第8話 視線
「はあぁぁぁぁ」
誰のため息だと思ったら俺のため息だった。今日という一日だけでなん十歳も年を取ってしまったと思うほどに忙しく疲労が溜まる出来事ばっかりで辟易していた。瑠璃の恋人を周りに偽ることも、それに伴って顔と名前が一致しない有象無象共の質問攻め、そしてまたそれに伴った少しばかりの会話。今までの学校生活であまり会話をしてこなかった反動が今になって俺を襲う。
それに、ふと隣を見れば冷気を吐く恐ろしい美少女との会合。今までどうして気づかなかったかわからないほど今ではその存在感の大きさに俺は肩を震わせるのだが、やっぱりどこかでは見たことのある顔だった。それとも入学式などで一度顔を見た記憶が蘇ったのかもしれない。こんな美少女なら滅多に忘れないだろう。
彼女の瞳がゆっくりと動いた気がした。
おっと、あまり見すぎると凍死させられそうだ。
そしてお気づきだとは思うが、まだ半分程しか一日は経っていない。時計を見ればようやく昼休憩と言う時間。今日だけで俺はぐんと老いるだろう。皺が寄るのに幸せは寄らない。なんとも不条理な世の中。
ベストスポット(屋上)で英気を養おうにも瑠璃にぐっと腕を引っ張られ、リア充御用達スポットである中庭のテラスに無理やり連行される。ここでも俺に自由はないらしい。
「弁当作ってきたのよ! 喜びなさい!」
「へ、へぇ~ それは嬉しいや(棒)」
「ちょっとっ! 見られてるんだからもうちょっと嬉しそうにしなさいよ!」
「わーい」
今俺の目に入るだけでも三組のカップルが昼食を嗜んでいた。俺たちと同じように一つの弁当を食べたり、購買であれこれ買って食べていたりして何とも微笑ましい光景だった。この場所に俺が混じっていなければだが。
この中庭は校舎に囲まれるように出来ているため、廊下を歩く生徒達から丸見えになっていた。それに昼間の暖かな気温と爽やかな風を感じにカップルでなくても多くの生徒が休憩しに来る場所だ。つまりは多くの生徒に俺たちの関係が露呈するのである。瑠璃はきっとそれを狙ってこの場所に来たのだろう。だからめんどくさい。
「ほら、もっと寄ってよ!」
「もっと彼氏らしくして!」
「はいっ、あーん!」
とかブラックと清楚を交互に行き来しながら彼女面してくるのが俺には非常にめんどくさいし、恥ずかしかった。てか彼氏らしくってなんだよ、そんなもん俺が知るわけないだろ。まあ、食べるけど、一応は。お腹減ってるし。
瑠璃の弁当の出来は非常によかった。俺の喰った卵焼きもよい甘さに仕立て上げられていた。
「うまっ」
「でしょ?」
きんぴらごぼうやピーマンの肉詰めと弁当の定番どころが入れられていたが、どれも舌を巻くほど絶品でこんな状況じゃなければ俺はとても美味しく食べれただろうと少し悔やむほどだった。こんな状況と言うのはもちろんこの中庭のことだ。
きっと窓から覗いている視線は気のせいだよな~。俺はちらちらと周りをうかがう。校舎の窓。他のテラス。ちょこんとだけ置かれているベンチ。そこに見知らぬ顔が一つ。
って、あれ?
「おい瑠璃、あいつって誰か知ってるか?」
俺が指さして方角に、今朝俺に強烈なインパクトを与えた氷の女王が一人ベンチに座って弁当を食べていた。心なしかその視線はこちらに向いており、そう考えるだけで暖かな気温が極寒になり、俺は背筋が冷たくなった。
「なんかめっちゃ見てない?」
「ん? あの子は……さくらさんじゃない?」
「さくら?」
瑠璃は呑み込んでから話した。
「
いやそんな驚いた顔されても、俺が知らないから有名人じゃなくね? それは違うか。さくら、さくら……でも確かにそんな名前は聞いたことある、はず。いや絶対に。俺の本能がそう言っている。
「そんなにすごいのか?」
「当たり前よ。成績は常に学年トップ、今年の体力テストは運動部も抑えて学年一位、それにあの美貌。学年問わず告白して振られた人は数知れず。文武両道に眉目秀麗の才色兼備。それに実家がすごいお金持ちで、まさに非の打ちどころがない完璧美少女、って何よ?」
「別に」
四字熟語多すぎるだろ。それにこいつが美少女っていうのも何かと違和感が凄い。そんなすごい奴にも引けを取らないくらいお前も美少女で人気だろ。確か前のテストの学年順位も一桁だったしな。それくらい隣で座るこいつもすごいのだが、きっとブラックのせいだろう、全然そう思えなくなってしまった。ていうか興味ない。
でもそうか、もしかしたら俺はそれで名前を知ったのかもしれないな。張られる学年順位くらいは俺もチェックくらいはしていた。俺の名前何て後ろから数えた方が早くて助かる。
でもね~、と瑠璃は付け足す。明らかに不満を漏らす声で。
「あの子、愛想がないのよね~。前に一度話しかけた時も無視されたし、もしかしたら私みたいにうるさい人間は嫌いなのかも。裏では氷の女王なんて呼ばれてるし」
だから睨んでるのか。なら俺を睨んでるわけじゃないんだな。なら安心だ。
それにしても氷の女王とはよく言ったものだ。今朝の態度もそうだが、自分に干渉してくるなオーラが半端ないよな。目も威圧的と言うか、鋭いというか、とにかく怖い。
「まあ関わらなければ特に何されるでもないんだし、近寄らなければ大丈夫よ」
「お、おう」
いや俺席隣なんだけど……
俺と瑠璃は氷の女王基神崎桜久良に目を合わせないように、客観的に仲良く弁当を食べ切った。それでもこの寒気が収まることはなかった。目に捉えられないがまだ睨まれてるのかも、なんて。ストレスで風邪でも引いたか俺。
「っさ、もうお昼も終わるしそろそろ戻りましょ!」
またも強引に瑠璃に腕を引っ張られ教室へと戻る。後2限乗り切れれば終わりだと意気込んでいた俺は、神崎桜久良に気を取られすっかり忘れていた。まだ警戒しなければいけない人物が一人いることに。そして本来なら最も注意しておくべきだった。
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