第5話「二問目」
「じゃ一番手は……ってまた真琴か。さっきの意味はちゃんとわかってるよね?」
呼びかけより早く手を挙げた真琴に、天野先輩は呆れ半分、心配半分といった具合の顔だ。
「いやいや! さっきのアドバイスでコツ掴みましたよ、俺は」
真琴は自信たっぷりにそう言うと不敵に笑う。
「今日のお昼、俺は購買のパンだったんすけど、事件当日の先輩方って弁当でしたか?」
わざわざ自分の昼メシまで言う必要あるか? と思ったが、そのほうが答えを引き出しやすいのか。この質問形式で黙秘はないだろうから、徒労と言えばそれまでだが。
ま、雰囲気作りとしてはアリか。俺もつい探偵口調になってしまったのもある。真琴が刑事のようになるのもさもありなん。
天野先輩はノートに『二週目 真琴「昼食は?」』とペンを走らせてから、質問に答えた。
「ん、昼は弁当だよ。僕も長瀬も、どっちも手作り弁当だ」
「おお! 料理できるようになったんすか、長瀬さん。天野さんに負けてらんねーって意気込んでた甲斐もあるってーか──」
まるで自分のことのように歓声をあげる真琴だったが──
「いや、どっちも僕が作った。参考にしたいから作ってくれって頼まれて」
「あー……やっぱそうっすか。……いやなんか、スンマセン」
俺の質問は終わりっす、どこかバツの悪い表情のまま真琴は締めくくった。
やっぱという感想がいの一番にくるあたり、長瀬先輩は料理が苦手なのだろうか。顔も知らない上級生をつかまえて勝手だが、少し雑な人と思っておこう。
というか、上手いな真琴のやつ。『昼食は弁当だったか』の質問に加え、どさくさの会話で『天野先輩の手作りだった』ことまで特定している。
真琴はいい加減な風で、これで意外と抜け目ないやつだ。ガサツなとこはたしかにあるが、馬鹿ではなかった。
むしろ、俺としては真琴よりももう一人のが心配である。
横を見ると、ちょうど質問内容を決めたらしく、手を挙げていた。
「はい、印南さん。どうぞ」
「最近──でなくともいいんですけど、長瀬先輩に何かプレゼントとかされました?」
続く二番手、印南から飛び出してきたのは、まったく予想だにしない質問だった。
「ふわぁ……。なんだそりゃ。よくわかんねー質問だなぁ。やる気あんのかぁ?」
あくび混じりに真琴がそんなことを言う。
わかるぞ、この時間ってどうにも眠くなるからな。昼休みを終え、ジッと座ったままの気だるい授業が二コマも続いたら眠くもなろう。体育なんかが午前にあったらなおさらだ。
うつりかけたあくびを噛み殺す。
「なに? 別にいいでしょ! あたしの推理には必要なのっ!」
疑る真琴を一喝する印南。落雷のような大声にビクついてしまった。おお、くわばらくわばら。
まぁ、真琴が疑うのも無理はない。俺もその質問の持つ事件との関連性が掴みかねている。
はじめ"最近"と時期まで限定しかけていたことから、印南は十中八九プレゼント自体はあったと考えているのだろうが……。
「えーと『プレゼントをしたかどうか』ってことだよね? うん、したね。少し前が長瀬の誕生だったから」
そう言うなり天野先輩はポケットからスマートフォンを取り出す。なにやら操作をすると、画面をこちらへ向けた。
液晶には大手のネットショッピングアプリの注文履歴。これは化粧品──いや香水だろうか。メタリックなキャップに淡い緑のガラスケース。洒落た物に馴染みがなさすぎて、俺の目には目薬にすら見える。
「最近プレゼントしたのはこれだね」
「あ、この香水知ってます! まわりにも使ってる子いますよ。石鹸の匂いしていいんですよね、ソープ? 的な」
どっちも同じ意味だろ、とツッコミかけたが堪える。長々とそのこだわりを披露されてもノイズになってしまう。
それはともかく、この質問でほぼ確定となったこともある。言葉の端々に滲む気安さ、それに加えて手作り弁当にプレゼント。まず間違いなくこの二人は付き合っている。
弁当を一緒に食べたり、プレゼントくらいなら友達でもするだろう。それが手作りだったり、香水なんて好みの別れそうなものでなけりゃ。
妹がいるからわかるが、普通は香水とか化粧品を他人のセンスに任せない。肌に合う合わないもあるし、なにより好みがある。実際、誕生日だからと妹に買ってやったクレンジングクリームは『合わない。いらない』と突き返され、今では母が使っている。
それらを鑑みて、二人はそれなりに深い仲だろう。……少なくともウチの兄妹よりは。
関係性は明るみになった。天野先輩の性格から、どんな展開を好みそうかってのもうっすらと見えてきた。
ほぼこれでチェックを宣言してもいい段階だ。
と、その前に。
「なぁ、長瀬先輩って繊細な人なのか? 潔癖症とか?」
対面の天野先輩──ではなく、こちら側に座る真琴へ問いかける。
「……ん? あぁ俺か。いやぁ、そんな感じの人でもねぇな。むしろ豪快な人だぜ?」
豪快、ね。うら若き女子をそんな風に評するあたり、持ち前のガサツさが発揮されている。
神経質でないなら、推理の一助にもなるか。まだ俺の妄想の域をでないが、少しだけ地に足がついた心地がした。
「そうか。じゃあ次に、長瀬先輩は──」
「ちょ、ちょっと待った!」
声を荒げた印南に割り込まれる。なんだ、やかましいやつだな。
「質問は二回までのはずでしょ!? なにを連投してんのよ!」
「質問の二回ってのは天野先輩に向けた場合だろ? なら長瀬先輩の人となりは、回数制限のない真琴に訊いたほうがいい」
だって、長瀬先輩については真琴も知っているのだから。正確ではないだろうが、わざわざ貴重な質問権を使うよりこっちのほうが合理的だ。
「おお〜……ってそれアリなの? なんか、ズルくない!?」
俺にも印南の雷が落ちた。わざわざ立ち上がって、こちらに身を乗り出してまで叫ばないでほしい。あまりの声量に俺だけでなく、真琴や天野先輩も肩を跳ねさせた。
「何を言う、ズルなもんか。そもそもだな、真琴と俺たち二人とじゃハンデがありすぎる。さっきの真琴の質問だが……お前、思いついたか?」
「え? ……そんなの、思いつかないけど。だって、あれはあくまで"真琴の推理を補足する質問"なんでしょ?」
印南はそう言った。天野先輩の助言はキチンと覚えていたようだが、やはりこいつはハンデを理解していなかったらしい。
「違う。俺が言いたいのはそういうことじゃない。真琴の質問は、ある程度の予測があった上で行った──いわば確認作業のようなものだろう」
どう役立つのかは知らんが、真琴の中では『長瀬先輩は料理をしない』というイメージがあって訊ねた。果たしてその通りだった。先の質問は明らかに事前知識から成り立っていたわけだ。
「現にお前だって。ピンとこないから、長瀬先輩についての質問だったんだろ」
「それはそうだけど……」
図星を指されたにもかかわらず、まだ俺の抜け道に抵抗があるらしい。変なところで公明正大なやつだ。真に公平を気取るのなら、俺たちの間にあったハンデを是正すべくなおさら質問すべきだろうに。
「まぁまぁ。印南さん、ここは伊澄くんの言う通りだよ。出題しておいて申し訳ないけどね」
出題者本人である天野先輩の後押しもあって、ようやっと印南が元の席に腰を落とした。
天野先輩がそこまで抜けているとは思えない。長瀬先輩と面識がない俺たちでも、十分真相には辿り着けるのだろう。それはそれとして、貰える物は貰っておく。悲しみと困難以外は喜んで受け取る所存だ。
「だそうだ。俺は真琴に訊いてから、天野先輩に質問する」
「……それはそれでズルいじゃん。あたしだけ不利な状況で質問しちゃってるし」
気づかれたか。真琴の質問ターン終了後に発言してもよかったが、あえて印南の質問が終わるまで待っていた。
これは勝負でないにしろ、ちょっとは出し抜きたいからな。少しだけよく見られたい、健康診断でする背伸びのようなものだ。
さて、気を取り直して質問を──
視線。どこか恨めしいような、卑怯者を糾弾する抗議の目が注がれていた。
……印南だ。それに加えて、真琴までも白い目を向けていた。
「伊澄がズルいと思う人」
そう言って、印南は挙手。つられるように真琴の手も上がる。四つの眼に白眼視され、どうにも据わりが悪い。
「……わかったよ! もう真琴には訊かない!」
ついに俺まで手をあげた。お手上げだ。
降参。銃を突きつけられた犯人のよう、ホールドアップを強制された。暗い目論見を喝破されたヤケだ。いっそ、このまま天野先輩に質問してしまおう。
「天野先輩、質問というか一つ確認です。長瀬先輩が発見されたのは、ちょうどこのくらいの時間ですよね?」
「そうだね。あちらこちらで部活動が始まって、一時間経たないくらい。そのくらいの時間だ」
やはり、か。舞台が部室なのだから、おそらくは部活の時間とは考えていた。一応、長瀬先輩をどうにかして部室まで運んだ線もなくはなかったが、それも今消えた。
全てはこの現場で起こったこと。俺の想像というか、推理通りだ。これで全員の前で披露することができる。
……発表も、トリを貰えないだろうか。
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