第12話 どうして俺の家に?!

 始めきらめき奈良刀ということわざがあるように、忙しい初日がそう何日も続くことはなく、俺は意外にも平穏を取り戻しつつあるのか、なんて勘違いを起こすほどだった。まあ相変わらず瑠璃が毎朝迎えに来たり、弁当を作ってくれたりはあったものの、そこまで俺に関わる奴は少なくなった。神崎桜久良を除いては。


「じゃあここ、影山読めー」

「あ、え、えっ~と……」

「どうした?」

「すみません教科書忘れました」

「はあ? まあいいや、隣に見せてもらえ」


 いや俺の後ろの人でよくないですか京子先生。それに今日の当てる番号俺のはずがないんだけどな。

 俺は隣を見て寒くなる。冷ややかなその目が俺に向けられる。


「なに?」

「いや、教科書忘れたから見させてくれないかな」

「好きにして」

「………あざっす」


 次の日も


「はい今日はここまで。えっと~、じゃあ神崎と……影山、全員のノート職員実まで持ってきてくれ」


 それはないですよ京子先生。どうしてこうも神崎と関わらないといけないんだ。瑠璃の次は神崎ってか? 


「行きましょ」

「……はい」


 他にも神崎に俺は悉く冷たい対応をされ基礎体温が何度か下がった気がする。その顔色の悪さはさすがに瑠璃も心配していた。


「ちょっと、あんまり神崎桜久良とあんまり仲良くしないでよ! それとも変な噂流されたいの?」


 そっちの心配かよ。しかも瑠璃が言うと冗談に聞こえない。


「他にもっと心配することがあるだろ」


 言いながら瑠璃の作った卵焼きを口に運ぶ。やっぱり甘くて美味しい。これなら俺の冷えた体温も戻ってきそうだ。まあ太陽光で十分に気温が温かくもなってきたし。

 俺がもう一つ卵焼きを取ろうとすると瑠璃は弁当箱を奪い取る。


「なに?! もしかして本当に神崎桜久良のことが?!」

「お前は呑気でいいな」


 ていうか神崎のあの対応を見て誰が一体勘違いするんだよ。そんなやつは凍死しちまえってんだ。

 不機嫌になりながらも俺たちはいつも通りに昼食を食べる。そして視界にはやはり神崎もいた。あいつもあいつでいつも一緒のところで食べてるな。

 


「それで? きょ、今日は一緒に帰ってくれるの?」

「ああ、それだけど」

「えぇぇ?! 無理なの?!」

「まだ何も言ってないだろ、無理だけど」

「なによ?! それでも恋人なの?!」

「ばか、声でけぇよ!」


 しかも恋人だって嘘のだろ。尚も俺は瑠璃を不機嫌にしてしまったがそれでも今日は無理なんだ。ていうか本当ならいつも無理で帰り道くらい一人で帰らせてほしいのが我慢しているんだよ。


「そんなに拗ねても今日は無理だからな」

「むぅぅ、わかってるわよ」


 今日は週末。と言うことは富久の言っていた通り、俺は早く帰らなければならない。そしてようやく美鈴に会える日でもあった。期待はしていないつもりだった、もし忘れられていたらもっとダメージが大きくなるから。それでも心のどこかでは楽しみにしていたんだろう。放課後に近づくにつれて体がそわそわし始める。俺は遠足の日を待つ子供のような心持でホームルームの京子先生の話を聞くが、話しなんかこれっぽちも頭に入っていない。そして遠足なんて心待ちにしたこともない。


「じゃあ、さようなら」


 その声と共に俺はすぐに教室を出た。瑠璃と安子に軽く手を振り、いつも見ている景色を早送りで駆けて行った。淡い記憶にある美鈴の顔を思い出しながら。


美鈴 美鈴 美鈴……


 どんな風になっているんだろう。見ればすぐに思い出すんだろうか、それとも記憶に被らないほど綺麗になってるんだろうか。とても想像がつかない。風を顔に受け、走る度に俺は息を切らすが、新しく取り込む酸素の一つ一つに美鈴と過ごした日々を感じた。


「ただいま」

「おっ、おかえりー。かず!」


 いつもは返事のない挨拶にに今日は返事が返ってくる。母さんの声だ。リビングに入ると母さんが料理をしていた。ソファの上にはパジャマ姿ではなく見慣れない制服を着た富久が。


「あ、ぼっち兄おかえり」

「ただいま……今日は学校行ったのか?」

「いや行くわけないじゃん」


 この妹といったら全く。

 じゃあどうしてそんな堅い服なんか着てるんだろう。


「ふくちゃんったら客人に見せる服がないんだもの」


 だから制服って。


「そんなことよりかず、一人かい?」

「え、ああそうだけど」


 なに? もしかして母親からもいつも一人だね、なんて皮肉を言われないといけないのか? ていうか何で母さんまで俺に友達がいないことを知ってるんだ? まさか富久?! 

 富久はどこ吹く風と言った様子で気にも留めずゲームしている。

 俺はため息をついてから母さんに言ってやった。


「いや母さん俺友達いるから」


 最近できたばかりの恋人(偽)だって。


「はあ? 何言ってるのよ。そうじゃなくて、美鈴さんとこの子覚えてるんだろ? あんたと同じ高校だから一緒に来るのかと思ってさ」

「は?」

「あれ、知らなかったのかい?」

「いや知らない。今知ったよそれは」


 美鈴が俺と同じ高校?

 クラスが違うかったから気づかなかったのか? しかし、名字ははっきりと覚えているんだそれならきっと見過ごすはずはないのに。


「まあ名字は変ってるみたいだし、それにあんたもどうせ他の子に興味ないんだもの」

「まあ、そうだけど」


 名字が変わってるのか。それなら確かに知らないはずだ。


「で? 新しい名字は?」

「確か……」


 間が悪いとはこのことだろう。母さんの携帯が鳴った。どうやら美鈴の母親みたいで母さんは駅に迎えに行くことになった。名字も聞けないまま俺と富久は残される。

 まあいいか。どうせすぐに会うだろう。

 お茶を飲んで一息ついてスマホを弄るが緊張のせいで落ち着かない。

 富久はスカートだというのに大胆に足を開いてゲームをして何ともない様子。


「なあ富久」

「ぼっち兄シャワーでも浴びてきたら?」

「あ、うん」


 確かにこんな汗だくで客人に合うのは失礼か。てか、もしかして俺臭かった?


 普段よりも念入りに頭と体を洗い、それから普段はあまり気にせず適当に済ませる髭も鏡を見てちゃんと剃った。来訪を知らせるインターフォンが鳴ったのは丁度俺がシャワーを浴び終えた後だった。着替えも頭も乾かしていない俺が出るわけにもいかない。


「富久ー! 出てくれー」

「はーい」


 髪を乾かし大きく深呼吸する。美鈴がきた。

 富久が玄関まで歩いていく音がする。すれば俺が脱衣所から出たらそのまま鉢合わせるということ。俺はすぐに服を着た。

 俺の用意を待たずにガチャリとドアの開く音がする。瞬間俺の鼓動がどんどんと早くなっていった。


「おおー、お姉ちゃん久しぶり!」


 富久の快活な声の後、場違いな声が響く。そしてそれは俺が脱衣所の扉を開けるのと同時だった。


「久しぶり、そのお邪魔するね」


 ん? この声どこかで聞いたぞ。まあ当たり前か、幼馴染だし————



は?



「こんばんわ、かずくん」


 まるで体の芯を冷やすように風が吹いた気がした。それはシャワーから出たばかりだからか、目の前の子から出された声によってなのかは判別がつかない。というか俺の脳はすでに彼女によって凍り付かされていた。


「な、なんで」


 氷のように冷たく、冷気を漂う声色に、しかし今はまだ温もりと初々しさも孕んではいた。


 どうして、こいつがここに?

 見たこともない赤く染まった顔で、神崎桜久良は微笑んだ。


「久しぶりだね!」


 おいおい俺の平穏は本当にどうしたんだよ……

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