第9話 あんあん

「お前か? 瑠璃と付き合ってるの?」


 放課後ようやく出くわしてしまった。最も注意すべき人物である川又真司と初めての対面だった。おっと本名も初公開。なんてふざけている場合ではなかった。

 初めて対面で見るが確かに整った顔立ちが印象的だった。二重瞼に堀の深い目元は、俺に威圧感を与える。俺よりも明らかに大きい体躯、それに力強い雰囲気と独特なオーラを漂わせた見るからに陽キャらで強キャラ。こんな奴に嘘を貫き通す自分自身が不憫で仕方なかった。

 本来なら避けるべきだった最悪の状況。それもこれも俺が神崎に目を奪われて油断していたからだった。


 理由はこうだ。まず瑠璃はまた職員室に用事があるとか言って先に教室を出ていく。もちろん俺と正門で待ち合わせ。そして俺も正門に向かおうとしたところ、どういうわけか神崎が正門までの最短ルートを遮るように立っていたのだ。誰か待っていたのかもしれない。俺はそんな神崎を避けるためにわざわざ遠回りをして正門に向かおうとしたのだが、そんな時川又のクラスの前を通ってしまい、たまたま川又がクラスから出てきたのだった。川又が俺たちの噂を知らないわけもなく、俺は廊下で質問された始末だった。


「どうなんだよ?」


 ひどく落ち着いた口調にさえ力がこもっているようだった。その視線からは物凄い圧力を感じていた。怒っているのかどうかも曖昧な表情と、元々だろう太い声に俺は神崎とはまた違った威圧感を川又に覚えた。そして固まってしまった。蛇に睨まれたカエルのように、陽キャに睨まれた陰キャはその場に立ち尽くしてしまう。


「なあ? ていうかお前名前は?」


 まずそこからかよ。俺は震えそうな声を絞り出す。


「影山一人」

「影山? 聞いたことないな。いつから付き合ってたんだよ?」


 いつから? 昨日からだけど。なんて素直に言えば信じてくれるだろうか。それとも前から付き合ってた設定の方がいいだろうか、でもいつからって言えばいいんだ。もし、俺と瑠璃が付き合った時期(嘘)にこいつと瑠璃にも接点があったら、速攻でバレて計画がおじゃんどころではなく、嘘を吐いた俺に目が向けられそうだった。だが瑠璃も認めているという点において瑠璃にも飛び火する可能性だって無いわけじゃない。くそ、だから作戦会議でもしておけばよかったのに。


「お前さっきから何も話せねぇな、はやく答えてくれ、人待たせてんだよ」

「あ、えごめん」


 やべぇ、怖すぎて思考がまとまらねー。そもそもこいつに付き合ってるなんて真実を打ち明ける度胸の問題だろう。怖すぎて目さえまともに見れないのに。


「どうなんだよ?」

「あ、えっと」


 言え。言えば計画が全て上手くいく。なんなら瑠璃との疑似恋人関係も今日で終われるかもしれない。だから言え。一発殴られるくらいいじめの傷より痛くない。こいつに嫌われたって、元から色んな人間に嫌われてきたんだから寂しくないだろ。やべ俺の人生悲しすぎるだろ。

 俺はぐっと腹に力を込める。ようやくちゃんとした意思が言葉になって口から出る。


「付き合ってる」


 しかし、それが音になる前に俺と川又の間に一人の女子生徒が割り込んだ。俺の勇気ある行動はこんなにもあっさりと切り捨てられる。世界って無常だった。


「はーいストップ! 影山君はうちが先約あるから!」

「はあ? 俺が先に質問してたんだよ」

「そんなこと言われても瑠璃に頼まれたし? 第一こっちが先に予約してたのを、真司が無理やり止めたんでしょ?」


 彼女の勢いに押され川又は舌打ち一つした。


「わったよ。別にどうでもいいし。めんどくさい」

「へっへ~ん! ホントは気になってるくせに。でも、瑠璃も本気みたいだからね」

「そうかよ」


 そう言って川又はどこかに向かった。彼女はその後ろ姿にまた元気よく声を掛けた。フォローとばかりに。


「そう言えば、由美先輩が体育館前で待ってたよ! 行かなくていいの?」


 川又は手を挙げて返すだけだった。その様子から噂よりも悪そうな人物ではないのか? と思った。俺の先入観? でも怖かったのは事実だ。

 助けてくれた彼女は俺に向き直る。その顔に見覚えはあった。確か瑠璃のいつメンの一人。確か名前は。思い出す前に自己紹介してくれる。


「喋るの初めてだよね? 私安達! 安達安子あだちやすこ! みんなから『あんあん」て呼ばれてる、よろしく~!」


 なんというか、キャラが濃すぎる。あの川又に対してのふてぶてしさと、見た目からも話し方からも彼女が底抜けに明るく、能天気だということを理解した。そしてこいつも顔が整っている。まさに天性の陽キャら。なにこれ、顔面は必須科目か、と聞きたくなる。誰に?


「よ、よろしく。ありがとう。助かったよ」

「なにが?」


 きっと素直なんだろうな。助けた自覚もない。


「そんなことより瑠璃が正門で待ってるんじゃないの? 私も帰りだから一緒に行こうよ、ちょっと君と話したかったし」

「お、おう」


 何と言う緊急イベント。一難去ってまた一難とはこのこと。今日の俺はことごとくついていない。昨日から続いて赤城瑠璃、神崎桜久良、川又真司、そこに新たに安達安子が加わった。俺の普通で平穏な日常はどこに行ってしまったのか。

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