第4話「一問目」
はまなす高校の一室。ミステリー文芸部なる珍奇な部活動にあてがわれた部室。
この部屋で架空の事件が起こっていた。
現場は密室。倒れているのは部長である長瀬先輩。俺たちはそこに入室してしまった。そんな状況である。
これが俺たちに課せられたお題だった。
自分たちで生み出した謎について考察する。さながらミステリー愛好家ではなく推理作家だ。ここはミステリー"文芸部"であるから、的外れな活動でもないんだろう。
今からそれぞれ二回まで質問をして、謎に迫るパートだが、二人とも浮かない顔をしている。いや、俺も含めて三人ともか。見学者は一様に感覚を掴めずにいた。
「まずは一周目の質問から行こうか。トップバッターは誰から始める? そう身構えなくてもいいんだよ。所詮は空想だからさ」
そう言った天野先輩の目がぐるりと俺たちを見回す。軽い気持ちで、と言われても難しい。『夕飯は何でもいい』と答えられた母の気持ちが少しだけわかった気がした。もうレンガでも食ってろと言いたくなる。
「あー。んじゃ俺からいいスか?」
質問の一番乗りは意外にも真琴だった。天野先輩は頷き、手を差し伸べて促す。
「凶器って何すか?」
「あぁ、大事だね。けど、明確に教えて答えを限定してしまうのも面白くない。……ここはそうだね。"長瀬に一見して外傷はない"としておこう」
天野先輩はノートにペンを走らせ『外傷は見当たらない』と書き記した。
答えを限定させない。……相当に歪だ。推理会ならではだな。これが普通の謎解きならば、どんどん一本の筋道に修正して真実へと辿り着くだろう。それが本道だ。
もっとも、本格的になりすぎても警察や科捜研がミステリーを解体してしまうだろうが。
「これは質問にカウントしないで欲しいんすけど、凶器が秘密ってことは死因も教えてくれないんすよね?」
「うん、そうだ。それは言えない。ついでに、質問はイエス・ノーで答えられる物のほうが望ましいかな」
天野先輩はニヤリと笑みを浮かべる。そんな含みを持たせた微笑みなんて、見る女子によっては殺人事件モノだぞ。悩殺的な意味で。本当におっかない先輩だ。
……しかし、言えないと来たか。なるほどね。なんとなく見えてきた。
真琴の質問は推理会としては的外れだった。だが、決して考えが足りないわけではない。むしろ謎の解明に真摯に向き合った質問だ。あくまで推理会の趣旨からは外れてしまっていただけ。
この謎は大きく分けて二つある。
一つ、なぜ長瀬先輩が倒れていたか。
二つ、密室はどのようにして作られていたか。
真っ当に推理をしようとすれば、この疑問を掘り下げていく質問になる。
そして真琴は一つ目に関して触れたわけだ。当てずっぽうでなかったお陰で感覚が掴めた。
ここで順当な疑問はアテにならないことがわかったからな。
これはあくまで推理をする集まり。先ほど天野先輩も忠告していたように、答えを探す場じゃない。"自分なりの推理"を披露する場なんだ。
とりあえず『窓枠やドアに擦った傷はあったか?』という質問を考えていたが、少し考え直す必要がある。
一から質問を練り直すべくノートに目を落としていると、同じく前のめりに覗き込んでいた印南と目が合った。
互いに『お前が先に質問して間を埋めろ』という意を込めて視線を交わす。…………よし、印南が先に逸らした。
「んー、はい! 現場の状況は、部室と同じなんですか? 事件後と事件前で変わってますか?」
根負けした印南は挙手と共に質問をぶつける。
俺に押し出され、急かされた割にいい質問だ。俺の頭によぎった"密室を作った仕掛け"なんかの痕跡を知れる。ただ、直前の質問で判明した推理会のスタンスに照らし合わせるとおそらく──
「特にはないかな。ずっと窓は閉まっていたし、中には長瀬がいたから鍵もかかっていた。そこは変わりないよ」
想像通りの答えだった。無駄ではないが、得るものは少ない。回答を絞ろうとする質問は暖簾に腕押し。やはり謎から真実に向かおうとする問いかけは、のらりくらりと否定されるようだ。
俺が一人納得した横で、印南が言いにくそうにトーンダウンした声で天野先輩に伺い立てる。
「えっと……。そもそもなんですけど、ここの鍵って内側からかかるんですか?」
「あぁ、そっか。新入生だと──いや、上級生も興味がないヤツは知らないか。スライド式のドアに関しては内側からかかるよ」
天野先輩は立ち上がり、扉の前へ向かう。
「二枚ある扉をきちんと合わせて、真ん中のスライドロックを上にあげる。内側からはこれで鍵がかかるよ。外からは鍵がないとまず無理だね」
銀色のロックがパチリと音を立てる。そのまま天野先輩が扉を引くと、錠の部分でぶつかった。当たる衝撃で少し浮くが、ほんの少し隙間を空けるくらいで止まってしまう。
わずかな隙間か。これを推理に組み込むのも面白いかもしれない。テグスのような物をスライドロックにひっかけ、上に引っ張るようにして引き抜けば密室くらいは作れそうだ。
「さて、一周目の大トリは伊澄くんかな?」
施錠を説明した天野先輩が着席する。……俺だけ後出しというわけにはいかないだろうか。
俺は喉に手を当てる。自分の首を絞める格好だが、決して自傷趣味はない。本当は首に手を添えたいのだが、印南に「イケメン気取り?」と言われてから自粛しているだけだ。
おそらく、そう難解な設問ではないはずだ。見学者向けと言っていたし、天野先輩の言葉を信じるならば
俺たちは何かを見落としている。あるいは、思い違いをしている。
この一周目もほぼ得るものがなかった。繰り返すが、二人の着眼点が悪いわけではない。
真琴は傷一つない体という謎を深掘りした。
印南は部屋が持つ密室の強度を再確認した。
悪くない。実に王道だ。ただ、歩くべきところが違うんだろう。俺が思うに必要なのは現場から辿る推理ではなく、結論から着地させる逆算だ。
天野先輩へまっすぐと向き直る。
「長瀬先輩は俺たちが来るとは聞いていなかった。そうですよね?」
「ははっ! まるで名探偵だね。いいよ、そのノリが正解だ」
天野先輩は少年のように歯を剥いて笑う。俺の組み立て方がよほど痛快だったらしい。そう言葉尻を捕まえられると、芝居がかった口調に思えて気恥ずかしい。
「答えはイエス。長瀬は君らが訪ねて来るのは知らなかった。真琴がいつか来るとは思ってただろうけど、きっと今日から見学を受けつけてるってのも知らないよ」
部長はいい加減なヤツだから、と天野先輩。
まぁ当然だろう。今日こうしてこの部室にいるのも、気まぐれの多数決による偶然だ。こいつを予知していたら長瀬先輩とやらはエスパーだ。
ともかく、これで俺の推理に必要なパーツが一つ揃ったわけだ。勝負はこれから。残る質問権で、どこまでそれらしく固められるかだが……。
「二周目に入る前に、質問のコツについて明かそう。伊澄くんは気づいたみたいだけどね」
天野先輩が指を立てる。ピースサインの形だ。
「質問は原則イエス・ノーで答えられる物にする。他の方法を否定するのではなく、自分の推理を補強する為に使う。これが楽しい推理会の秘訣だよ」
そう言うと、天野先輩はこちらへ目配せした。
……この人、俺がどういう方向に持ってこうとしてるか気づいてるな? このやり取りだけで察せられるのか。
怖くない幽霊、恐るべし。
「そこを踏まえて、二周目と行こうか」
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