第3話「ミステリー文芸部へようこそ」

「ウチはミステリー研究会と文芸部が合併してできたってのは聞いてるかな?」


 天野あまの先輩の言葉に俺たちは頷く。真琴まこと曰く、人数不足からの併合だとか。人不足でまとめたのなら、部活名をもっとわかりやすい名前にしなければいづれ自分たちの首を絞めるだけな気もするが……。

 事実、天野先輩の代で音をあげてしまったわけだし。真綿にしても、ずいぶんと深くまで食い込んでしまったな。


 俺たちが『ミステリー文芸部』についてある程度の事情を承知しているらしいことがわかると、天野先輩はついに本題に言及する。

 

「そんなわけで、基本的な活動もミス研と文芸部を合わせたものだ。読書会との二つだね」


 推理会……? 読書会もピンと来ないが、また耳慣れない言葉だ。読書会は響きからするに、読み聞かせみたいなものだろう。こちらが文芸部の活動だとすれば、推理会はミステリー研究会のほうの活動か? 活動名から逆指名的なところはあるな。


「読書会はイメージつきやすいかな。お題の本を読んで、それぞれの感想を言い合う集まりだよ」


 ……俺が思ってたのと違った。

 しかし、天野先輩の言葉に印南いんなみは頷いている。どうやらこちらの言葉は常識の範疇だったらしい。俺と真琴だけがテーブルの下でこっそり膝を打った。


 いや、お前は聞いてるんだから知っていろよ。


「ま、問題は推理会だよね。推理会では、架空の事件をみんなで推理するんだ。とかね」


──殺人事件。まぁミステリーの花形だな。それ以外の暗号や謎解きもあるにはあるが、一番多いジャンルは殺人だろう。テレビ好きな主婦から、読書家まで。手広く扱われるジャンルであり、毎日どこかの物語では誰かが死んでいる。

 もし、創作物のキャラクターに心があれば作者に対して憤るのだろうか。小説に対して読書という形でのみ向き合ってきた俺は、ふとそんなことを考える。


「んんー? あたしイマイチわかんないんですけど、それってTRPGみたいなことですか?」


 印南がわけのわからん単語を口にする。

 RPGと言うからには、なんかゲームの話か? 耳慣れない横文字ってのはどうも"意識高いビジネス用語"みたいで好かん。昨今の『なんでもかんでもカッコつけてカタカナを使いたがる風潮』には、個人的にディスアグリーを貫いていた。


「イメージとしては近いね。相談しながら、って感じではないけど」


 待て、相談だと? ゲームで相談しながら進むのか? TRPGとは、パーティーゲームみたいな物なんだろうか。

 印南にそのまま聞くと『そんなことも知らないの?』と煽られそうなので、チラリと隣に座る真琴を見る。

 ダメだこいつ。ぽっかりと口を開けている。はぁとかへぇとか空気の抜けるような音を漏らすばかりだ。萎んだ風船ほど役に立たんものもない。

 まぁ、俺も知らなかったのだから真琴のことは言えないか。


「なぁ、そのTRPGってなんなんだ?」


 やむなく最初に言い出した印南に問いかける。俺だけが馬鹿にされる展開じゃなさそうなのが唯一の救いだ。


「えーと……なんて言ったらいいかなー。その──」


「テーブルトークRPGってヤツだよ。ルールブックと仕切り役が居て、話し合いながら物語を展開していく遊びさ」


 答えあぐねる印南に代わり、天野先輩が答えてくれた。まるで、俺が敬語も使わずに訊ねる不遜なヤツみたいじゃないか。


 それはそれとして。話し合いで進めていく推理、ねぇ……。

 推理会とやらの輪郭が朧げながら見えてきた。


 一人が出題者となり、謎を提示する。参加者は各々推理をして、それを発表し合う。大方そんなところだろう。


「今から推理会のお試しをやろうと思うけど……。今回はわかりやすく、俺たちとこの場所を使おうか」


 舞台はこのミステリー文芸部。登場人物は俺たち三人と、天野先輩か? 俺たちは互いの顔を見合わせる。妄想の中でなければ事件に巻き込まれそうもない、普通の高校生だ。それが普通だ。中学時代のいざこざがおかしかっただけだ。


「始めにことわっておくと、解釈に正解はない。矛盾なんかを指摘するのは結構だけど、決して否定はしないこと」


 天野先輩が推理会における注意喚起を表明する。人の少ない部活でわざわざギスギスするような形にはしない。思った通り"熱血なミステリー"ではなさそうだ。俺は一人胸を撫で下ろす。


「どんな解釈でもいいし、言外からヒントを拾ってくるのもアリだ。その上で言うなら、僕が出題するってのも推理の手がかりになるかもね」


 そう言うと、人差し指を立てる。


「では、状況を説明しよう。場所はこの部屋。僕たちが入っていたら……長瀬が横たわっていた。この状況を想像して」


 あなたは鍵を開け、スライド式のドアを引き、部室に入る。

 目に入るのは、ピッタリ合わせられた長机が二台。パイプ椅子が六脚。本棚が二つ。──そして、ボブカットの女子生徒──ここの部長である長瀬だった。

 直前まで座っていたのだろうか、彼女はパイプ椅子を三つ使って横倒しになっていた。

 あなたは不意に息苦しさを感じ、窓を見る。ストッパーが上げられており、鍵までかかっていたことがわかる。また、そのガラスからは暖かな陽射しが注ぐのみで、穴が空いていたりもしない。

 この部室はあなたが入ってくるまで窓は閉められ、施錠もされただった。


「と、謎はこんなもんかな。細かい描写なんかは聞かれれば掘り下げていくよ」


 天野先輩はそう言うと、ノートを取り出す。授業で使うようなA4サイズのノートだ。表紙の角もピンと立っており、見た限り新品のようだ。


「これは軽いメモ書きで……。まぁあとで見返す議事録みたいなもんかな」


 ページをめくり、ペンを走らせる。『部室、長瀬桃ながせもも、密室空間』。天野先輩は今回のシチュエーションを書き留めて、こちらへ向き直る。


「あまり多いとこんがらがっちゃうから、それぞれ質問を二つまでどうぞ」


 なるほど、質問回数に限りがあるのか。そりゃあ何回も訊けるなら陳腐化もするか。

 これは思ったよりゲーム性がありそうだ。

 こうして、俺たち三人の推理会が始まった。

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