいない。辻さんは背後からではなく、正面から犯人に襲われて亡くなっているのです。あなたはそれを知らなかった。辻さんを殺したのは、あなたじゃない。犯人は別にいる」
森の言葉に、島崎の顔から血の気が引いて行くのが分かった。島崎は晴彦がどうやって殺されたのかを知らなかった。晴彦を尋ねて行ったことは間違いないのだろう。だが、晴彦の死に直接、関与していない。
以降、島崎は二度と口を開かなくなった。
「島崎は犯人ではないのでしょうか?」石川が、当惑したように呟く。
「誰かを庇っているのでしょうね」
「島崎の身辺をもう一度、洗って見る必要がありますね」
「島崎と被害者との間に接点がないのなら、島崎と被害者の息子、勇太さんとの関係を洗って見てはいかがでしょうか。確か勇太さんは横浜の眼鏡屋で働いていたはずです。二人の間に、接点があったのかもしれません」
森の言葉に従って、勇太と島崎の接点を洗ってみたところ、勇太が勤める眼鏡屋の顧客リストの中に島崎の名前があった。しかも、島崎を接客した担当者が勇太だった。
家政婦の園田に、「勇太は頻繁に実家に戻って来ていたのかどうか」尋ねて見ると、園田は、「いいえ。滅多に、こちらに顔を出すことはありませんでした。長いお休みの時でも、戻って来ませんでしたね。こちらに泊まったのは、私がここで働き始めてから始めてだったと思います」と答えた。
勇太は「実家にはよく戻って来る」と言っていたが、どうやら嘘だったようだ。
実家と疎遠だった勇太が、実家に戻って来た途端、事件が起こったと言うことは、勇太の帰省と事件が繋がっている可能性を示唆していた。
森と石川は、再度、勇太から事情聴取を行うことにした。事件後、勇太は辻家に滞在を続けている。二人は辻家を訪ねた。
「ああ、刑事さん。犯人は見つかりましたか?」
勇太は気だるげな表情で二人を迎えた。年の割に覇気がない。若者らしく溌剌としてところが無かった。自白はあるが、晴彦殺害の確証が得られていないことより、島崎逮捕の情報は未だに公表できないでいた。
勇太は島崎が逮捕されたことを知らなかった。
森が客間のソファーに腰を降ろすなり、言った。「有力な容疑者を確保し、現在、事情聴取を行っているところです」
「へえ~そうですか。犯人が捕まったのですか」何故か、驚いた様子だった。
「まだ犯人と断定した訳ではありません。あくまで容疑者として、話を聞いているところです」
「はあ・・・」父親を殺害した容疑者が確保されたと言うのに、感心が薄い。
「容疑者の名前は、島崎忠弘と言います。辻さん、ご存じですよね?」
森が切り込みように言うと、勇太は「えっ?」と返事をした。
平静を装っているが、島崎の名前を聞いた瞬間、勇太が驚愕の表情を浮かべたことを石川は見逃さなかった。
「島崎はあなたが勤務する眼鏡屋の顧客でした。しかも、顧客リストには担当者としてあなたの名前が書かれていました」
「僕の名前が・・・ですか? さあ、一日に何人もお客様の相手をしますので、全てのお客様の名前を覚えている訳ではありません。言われてみれば、お客様の中に、島崎さんと言う方がいたような気がします」
「島崎を覚えていませんか?」
「う~ん、お目に掛かれば、思い出すかもしれません。お名前だけだと、ちょっと、思い出せませんね」
無口で愛想の無い勇太が、急に口数が多くなった。明らかに動揺している証拠だった。
「島崎は、あなたのお父さんを殺害したことを認めています」
勇太が目を見開いた。今度は驚きを隠そうとしていなかった。森は勇太の表情を観察しながら、話を続けた。「辻晴彦氏を殺害したと自白しているのですが、殺害の動機や詳しい殺害方法などについては口を噤んだまま黙秘を続けています。島崎がお父さんを殺害した動機について、何かご存じありませんか?」
「・・・」勇太は答えない。
森の顔をじっと見つめていた。
森は勇太の表情の変化を伺い続けた。やがて、森を凝視する勇太の目から涙が溢れて来た。ついに堪えきれなくなった勇太は、顔を覆って嗚咽を漏らし始めた。
「ああ・・・お父さん・・・」
石川には勇太のうめき声がそう聞こえた。
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