3−1

   3


五十分間の授業が終わり、休み時間となった。


次の二限目は移動教室だ。澄乃は荷物を纏めると、京香に断り一足先に教室を出た。


向かう先はあの、校舎西側の階段だ。今や学校中の注目が集まるそんな場所に自ら近づきたくはなかった。だが、行かないわけにはいかない事情が彼女にはあった。


にわっしーくんがそこにいるかもしれない——


「にわっしーくん」とは、オウゴンニワシドリをモチーフにしたキャラクターのことである。澄乃が愛して止まないこのキャラの数少ない公式グッズがボールペンであり、それは彼女の宝物の一つだった。そのボールペンがペンケースから消えていることに、一限目の授業中に気がついたのだ。


どこかで書き物をした際、筆記具をそのままポケットに入れてしまうことは今までもあった。そういう場合は後で気づいてペンケースに戻すが、昨日はそれをしなかった。


制服のポケットには入っていない。どこかで落としたと考えるのが妥当だった。


歩道橋の時点で軍手は片方しかなかった。もう片方を学校で落としたとするならば、その時ポケットに入っていたにわっしーくんも一緒に落ちたとしても不思議ではない。というか、もはやそのようにしか考えられない。


これは罰だ。あんなことをしようとしたから——


辿り着いた階段には、やはり人の気配がない。十分間しかない休憩中にわざわざ足を運ぶ者はおらず、教室移動の通り道とするには遠回りになる。


休み時間の喧噪を遠くに聞きながら、澄乃は捜索を始める。落とした瞬間として、最も可能性が高そうなのはスマホを取り出したあの時だ。ポケットから滑り出たボールペンがリノリウムに跳ね、消火器と壁の隙間に入り込む映像が頭に浮かぶ。それに従い消火器の周囲を探すが、何もない。当然なくした軍手の〈左手〉も。


続いて一階との間にある踊り場へ駆け下りる。人体模型本体と内蔵の部品は片付けられているものの、壁際に積まれた段ボールは昨日見た時のままだ。壁を覆うように何列も置かれているが、どれが崩れたものかは一目でわかった。明らかに角の拉げた箱がある。


やはりにわっしーくんは見当たらない。箱の中か、あるいは回収されたか。後者の場合、軍手の片方とは比べものにならないぐらい、自分へ繋がる手掛かりとなり得る。


最悪の事態を想像し、身を固くしていたその時だった。


「あれ?」


後ろから声が聞こえた。誰かが二階から降りてくる音がする。澄乃は引っかかるようなぎこちなさを感じながらも振り返った。


そこにいたのはあの色相環の反対側にいるクラスメイト、実相寺美螺である。


「何やってんの、こんなとこで?」


一方的には知っているが、面と向かって話すのは初めてだ。人見知りとまでは言わないものの、初めから他人と打ち解けられるほどでもない澄乃は返事に窮してしまった。


「何か捜し物?」


どんどん距離を詰められ、澄乃は後じさる。


「いや、人体模型が——」漏れ出た言葉に、しまったと思うが、今更引っ込めるわけにもいかず続ける。「人体模型が壊されてたのがここって聞いて、どんなものか見に来たんだよ」


「え、もしかして……」


怪しまれたか、と澄乃は息を呑む。




つづく

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