第11話 幼馴染

「で? 話って何よ?」


 近くのレトロなカフェに入った俺たちは注文を済ませ、向かい合わせで座った。頼んだものが来てから話そうかと思ったが、瑠璃が急かしてくるせいで俺は早速話し始める。


「俺らの関係、別に安子には言ってもいいんじゃないか?」

「あんに? どうして?」

「だって一番理解してくれそうじゃん。お前のことも、好きだし? 今日ちょっと話しただけだけど、あいつなら上手く取り持ってくれそうだろ?」

「まあね」


 瑠璃は納得しながらも釈然としない様子。手元に置かれた水を飲んでいた。


「何か言えない理由でもあるのか? それか瑠璃は安子とは仲良くないのか?」

「そんなわけないでしょ! あの子は私の大事な友達の一人だもん。一年の頃からね」


 あんたは知らないでしょけど、って嫌味のおまけつき。相変わらずチクチク棘を指してくる。なら、と俺が話し始める前にウェイトレスの女の子がパフェとコーヒーを安定しない手つきで運んでくれた。


「こ、こ、こちら、ぱ、パフェェ、のお客様ぁぁ~」


「あぶねっ」と俺は受け取る。


「あ、ありがとうございます! つ、続いて、こちら、あ、アイスティーのお客様ぁぁ」


 ぶるぶるマシーンにでも乗ってるのかと思うほど彼女は声と手を震わせながらアイスティーを置こうとするがまた俺が受け取る。危なっかしい人だな。ウェイトレスの女の子は何度も頭を下げてすぐに戻っていった。その際も滑りそうで見ているだけで疲れる子だった。


「なに、あの子」

「ドジっ子?」


 話の腰を折られたが、まあいい。俺はアイスティーを瑠璃の前においてやる。


「ねえ?」

「ん?」

「普通逆じゃない? なんであんたがパフェなんか似合わないもの食べてるのよ」

「ああ? いいだろ別に俺が何食べたって」


 だって俺甘いの好きだし。

 俺はパフェ用の長いスプーンを取り、クリームの中に差し込んでから話し始めた。


「話し戻すけど、どうしてそんなに仲いいのに話さないんだよ? 恥ずかしいとか?」


 口に運ぶとクリームの甘みとイチゴの酸味が口の中に広がった。そうそう、このバランスが大事なんだよ。クリームだけだと甘さがしつこくてくどいからな。


「そんなわけないでしょバカ」

「じゃあなんでだよ?」


 瑠璃もアイスティーをストローで吸った。あ、こいつ絶対無糖で飲めないのに大人ぶって頼んだな。顔でわかる。


「さっき噂のことあんから聞いたって言ったでしょ?」

「ああ」


 川又の噂。それが一体どこから流れたのか。安子が教えてくれたがはっきりとした噂の出所は安子もわからなかったらしい。まあこの広い学校に何百という生徒がいるんだ誰が最初に流したかなんてわかるはずもない。

 しかし、噂の出所、少なくとも安子が噂を耳にしたのは女子バスケ部の中かららしかった。バスケ部の誰かが最初に流したのか、バスケ部に流れたのを安子がたまたま聞いたのか、それもまた明らかではないが、安子が言うにはバスケ部から徐々に広まったらしい。川又の噂も、それに付随した瑠璃の噂も。

 瑠璃がストローから口を離し、俺もスプーンをパフェから抜く。すでに俺は瑠璃が安子に言わない理由を何となく予期していた。それでも瑠璃の言葉に耳を傾けた。


「バスケ部から出た噂を、私たちのクラスに最初に持ってきたのはあんなの」

「まあ、そうなるよな」


 安子はバスケ部だし、性格だ。きっと瑠璃のことを思っての行動に違いないんだろうが、瑠璃が心配していたのはそこだった。


「瑠璃は何度も私と川又くんの関係を疑ってたし、私の事も心配してくれてた。でも、結局噂は噂でしょ? それなのにあんは私と川又の関係が悪化したことに勝手に責任感じてるの。正直私も川又君とは少しは仲良かったし、もしかしたら自分のせいでって」


 素直で真っすぐな奴だからこそ、そこだけには能天気で無責任じゃいられない。俺ならきっとどうでもいいと思えることさえ、安子は考え込んでしまう。それが瑠璃が理由なら尚更。


「だからもし私が川又君や噂を気にしてあなたと嘘の恋人関係を演じた、なんて言ったら、あんもっと自分を責めちゃうでしょ?」

「そうだな」

「だからあんには内緒にするの。だからあなたもあんには内緒にして、絶対よ」

「わかったよ」


 歪だな。お互いが思い合っているのに、お互いが傷つけないようにと互いに遠慮し合っている。友達だから、大事だから全てを曝け出せるわけじゃないけど、互いが本心を隠し合って接するのは互いに相手の事を信頼出来ていると言えないんじゃないか。少しでも綻んでしまえば壊れてしまうような、脆いガラスのような関係。俺は他人ごとのように、瑠璃と安子のその関係に妙に危うさを覚えていた。





「ただいま」


 いつも通り返事はなく相変わらず富久がリビングを占領していた。


「おお今日は遅いねぼっち兄、さすが彼女できた男は違う」

「からかうなよ。大体お前のせいだろうが」

「そんなことよりどう? 彼女できた生活は? まだ昨日の今日だけど」

「散々だよ。今まで友達作らなくて正解だった」

「相変わらず捻くれてるね~」


 だってそうだろ。親しくなる奴が一人増えるだけで、そいつの周囲の感情が色々流れてくる。それが俺にはとても重たい錘のようになって頭にのしかかってくる。ただでさえしんどい対人関係により大きな負荷をもたらす。こんなのずっと続けているあいつらきっと異常なんだ。


「ごめん母さんに今日は飯いらないって言っといて、俺もう疲れたから寝るわ」

「お疲れさん。まあ母さんなら忘れてるかもね」

「おいさらっとひどいこと言うなよ! しかもちょっとありそうで怖い」


 実の母親に存在すら忘れらるってどうよ。


「冗談冗談。そう言えば今週末早く帰ってきて、てお母さんが言ってたよ」

「珍しいな、何かあったっけ?」


 俺も富久も誕生日ではないけど。


「なんか久しぶりに人が来るみたいだよ。ほら、昔ぼっち兄が唯一仲の良かった人、えっと確か………」


「美鈴!」


 富久が思い出すよりも俺は口に出していた。


「そうそう。懐かしいね~、お姉ちゃん元気かな?」


 美鈴が、家に。俺は幼い頃の俺たちを思い出していた。


「わたし、大きくなったら、かずくんとけっこんするもん!」


 覚えているのは彼女のそんな言葉。子どもながらにそんなことを言ってくれたのは後にも先にも彼女だけ。やばい恥ずかしい。そんなこと言ってくれてた幼馴染とまさかの再会? やばいだろそれ。

 でも、まあ、もう覚えてないよなぁ、さすがに。

 顔さえあやふやだし、俺の事を覚えてくれているかどうかも怪しい。俺は眼鏡を掛けていたのは覚えていた。小さな顔に合わない大きな赤い眼鏡を掛け、いつも俺の背中を追ってくれていた美鈴を。


「何笑ってんのきも」

「笑ってねぇし」


 別に変な想像とかしてないからまじで。


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