寂しい時

たたみや

第1話

「やっぱライブはいいな。会場の風に触れるってのはさ」

「会場ですき間風なんか吹かねえんだよ!」

「そんな風に言うなよー」

 三橋ジロウと深川ジンが舞台袖でひそひそ話をしていた。

 彼らは『カニカマ工場』というコンビ名でお笑い芸人をしている。

 そんな話をしていると、彼らの出番がやって来た。

 カニカマ工場の二人が颯爽とステージへ向かう。



「こんにちはー、カニカマ工場でーす!」

「「おしっ!」」

「なあジン、急に寂しくなる時ってあるよな?」

「急にどうした? 確かにそういう日もあるけどさ」

「じゃあ知り合いから教えてもらった夜の店の話でもしようか」

「いらねえよそんなん! それよりもさ、もっと現実的な対処法がいいぜ」

「あー、対処法が聞きたい?」

「これは正直聞きたいな。俺らって職場で出会ったから、お互い連れは別々にいるし。いつも一緒とは限らないからな。ジロウは寂しい時どうしてるんだ?」

「寂しい時はとっとと寝るに限るね!」

「確かにこれは手っ取り早いかもな。たださ、そういう時って中々眠れないことってあったりしないか?」

「ウーパールーパーが一匹、ウーパールーパーが二匹」

「そこ相場は羊じゃねえのか? よりによって数えにくいの選んでさー、ジロウは他に寂しさを紛らわす方法知ってたりしねえのか?」

「俺その点についてはバッチリなんだよなあ。両脇にマイメロとクロミのぬいぐるみ抱えて寝てるから」

「やべえ奴じゃねえか! メルヘンでメンヘラなおっさんほどやべえ存在ってねえぞ! ジロウあれだな、そのうちシナモンロールとかにも手を出しそうだな……」

「シナモンロールのぬいぐるみは以前一緒だったけど、さよならしちゃった。寝汗のせいか臭いがひどくてねえ」

「それお前の寝汗なんだよ! 気持ち悪いなあ」

「おっさんと同居してるみたいで嫌になった」

「だろうなあ。アドバイスしてもらって悪いんだけど、ぬいぐるみとか抱き枕の類は俺に向いてなさそうな気がするわ。ジロウは他に何か対処法ってある?」

「そうだなあ。散歩に出かけるかなあ」

「なるほどねー、散歩はいいかもしれないね」

「ストリートキング気分を味わいたくてさ」

「それ犯罪じゃねえか! アウトだわそんなん」

「ジンが凄くケチをつけてくる」

「そりゃそうだろこんなん聞かされたらさあ!」

「そんでお腹が減ったらファミレスに入ってさー」

「何でそうなるんだよ! ジロウお前あれだな、にわかだな?」

「えーどうしてさー」

「寂しい時にそんなカップルやファミリーがいるようなところに行かねえんだよ!」

「そこは小腹を満たさないと」

「じゃあ余計にファミレス行く理由がねえよ! それだったら冷蔵庫にあるもんで何とかするわ!」

「でもさあ、散歩って結構いいことあるよ。この前だってさあ」

「実体験か、どんな話なんだよ」

「夜風に吹かれながら道を歩いているとさ、後ろから」

「後ろから、知り合いでもやって来たのか?」

「後ろから人がやって来て『ハロー』つってさ、俺の脇腹刺してくるわけ!」

「通り魔かよ! やべえ奴じゃねえか!」

「それで寂しさがまぎれたからいいとして、問題は脇腹に刺さったナイフだよな」

「全部問題しかねえじゃねえか! 通り魔で寂しさ紛らわせようとするお前も大概だけどさ」

「それで、近くの人が警察と救急呼んでさ。俺は救急車、そいつはパトカーに入っていったんだよ」

「運が良かったな。助けてくれた人がいて」

「その時俺は叫んだよ!」

「色々あり過ぎたもんな、無理もないぜ」

「ああ、イヤー! 二人を引き裂かないでー! 俺を一人にしないでー!」

「どうなってんだよお前の精神状態は! 警察も救急もドン引きだぞ! 寂しさで精神状態がヤバくなっちまったのか?」

「それで新しい出会いがおじゃんになってしまったんだけどさ」

「そんな怖い話出会いにカウントしたらダメだろ!」

「それで、結局なんだけどさ、今は寂しいと『いのちの電話』で相談員さんと話してるんだよね」

「まともな選択肢だな。どんなアドバイスもらったんだよ」

「そこで教えてもらった夜の店の話してもらったんだよね」

「最初に話してたやつそれだったのかよ! そんでお前『いのちの電話』のこと知り合いって言ってんのな!」

「ああ寂しい、誰かがそばにいてくれそうな場所。ファミレス行くか」

「そういう時にファミレスはやめとけ! もういい終わり! どうも、ありがとうございました」



 カニカマ工場の漫才が終わり、会場は多くの笑いと拍手に包まれた。

 やはりライブで浴びる笑いと拍手は心地いいものだ。

「ちょっと気持ち悪いネタだったかもな」

「でもまあ思ったよりは何とかなったんじゃない?」

 深川ジンと三橋ジロウがネタを終えて、それぞれの感想を交わした。

 ネタに対して思うところはあったものの、大方思ったようにはいったらしい。

「まだまだネタ作って、やんないとなー」

「そりゃそうだ」

 カニカマ工場の二人は、これからもステージに挑み続けることだろう。

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寂しい時 たたみや @tatamiya77

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