十三階
草森ゆき
十三階
町外れにぽんと建っていた廃マンションのエレベーターがまだ動いた。面白がって乗り込むと、既に先客がいた。
「何やってんだ、あんた」
「いえ、別に」
無表情に誤魔化す姿を見ながら閉じるのボタンを押した。
エレベーターはガコンと唸り、案外とスムーズに動き出す。
「埃っぽいな」
「廃墟ですからね」
「幽霊でも探してた?」
「探して捕まえられるものでもないでしょう」
「まず、見えないだろうなあ」
「いないでしょうからそんなもの」
暖簾に腕押し糠に釘……そう思いつつ肩を竦める。涼しい顔の先客は、ゆっくり切り替わっていく回数表示を見つめている。
「途中で止まるんじゃないの」
なんだかいつまでも最上階に辿り着かない気がして問い掛けるが、そんなわけないでしょうと笑われる。五階、六階、七階と切り替わる。このマンションは何階建てだったか、ボタンで十三階だと確認するがそういえばどの階層のボタンも押さなかったなと今更気が付いた。そのように伝える。先客は頷く。八階、九階、十階。
「もしかしてこれは最上階まで行くのか? あんた、俺が知らないうちにボタンを既に押していたりするか? なあそういえば、十三って何かと不吉な数字じゃなかったか? どうしてなのか、知ってるか?」
十一階。
「迷信ですよ。由来は諸説あります。北欧神話で十三番目に招かれざる客としてやってきたロキがラグナロクの要因になったから、イエスを裏切ったユダは十三番目の弟子だったから、干支や暦は十二であるため隣り合う数字の十三を不吉なものと捉えたから、などですよ」
十二階。
「あんた俺が来る前、ここで何をしようとしていたんだ?」
先客は首を振る。十三階は屋上ですと言い添えて、溜め息混じりに回数表示へ視線を向ける。俺はこのマンションで人が次々に死んだ話を知らないし全て飛び降り自殺だったらしいという噂も知らないしそれが原因で廃墟になった事実も知らないしただじわじわと、無機質な横顔に言いようのない不安を覚えて息苦しくなってくる。
もしかして何かに巻き込まれたんじゃないかと悟った瞬間、エレベーターはガコンと唸る。
十三階。
十三階 草森ゆき @kusakuitai
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