3−2
「すーみんもそういうの、好きな人?」
「すーみん?」いや、今気にすべきはそこじゃないと思い直し、「そういうのって?」
「この事件の謎を解きに来たんでしょ? 〈人体模型階段から突き落とし事件〉の」
名前ダサっと漏らしそうになるのを澄乃は必死で堪える。そんな苦労を知るよしもないであろう美螺は、一人頷きながら言葉を続ける。
「やっぱ気になるよね。みんなその話してんだもん。なんか事故ってことで片付けられたみたいだけど、これは絶対事件だよね、事件。何かの暗号か、もしくは予告」
「そう——かもね」相手が自分を疑ってはいないことに安堵しつつ、澄乃は言う。「実相寺さんもそういうの好きなの?」
「うちのばあちゃんが推理もの好きでさ。よく一緒に読んだり観たりしてるんだよね。で、ああいう話聞くとビビビッってくるようになって。すーみんもそうでしょ?」
「うん、まあ……」
そう答えるや、いきなり両手を掴まれた。
眼球の大きさは全ての人間で同じ、という話を信じられなくなるぐらい大きな瞳が向けられる。輝きを湛えつつ深い黒をしたその眼の中に、澄乃は己の姿を見た気がした。
「うちら、仲間だね」
「仲間?」
「ここでこうやって会ったのも何かの縁だし、一緒にこの事件の真実を突き止めようよ」
「真実って……」
真っ直ぐに向けられる眼差しから逃げたくなる。だが、目を逸らせばその瞬間に疑われるようにも思えた。ここは退くより踏み出す方が得策と判断する。
「……そうだね。そういうのがあればだけど」
「よし、決まり」
ようやく手が離される。
「で、すーみんは何か見つけた? 手がかり的な」
「特に何も。もう全部片付けられちゃったみたいだし」
澄乃の言葉に美螺も辺りを見回した。
「手がかりなしかー。まあ、昨日の放課後のことだし、しゃーないか」
「実相寺さんは、この件についてどこまで知ってるの?」
「みんなが話してるのと同じだよ。昨日の放課後、ここで大きな物音がした。三階で練習してた吹部の先輩たちが降りてきたら、この踊り場に人体模型が転がってバラバラになってた。吹部の人たちは一階に駆け下りていく誰かの足音を聞いた。その降りていった誰かが犯人なんじゃないか——って、こんな感じ」
美螺が指折り数えながら話す内容は、澄乃が教室で耳にしたものと一致していた。
「やっぱり、誰かが故意にやったことなのかな?」澄乃は部外者として言ってみる。
「そこ!」
いきなり指さされ、肩が跳ねる。
「そこなんだよ。うちがまさに気になってるのも。〈犯人〉はどうしてこんな人目を引くようなことわざわざしたんだろうって、ずっと考えてた」言いながら、美螺は壁際に積まれた段ボール箱を開ける。封はされておらず、箱は簡単に開いた。
「学校中の話題になりたかったから、とか?」
「それだったら、もっと他の方法があると思うんだよね」美螺は言う。「だってあれ、ここから結構遠い理科準備室に置いてあるんだよ?」
「たしかに……」呻くような声が出た。
「何か、人体模型でなければならなかった理由があるのかも」
逃げ出したくて堪らないが、澄乃はその場から動くことができない。下手に身動きをとればボロが出て、それを見咎められてしまう気がした。
彼女は、実相寺美螺は気づいてる——いや、そんなはずはない。少なくとも、あれの本当の目的など他人にわかるわけがない。人の心でも読まない限りは。
「やっぱここだったか」
思考に割り込んできた声に目を向けると、教室でいつも美螺と一緒にいる「ギャルの人たち」が二人、階段の上に立っていた。
「急に飛び出して行きやがって。次移動教室だぞ」背の低い、赤い髪の方が言い、
「荷物、持ってきたよ。百万円ね」と、背の高い茶髪の方がノートを掲げた。
「そうだっけ? やー、悪い悪い」
美螺はわざとらしく頭を掻きながら階段を上がっていき、途中で振り返った。
「すーみんも早くしないと遅れるよ?」
言われた澄乃はしかし、しばらく動くことができなかった。
つづく
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