フワモコ狂四郎 【読み切り】

五平

モフンダム、大地に立つ

「くそう……! 俺はモフモフしたいだけなのに!」


京田狂四郎は、路地裏の壁にもたれかかり、天を仰いだ。彼の胸には、癒しと安らぎを求める純粋な欲求が渦巻いている。だが、現実は非情だった。街は今日も、クールでスタイリッシュなファッションを推奨し、モフモフしたアイテムは「子供っぽい」と一蹴される。


路地の隙間で、古びた白熊が眠っていた。触れた指先に、湿った毛のぬめりと、日なたの残り香。首元の小さな鈴が「きゅいん」と一度だけ鳴る。


狂四郎は笑った。「毛玉は渦だ。人の心を巻く渦だ」


彼は心の中で叫びながら、その着ぐるみを手に取った。ずっしりとした重みは、安物の着ぐるみとは違う。

まるで、長い眠りから覚醒した古の戦士のようだ。

いや、待てよ。戦士? 着ぐるみ?

この妙な組み合わせに、狂四郎の思考は暴走を始めた。


(戦士の魂を宿した着ぐるみ……『モコモコ・ソウル』ってやつか? だとすれば、これを着れば俺はフワフワ最強戦士になれるってことか!? いや、それより、この子の名前はなんだ? 白熊だから『シロクマ・モフンダム』……いや、『シロクマ・ザックモコ』か? いやいや、待て待て。あれはロボットだろ。これはフワフワだ。じゃあ……『白クマ丸』だな! 語呂もいいし、なんか日本の伝統って感じがする! よし、お前は今日から白クマ丸だ!)


そしてかぶった瞬間、裏地の汗ばむ冷たさと一緒に、世界がモフに変わった。


(なんだこの感覚は……? 毛並みが、俺の肌に直接訴えかけてくる……! ああ、なんて優しい感触だ。これはただの繊維じゃない。これは……愛だ! フワモコの愛だ!!)


彼は感動に打ち震え、その場でくるりと一回転した。すると、どこからか「きゅいん!」と、愛らしい鈴の音が響く。その音を合図に、狂四郎の内に秘められたフワモコパワーが覚醒する。彼は突然、全身をモフモフさせながら、その場をジャンプ!


「フワモコォォォォォォッ!!」


狂四郎の叫び声が、路地裏にこだました。彼の熱い想いと、白クマ丸の持つ伝説の力が、今、一つになったのだ。


(さて、このフワモコパワーを試す場所はどこだ……? いや、フワモコパワーを試すってなんだよ!? 俺はただ、モフモフしたいだけなのに! しかし、この身体に漲るパワーは……抑えられない!!)


彼はもはや、ただの高校生ではない。そう、彼は**「フワモコ狂四郎」**として、この平和な街に、癒しと混乱を撒き散らすことになるのだった……。


---


「なんだあれは……!」


狂四郎は、たまたま立ち寄った街頭ビジョンの前で、立ち尽くしていた。そこに映し出されていたのは、巨大な着ぐるみ同士が激しくぶつかり合う、信じられない光景だった。


『着ぐるみ格闘技フワモコ・ファイト! 今や世界的スポーツとなったこの競技は、可愛いフワモコたちが、その毛並み、体格、そして隠された必殺技で最強の座を争う、究極のエンターテイメントなのです!』


狂四郎の心臓が、ドクンと大きく鳴った。フワモコが、戦っている……!

しかも、ただの着ぐるみショーではない。観客は熱狂し、選手は真剣な表情で相手と向き合っている。


(フワモコ・ファイト……! なんだ、そんな素晴らしい世界がこの世にあったのか!? 知らなかった! これは俺が探し求めていた場所だ! モフモフが正義で、モフモフが最強を決める世界! なんて崇高なんだ! ああ、この感動は……涙なしでは語れない! 俺は今、フワモコを通じて、人類の絆を感じている!)


『フワモコ・ファイトは、出場選手を緊急募集しています!』


彼は迷うことなく、着ぐるみのまま受付へと走り出した。


---


狂四郎は、フワモコ・ファイトの受付に到着した。受付の女性は、ボロボロの白クマ丸を見て、目を丸くしている。


「あの、参加希望なんですが!」


狂四郎が熱く語りかける。


(スペックだと? この白クマ丸は、スペックで語れるような存在じゃないんだ! これは、古から受け継がれしモフモコスピリットの結晶だ! いや、ちょっと待て。スペックって何だ? モフモフ度? 圧縮率? いや、それより、俺の名前は……京田狂四郎。だが、この着ぐるみに入った俺は、もはや京田狂四郎ではない! そう、俺は……フワモコ狂四郎だ!)


「俺の名前はフワモコ狂四郎! そして、こいつは白クマ丸だ!」


狂四郎の宣言に、受付の女性は苦笑いを浮かべながらも、書類を受け取った。


「分かりました……。それでは、前哨戦として、公開スパーをお願いします!」


狂四郎の対戦相手として現れたのは、全身がトゲに覆われた、サボテンの着ぐるみ、その名も**トゲトゲ丸**だった。


「公開スパー、三十秒だけな!」


審判がルールを告げる。「抱擁は三秒でブレイク、刺突は禁止」


(抱擁は3秒カウント……! そうか、この世界では、モフモフが武器だから、無闇に相手を癒やしすぎると反則になるのか! いや、待て待て。抱擁を武器にするってなんだよ! まるで、愛が凶器みたいじゃないか! いや、でも、愛は時として相手を傷つける……? いやいや、違う! 愛は癒しだ! 俺は愛を、そしてモフモフを証明してみせる!)


鈴が鳴る。


狂四郎は一歩目で毛を摘む。「毛玉バースト!」


ふわり。白い渦が照明に舞い、子どもの歓声がひと拍置いて膨らむ。視界を奪われたトゲは自爆寸前、そこでブレイク。


実況が叫ぶ。「これは、可愛さを武器に変える新星だ!」


---


狂四郎は、見事なパフォーマンスで観客の心を掴んだ。しかし、彼の目の前に、威圧的なオーラを放つ影が現れた。それは、鉄骨と鋼板でできた、いかにも重そうな着ぐるみ、**鋼鉄モコ**だった。


「待て」


その鋼鉄の着ぐるみが、受付の女性に冷たく言い放つ。


「この男の相手は、私がしよう」


(鋼鉄モコ……! フワモコの世界に、鋼鉄で挑む男! なぜだ!? なぜそんなに頑ななんだ!? 君の心も、きっと鋼鉄のように冷たいのか……? いや、違う! 君は本当は、誰かに優しく抱きしめられたいだけなんだろ!? 俺には分かる! なぜなら、俺はフワモコのプロだからだ!)


狂四郎の熱い視線に、鋼鉄モコは動じない。


鋼鉄モコは兜の奥から短く言う。「俺は柔らかさで負けた。だから硬さを選んだ」


その一行で、会場の空気が固まる。誰もが、その言葉の重みに息をのんだ。


「貴様のような軟弱なフワモコに、この鋼鉄の強さが理解できるか! この世は、強くなければ生きられない! それが、私がたどり着いた答えだ!」


「違う! 強さとは、硬さではない! やわらかさだ!」


狂四郎と鋼鉄モコの、価値観をかけた戦いが、今、始まった。


---


舞台は、フワモコ・ファイトのリング。狂四郎は、ボロボロの白クマ丸の姿で、チャンピオンである鋼鉄モコと対峙していた。


ゴングではなく「モフモコベル」が鳴り響く。可愛らしい鈴の音に、狂四郎のテンションは最高潮に達した。


「さあ、来い! 硬いだけの男よ!」


狂四郎の入場を終え、いよいよ試合が始まる。リングの四隅に設置された巨大な加湿器から白い霧が立ち込め、照明の光を柔らかく反射させた。その中を、モフモフした紙吹雪が舞い落ち、狂四郎の足元を埋めていく。


「フワモコ狂四郎、入場です! 彼に巻き起こるモフの嵐、見逃せません!」


実況の声が会場に響く。対する鋼鉄モコは、その場で微動だにしない。鉄の匂いと熱が周囲に立ち込める。


「喰らえ! **鋼鉄(メタル)・インパクト**!」


ズシン!という鈍い音を立てて、鋼鉄の拳が狂四郎に迫る。狂四郎はそれを、素早い動きでかわした。


(危ない! 今の技、まともに喰らったら、フワモコが台無しになるところだった! いや、待てよ。鉄の拳……そうか! これって、某有名ロボアニメに似てね? ああ、これって『某有名ロボアニメ』のオマージュだったりするのか!? いや、考えるな! 冷静になれ、俺! 俺が考えるべきは、フワモコのことだけだ!)


狂四郎は、思考の暴走からなんとか現実に復帰し、彼は鋼鉄モコの懐に潜り込むことに成功した。


「フワモコは! こんなもんじゃねえんだ!」


狂四郎は叫ぶと、必殺技**「フワモコ・インパクト」**を発動した。観客席の子供たちやおばあちゃんの「可愛い〜!」という歓声が、狂四郎の身体に流れ込む。


(観客の「可愛い」という感情が、俺のモフモコパワーに変換されていく……! これは……愛のエネルギーだ! 愛は最強の武器だったんだ!)


狂四郎の身体から、柔らかな白いオーラが溢れ出す。


「必殺! **モフモコ・スリープ**!! 第一段――抱擁角度四十五!」


鉄の肩を包む。冷たい金属の感触が、狂四郎の腕に伝わってくる。


「第二段――呼吸、同調」


狂四郎の腹が上下し、金属の胸板が遅れて追う。


「第三段――鈴、同期」


「きゅいん」。単音が観客席で増殖し、子どもたちの高い声、女性の優しい声、そしておじいちゃんの唸るような声が重なり、幾千の「かわいい!」が渦になる。


硬さは、渦の中心で眠った。


そして、鋼鉄モコはリングに倒れ、スヤスヤと安らかな寝息を立て始めた。


狂四郎は勝利した。だが、そこに勝敗はなかった。

あるのは、フワモコがもたらした、究極の癒しだった。


着ぐるみバトルは、ただの競技から「世界を癒やす平和の祭典」へと昇華した瞬間だった。


試合後、狂四郎は鋼鉄モコの中の男に歩み寄った。


「君、名前は?」


「……タツヤだ」


「タツヤ君、君の鎧はもう必要ないんだ」


狂四郎がそう言うと、タツヤは涙を流した。


「ああ……分かっている。ありがとう……」


タツヤは、静かに鋼鉄の着ぐるみを脱いだ。その顔は、まるで生まれたての赤ん坊のように、穏やかな表情をしていた。


狂四郎は、白クマ丸の着ぐるみを脱ぎ、タツヤにそっと差し出した。


「もし、またモフモフが恋しくなったら、俺を訪ねてくれ。フワモコは、いつでも君を待っている!」


タツヤは、狂四郎の言葉に頷き、そして笑った。その笑顔は、鋼鉄の鎧を着ていた頃の、孤独な表情とはかけ離れていた。


マットに落ちた白い毛が、掃き集められて小さな渦を作る。狂四郎はそれを見て、静かに言った。


「やわらかさで巻け。世界ごと」


狂四郎は、白クマ丸の着ぐるみを再び身につけ、リングを降りた。廊下の掃除係が、床に落ちた白い毛を拾い上げ、「これ、洗濯大変なんだよなぁ」と呟いている。そんな日常の小さな声が、この世界が少しずつ柔らかくなっていることを示しているようだった。


狂四郎のフワモコを求める旅は、今、始まったばかりだ。

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