第6話「推理〜芦川真琴の場合」
「発表も、まぁ俺からでいっか──犯人は天野さんだ」
そういって真琴は、質問時にされたの仕返しとばかりに天野先輩を指差す。本来であれば後輩の行動としては失礼にあたるが、今は違う。
探偵──いや真琴はどちらかといえば刑事だろうか──ともかく謎の解き手なのだ。
真実に迫る人間は、往々にして何かを踏み躙ることが許されていた。
「……ま、そうなるか。その心は? まさか"勘"なんて言わないよな?」
三文小説にでてくる犯人のように居直る天野先輩。演技派だな、この人。
印南が言っていたTRPGって概念についてはついぞ理解できなかったが、みんなで雰囲気すら作り上げるというのはこういうことかもしれない。
横目でそのやり取りを見つつ、ぼんやりどういったスタンスで参加しようかと考えていた。そんな俺のことなど露知らず、真琴の推理は展開されていく。
「そもそも宗次郎も晴香だって長瀬さんのことを知らないんスよ。その時点で俺か天野さんの二択。んで、俺はやってない。だから残った天野さんになります」
「……ねー芦川。言いたいことはわかるけど、ちょっと推理がメタすぎない?」
印南がいかにもアホらしいといった顔で茶々を入れる。メタを指摘する発言自体がメタという、なんともメッタメタのとんちき構造。
あっさりと机上に広げた第四の壁を破った印南に、やる気を削がれた真琴が言葉を返す。
「なんでだよ。部外者の線もあるけど、わざわざ学校の──しかも部室で殺害するなんてのは考えにくいだろ? 小柄な長瀬さんでも運ぶのはキツい。なら可能性を広げても、せいぜい学内の誰かだ」
言葉足らずというか、真琴は触れていないが人一人抱えて校内をうろつくのも嘘くさい。放課後とはいえ部活動も盛んなことだし、目撃される可能性を考えればそんな事とてもできない。
長瀬先輩は自分の足で部室まで来た、もしくは呼び出されたと見るのが自然だろう。
「そしてその中だと俺か天野さんしかいない。んで、俺はやってない。だから天野さんが怪しい」
筋は通っている。傷がないことから場当たり的な犯行は棄却され、残るは順当に考えて毒物などを用いた計画性のある犯行だ。理由としては怨恨なんかが筆頭だろう。
とくれば、知り合いを探るのは妥当な捜査だ。今回は
「……なるほどね。思ったよりはロジカルだ」
天野先輩はそう言うと、深く座り直した。
「じゃあ聞くが、仮に僕が犯人だとしてどうやって長瀬を殺したんだ? 傷はなかったと教えたはずだけど」
お、犯人っぽい。天野先輩が二時間サスペンスで見たのうな動きをしている。開き直りつつ、推理の粗探しをして上手いこと重箱の隅を突ければ否定できるってムーブだ。
対峙する真琴は天野先輩の切り返しにも動じず、落ち着き払ってこう言った。
「弁当は手作りだったらしいっスね。作った本人なら、少し細工するのも簡単なはず。天野さん料理上手だし、混入しちゃマズイ野菜とかも知ってるでしょ」
天野先輩の手作り弁当。それが真琴の導き出した"凶器"だった。
混入しちゃマズイ野菜、そんな言い方だとパセリとかに思ってしまう。あのエグいとも苦いとも言えない風味がなんとも……。
と、俺の好き嫌いはさて置いて、まぁここで言うマズイというのはまんま毒草だな。
たしかに中には弁当に混入させてもおかしくないのがある。たびたびニュースなどで報道されているのを見たことがあった。
たとえばゴボウとチョウセンアサガオとか。どちらも根の部分が似ており、調理されたなら尚更見分けもつかないだろう。他にもニラとスイセンなどよく間違えて食べられる例があり、誤食しやすい毒草は意外とありふれている。
主婦も見間違える毒草を、それも調理済みでよこされる。そんなの料理ができないらしい長瀬先輩には見破れるはずもない。恋人関係にある天野先輩が作った物を、疑いもせず食べたのだろう。
……作り話とわかっていても、天野先輩に少しイラッときてしまうな。恋人を裏切り、あまつさえその命を奪うなんて。
ドラマで悪役を演じた俳優がイメージダウンするのも頷けよう。
「毒物なら、死亡までの時間を大まかに操作できるんじゃないスか? 体重とか知ってるなら、より正確に。そんで、部室にはあらかじめ来るよう誘っておいたとか……」
真琴も同じく長瀬先輩が誘い出された可能性を疑っていたようだ。
また、体重なんてのは乙女の秘密であるが、恋人ならば何らかの拍子で知り得るかもしれない。
「毒か。けど毒殺というなら、どうして発見場所が部室である必要があったのかな? もっと遅らせて、帰宅してからでもいいだろう。ここは今や二人きりになってしまった部活だし、すぐに僕が疑われるじゃないか」
天野先輩が饒舌に、真琴の推理にある粗を探そうと撫で回す。天野先輩が犯人だとすれば、自ら他の容疑者候補のいない場所に誘う必要があるのだろうか。そんな、敢えて危険を飲み込んでまで呼び出す"利"が──
「それは結構悩んだっスね。けど、ちょっとした自信があったんじゃないかって考えました。自分は容疑者から外れるって自信が」
真琴はやおら立ち上がり、ゆっくりとした歩調で天野先輩の後ろへと回り込む。
「部活の鍵は職員室にある。まったくの無人なんてことはなく、誰かが絶対にいる。そこで天野さんは気だるげにこう言うんスよ。『はは、ちょっと食あたりしたみたいです』って」
座り続ける天野先輩の耳元に寄せて、わざとらしく真似してみせた。えらく嫌味ったらしい刑事さんだな。
真琴は顔を近づけたまま言い捨てるよう、
「カモフラージュっスよ。おんなじ弁当食べておいて、先輩だけ無傷ってのは怪しいでしょ。だから自分も口にする。小柄な長瀬さんは殺せるが、天野さんなら死なない程度の毒をね」
体重が変われば致死量も当然変わる。
立ち上がった天野先輩が真琴より少し低いくらいだから、一七〇センチを超えるくらいか。目方のほうもそう太っていたり筋肉質な感じはしないから、おおよそ六〇キロと少しくらい。
長瀬先輩のことは存じ上げないが、真琴の言葉を借りるならば小柄らしい。女子で小柄、仮に一五〇とすれば平均体重が五〇キロ強くらいだ。
五〇キロと六〇キロでは致死量も変わってくる。変わってはくるが──
「待てよ真琴。それは乱暴じゃないか? いくら体重致死量が変わるって言っても、あくまで目安だ。そこには振り幅がある。下手すると長瀬先輩が生き残って、天野先輩だけ死んでしまうかもしれないだろ」
おぉ、我ながら自然体のままの名演技だった。これは助演男優賞モノだ。機会があれば演劇部にも入部してみようか。
ウンザリした顔で振り返り、姿勢を直す真琴。きっと俺の演技の出来ではなく、物言いの内容に嫌気がさしているのだろう。
「ンだよ宗次郎までツッコミやがって。……別に全部を食べる必要はないだろ。少し食べて残せばいい、苦手だった〜とか、理由つけてな」
しっかり躱されてしまった。……見切り発車の言いがかりだったとはいえ、なんか悔しいな。
「けど、それじゃあ結局ダメだな。外傷がなければきっと解剖に回されるし、そこで毒物が検出されれば僕が盛ったとバレてしまうだろ」
天野先輩はパイプ椅子の背に体重を預けてふんぞり返り、隣に立つ真琴を睨み上げる。
その視線を受けた真琴は、すぐさま涼しい口調のまま言い返す。
「そうっスか? いや、俺はお二人を知ってるから別ですけどね。多くの人は二人で一緒に弁当を食べたって聞いたら、きっと勘違いするんじゃないっスかね──」
剣呑な目つきの天野先輩をまっすぐ見つめ返して、真琴が一言。
「『あぁ弁当は女の子の手作りだよな』って」
俺は真琴の言葉にハッとする。
あぁ、そうか。俺たちはさっきの質問で天野先輩の手作りであると知っているが、傍からすれば女の子の手による物と思うか。ジェンダーロール的な偏見による盲点だ。
「──ふぅ。なんだよ、お前。心配させた割にいい感じじゃないか。出来た後輩だな、まったく」
真琴から視線を外し、天井に目を置いた天野先輩は誇らしげにそうこぼした。
「……それは、自白と取ってもいいんスかね?」
天野先輩は何も言わず、後輩の推理に満足そうな顔をして頷いた。
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