自白①

 捜査員たちの努力が実を結んだ。

 辻家を訪れた訪問者は、車に乗って辻家にやって来た。辻家へと向かう国道沿いにあるコンビニ、ガスステーション、交通カメラなど、防犯カメラの映像を集めた。辻家の私道への曲がり角には、訪問者が乗って来たと思われる車の轍が残っていた。鑑識が、タイヤ痕から車種を特定することに成功していた。そこで、防犯カメラの映像から犯行時刻前後の時間帯に映っている同一車種をピックアップした。

 結果、十八台が該当した。

 この十八台の該当車、一台一台について、ナンバープレートから所有者を調べ、捜査員が所有者を尋ねてアリバイの確認を行った。丹念にひとつひとつ、虱潰しに車の所有者を洗って行くと、一人の人物に行き着いた。

 横浜在住の島崎忠弘しまざきただひろという人物で、五十台後半、横浜に本社を置く電線メーカーの工場に勤務している。事件当日、午後七時二十六分に、辻家に最も近い交通カメラの監視カメラの映像に、島崎の運転する車が映っていた。そして、一時間半が経過した午後八時五十八分に、同じ交通カメラに横浜方面へ走り去る島崎の車が映っていた。

 一時間半の間に、島崎が何処で何をしていたのか、森と石川は事情聴取の為に、島崎の自宅に向かった。

 島崎は横浜区内のアパートで独り暮らしをしている。森と石川は、島崎が勤務を終えて帰宅する時間を見計らって、アパートを尋ねた。アパートの駐車場には、交通カメラの映像に残っていた車が停めてあった。

「最近はあちらの方向には行っていないと思います」と白を切っていたが、交通カメラの映像を印刷したもの見せられると、島崎は急に黙り込んだ。

 行きと帰り、二枚の画像を見せながら森が問い詰める。

「時間をご覧ください。ほら、午後七時二十六分にこれ、あなたの車ですよね。ナンバーを見てくださいよ。そして、ほら、午後八時五十八分の画像です。一時間半程経っていますね~あなた、何処で何をしていたのですか?」

 島崎は無言で目を伏せていたが、やがて顔を上げると、「刑事さん、私がやりました」と小声で言った。

「やった? 何をやったのです」

 森の問いかけに、島崎は、今度ははっきりと、「私が辻晴彦さんを殺害しました」と自白した。

 島崎はその場で緊急逮捕された。

 島崎の取り調べが始まった。取り調べには勿論、森と石川が当たった。

「何故、辻晴彦さんを殺害したのですか?」

「・・・」島崎は晴彦の殺害は認めるものの、殺害の動機や犯行の詳細について黙秘を続けた。犯行の動機について問い詰めると、「辻さんを殺害したのは私です。それで良いじゃありませんか? 一日も早く、私を刑務所に送って下さい」と言って、また黙秘を続けるのだ。

 森もこれには手を焼いた。

 いくら何でも、「辻晴彦を殺害した」と言う自白だけで、島崎を犯人として立件できる訳がない。動機や殺害方法の解明が必要だ。現時点では自白を除けば、島崎が事件当夜に辻家を訪れた可能性があるだけだ。

 証拠固めの為に、島崎の身辺調査が行われた。

 島崎は独身、一人暮らしだが、三十年前に、奥さんを病気で失っている。以来、再婚はせずに一人暮らしを続けている。埼玉の生まれで、大学を卒業後、今の会社に就職し、横浜に住み続けていた。

 辻晴彦との接点が、まるで浮かんで来なかった。

 世間が注目する事件とあって、県警は一刻も早く犯人逮捕の発表を行いたかった。だが、島崎は口を割らなかった。

 そんな中、鑑識から吉報がもたらされた。

 辻家の呼び鈴から採取された部分指紋が島崎の右手人差し指の指紋と一致したのだ。これで島崎が辻家を訪問したことは、間違いない。

 晴彦の書斎に残されていた「祇園精舎の鐘を返して下さい」と書かれたメモと封筒から指紋は採取できなかったが、筆跡鑑定を行ったところ、メモに残されていた文字と島崎の筆跡が一致した。メモは島崎が書いて晴彦に渡したものだった。

 森と石川は再び、島崎の取り調べに当たった。

 島崎は拘留生活で一気に老いが進んだようで、皺だらけの顔で、老人のように背を丸めて、取調室に姿を現した。

「島崎さん。あなたの指紋が辻家の玄関の呼び鈴から見つかりました。あの日、あなたは辻家を訪れた。間違いありませんか?」

 森の質問に、島崎は、「刑事さん。何度も言っている通り、私が辻晴彦さんを殺害したのです。殺害を認めている以上、辻家を尋ねたことを否定する訳ないじゃありませんか」と俯いてぼそぼそと答えた。

 島崎の言う通りだ。

「島崎さん。『私が殺した』と言う自白だけでは、あなたを犯人として送検することが出来ません。犯行の動機を聞かせてもらえませんか?」

「辻さんが憎かった。それだけです」

「憎かった? 何故、辻さんが憎かったのですか?」

「・・・」島崎は俯いたまま答えない。また、黙秘を続けるようだ。

 森は島崎に紙とペンを渡す。

「?」と島崎が疑問の眼を向けると、森は「ちょっと書いていただきたい文字があるのです」と言う。島崎がペンを持ったのを確かめてから、「祇園精舎って書いてもらえますか?」と頼んだ。

 島崎は右手でペンを持ったまま固まった。

「『祇園精舎の鐘』とは一体、何のことですか? あなた、辻さんに『祇園精舎の鐘を返して下さい』と言うメモを書いて渡していますよね? あなたの自宅から押収した手紙と筆跡鑑定を行った結果、メモはあなたが書いたものであることが分かっています」

「祇園精舎の鐘」が「平家物語」の冒頭に出て来る有名な一節であることは分かっている。そういう名前の骨董品でもあるのかと、捜査員が専門家に尋ねてみたのだが、「聞いたことがない」と言う回答だった。

「祇園精舎の鐘」が何であるのか、まだ分かっていなかった。

「・・・」島崎は黙秘を続けていたが、明らかに動揺している様子だった。

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